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オープニング
◆雨の夜
秋も深まった十月の夜。
七精門から降り立ってすぐ雨に晒されたドラグナー達は、探すまでも無く目についた屋敷を目指して駆けた。
「酷い雨だな‥‥ここが例の屋敷で合ってんのか?」
いち早く到着したセタンタ・アルスター(
ta0007)が暗い館の中を見回す間に他のドラグナー達も駆け込むが、オニキス・クアドラード(
tb6518)が館の扉を押さえて待っていてもシエル・ラズワルド(
tb6111)がなかなか入ってこない。
「シエル様、閉めますのでお早く」
「ああごめん、カナトさんにバードチャームでお願いしてたから!」
そして扉が閉じ、自然と皆の意識が館内へ向けられて間もなくだった。
「何、だこの臭い‥‥胸糞わりー‥‥」
「多分だけど‥‥血の臭い、じゃないかしら」
「照らしてみる、よ。ライト」
シド・アンゼ(
tb6649)とパシフローラ・ヒューエ(
ta6651)、更にセタンタとシエルまでもが顔をしかめる中でユニコ・フェザーン(
ta4681)が前方を広く照らし出す。
「ここは‥‥壁も、床も‥‥足元も! 全て、血‥‥」
「自分達が入ってきたこの扉にも‥‥この手は、取っ手を一度握ってから倒れたのでしょうか」
レヴェリー・メザーランス(
tj8558)とレイナス・フィゲリック(
tb7223)が見つけた以外にも、至る所に血の跡がある。恐らくここが水瓶に映っていた、旅人が犠牲になる屋敷と見て間違いなさそうだ。
「これだけ惨劇の跡が残るとは‥‥デュルガーかカオスゴーレムか、はたまたカオスアイテムか。手がかりがどこかで見つかればいいのですが」
「外からはちゃんと、見てない、けど。‥‥うん。何か探すには、結構広そうな、屋敷」
建築設計の知識を持つユニコが辺りをライトで照らしながら考えたが、全員で一緒に探すにはやはり骨が折れそうだった。
「では、ここは二手に分かれた方が宜しゅうございましょうか。テレパシー持ちとグッドラック持ちが双方に分かれれば、心強いかと」
「んじゃ、俺とシド、レヴェリーとオニキスはこっちでどうだ。何かあったらユニコに連絡すっからよ」
「じゃあ、こっちは私とパシフローラ、シエルとレイナス、かな。私も連絡する、ね」
互いに連絡し合う事を約束して、オニキスの提案で分かれた二班はこうして別行動を取る事になった。
ドラグナー達が去り、誰もいなくなったロビーで、声がした。
「もう、隠れない‥‥」
と。
◆屍の末路
「旅人さんがアンデッドっぽいのに食べられるって話だけど‥‥今の所、特に臭ったりはしないかなぁ。グールだったらわかんないけどね」
「自分もディテクティブグラスで探していますが、反応は無いですね。ゾンビであれば映るはずですが」
パシフローラから効果時間を伸ばしたグッドラックを受けた一行。肩にホワイトイーグルの『カナト』を乗せたシエルと、DGM[スターライト]の能力を発動させているレイナスが一行の前を行き、その後ろからパシフローラとユニコが付いていた。ユニコのライトで視界は十分に明るいのだが、照らしきれない死角はどうしても生じる。レイナスが主に探しているのはそういった部分だ。
「この二階は‥‥寝室が多、っ!?」
「どうしましたパシフローラ!」
咄嗟にパシフローラを庇おうとしたレイナスが振り向くと、彼女はある部屋のドアを見つめていた。
「‥‥音、するね‥‥しかも臭う。開けてみる?」
「開けたら、まず転倒させる、から。パシフローラ、照らして。そこ、狙って」
他の三人が頷くとユニコが魔法の杖[カーシー]を構え、シエルはドアに手をかける。
「シエルさん‥‥」
「私なら大丈夫。ここに入る前、このカナトさんにアマテラスをお願いしてあるから。
――じゃあいくよ!」
シエルがドアを開けた直後、ドラゴングラス越しのレイナスの視界には青白く光る人型が部屋の奥に映っていた。
「ゾンビで間違いないようですね。パシフローラ!」
「シェリー、『灯りを、ともして』!」
パシフローラがフローティングライトの『シェリー』に命じると、『シェリー』は主の頭上で光を発した。
「マジカルショック」
ユニコの魔法で転倒したゾンビにシエルがダガー[銀Rt]を投げ、更にレイナスがゴーストバスターで斬り込むが戦意を失う様子は見えない。
「安らかな眠りを‥‥プロメテウス!」
しかしパシフローラによって聖なる光に包まれると、ゾンビは一撃の元に断末魔の叫びをあげその場に倒れ伏した。
「この子‥‥服からして女の子、かなぁ? まだこんなに小さかったのにねぇ‥‥」
「玄関の手形と一致しそうですね、この手の大きさ」
「背中に、斬られた古い痕‥‥。多分、この怪我で‥‥」
「‥‥惨い事を‥‥」
まだ年端もいかない幼い娘だったゾンビに、四人は静かに祈りを捧げた。
「次、いこっか。こういう可哀想な子が他にもいるかもだし」
シエルに促され、一行は次の部屋へと向かった。
一方、シドのグッドラックを受け一階を探索していたドラグナー達は。
「へへ! 小さいからって舐めるなよ!」
陽光を発し輝くセタンタの近衛隊のコピシュがゾンビの腐肉を焼く。
初めは彼のライトの先導で移動していたが、最初のゾンビを見つけてからは床に置かれたオニキスのホーリートーチが辺りを照らしている。聖なる光の領域に入れないゾンビ達を、セタンタのフレイムエリベイションを受けた仲間達が少しずつ打ち倒している状態だ。
「こんなにアンデッドが多いなんて‥‥二階の皆さんはご無事でしょうか」
「まずは俺達が無事じゃないとな。‥‥にしても」
セタンタをカバーする形で前衛に出ているオニキスを光の外側から狙っている一体に気付くと、シドはすぐにCROSS[サクリファイス]を掲げた。
「そこ、プロメテウス!」
聖なる光がたちまちの内に一体を滅し、更にその近くにいた別のゾンビへ既に合身していたレヴェリーがショートボウの矢を放つ。
「ホーリートーチのお陰で、近寄られる事は無いですが‥‥私にもう少し力があれば」
「こっちに注意を向けるだけでも十分だと思うけどなー。ちょーっと数が多いけど」
言葉を交わす間も、レヴェリーの矢が刺さったままのゾンビがこちらをじっと見ていた。
「皆殺しなんて‥‥さぞ無念だったろうけどさ。生きてる者達を仲間にしていい理由にはならないよな」
「はい‥‥一刻も早く、ちゃんと眠らせてあげたいですね」
再びそれぞれの武器を構える二人。前衛では、不視の短剣ブライネスでゾンビの爪を受け流したオニキスがもう一振りの短剣を突き立てたところだった。
「伝説の剣匠が鍛えし短剣ブライネス。刃は小さくとも、威力は存分に味わえましょう‥‥そちらは如何ですか、セタンタ様」
「へっ、メギドで手早く火葬といきたいがこのオンボロ屋敷だ、下手したら俺達まで焼けちまうからな。そら、新手の臭いが――上だと!?」
奧へ進みかけた所で、音のする天井から慌ててセタンタが退避する。天井――脆い二階の床を突き破って落ちてきたのは、やはり二体のゾンビだったのだが。
「服が‥‥朽ちていますがどこか、上品なような。この館の主だったご夫婦でしょうか」
「だからってやられてやる訳には」
「レヴェリー、しっかり‥‥しろ!」
前のゾンビ達に気を取られていると、後方のシド達の様子がどこかおかしかった。
「眩暈が‥‥急に、すみませ‥‥」
「俺も頭痛ぇ‥‥」
うずくまる二人に駆け寄ろうとすると、オニキス達にも体の不調が起こる。
「これは‥‥っ、霊魂‥‥共鳴、でしょうか‥‥」
「レヴェリー! シドもこっちに‥‥来い!」
何とか動こうとする二人の背後には、もうはっきりと見えていた。
ゾンビ達は入れない聖なる光の領域に侵入する、招かれざる闇が。
闇は獲物を――見つけた。
◆ひとりぼっちの夜
二階を探索していたドラグナー達は一階を走っていた。
「『黒い靄』、セタンタ達の方に出たって」
「少年の声がしたのよね? しかも霊魂共鳴の能力を持っているかもしれない、とか‥‥」
「‥‥カオスゴーレムだったのかな、その子」
ユニコがライトで照らす廊下を駆け抜けると、やがて明かりが見えてきた。見慣れた仲間達の姿もある。しかし。
「何が起きたので‥‥うっ」
「ああ、申し訳ありません。皆様にも今ハウリングマインを」
事情を聞こうと近寄ったレイナスが突然の頭痛に頭を押さえると、オニキスが別行動だった四人にもハウリングマインを施す。
「黒い靄が現れて‥‥後衛にいたお二人が触れられたので御座います。靄が持っていた霊魂共鳴の影響からはハウリングマインで持ち直したのですが、お二人のご様子が」
「ゾンビは見ての通り片付いたんだがな。おいレヴェリー、シド!」
声をかけてもシドは俯き、レヴェリーに至っては頭を抱えるように塞ぎ込んでしまった。
「何で‥‥何で置いてかれたんだ、俺だけ‥‥やっぱり、いらなかったのか? 生まれてこない方が良かったのか、母さん‥‥」
「置いて行かれる‥‥家族にも、友達にも、皆‥‥! 私がライトエルフだから、長く生きてしまうから‥‥」
「シドさん、レヴェリーさんも。大丈夫よ、心をしっかり持って‥‥」
「もう嫌です! どうして!? 私がライトエルフでなければ、皆さんと同じ時間を生きられたはずなのに! 長く苦しまずに済んだのに!! 皆さんと近くにいる事を、こんなにも‥‥!」
その嘆きを、否定できなかった。しかし肯定するわけにもいかなかった。
「私はお婆様のように強くなれない、こんな事、もう耐えられない‥‥!」
「レヴェリーさん。私――」
そしてその続きも、言えなかった。レイナスが強引にパシフローラを突き飛ばしたからだ。
「レイナスさん! 大丈」
「大丈夫ですから‥‥放っておいてください。‥‥関わらないでくれませんか」
「レイナス‥‥さ、ん?」
他でもない彼に、どうでもいい事のように拒絶されるというだけの事が、パシフローラには悲しかった。
常の彼ではない、という判断がすぐに働かないくらいには。
その時、「置いていかれるんだ、お前も。ひとりになるんだ」という感情のこもっていない虚ろな声が、レイナスのすぐ背後から聞こえた。
今は誰も霊魂共鳴の影響を受けない為、逆に近くにいた事に気付かなかったのだ。気付いた事で咄嗟にパシフローラを庇い囚われたレイナス以外は。
「少し、お話を伺ってもよう御座いますか。お辛い事とは存じますが、この屋敷で何が起こったのか教えて頂きたく」
オニキスが距離を保って尋ねると、「話せば何か変わる? 父さんも母さんも、妹も、僕が隠れてる間に殺された。真っ暗な中、置いていかれたんだ」と、少年の声が答える。
「妹さんって、もしかして小さい子だった?」
この問いに、「四歳の‥‥誕生日‥‥よく、覚えてない」と、少年は返す。
シエルは思った。あの寝室の幼いゾンビは、やはりこの少年の妹だったのではと。
「お父様、お母様らしき方々は‥‥いらっしゃいましたね」
そして変わり果てた姿ではあるが、この館に家族は揃っていたのだ。
『君、は。皆に、会いたい?』
ユニコのテレパシーには、憎悪の声が返る。「僕はこの体になったから、もうひとりじゃなくなったんだ。僕を見つけて殺そうとする奴らを、今度は同じ目に遭わせてやる。お前達も、置いていかれろ、ひとりになれ!」という、激しい怒りの声が。
「‥‥お前にゃ同情するが、こっちもやられてやるわけにゃいかねぇんだ」
魔法の杖を構えたセタンタが、フレイムエリベイションを成就する。
「今度は手加減なしだ――メギド!」
かつてひとりぼっちで生き延びた少年は、触れた相手を絶望へ叩き落とす黒い靄のカオスゴーレム――Cヒュプノゴーレムへとその姿を変じさせていた。
「メギドの炎を完全に飲み込みましたか‥‥ならば」
続いてオニキスが不視の短剣ブライネスを両手に構え靄を切り裂くが、片方が空を切る。
「精霊力が‥‥いや、合身すればまだいける!」
再び猛る炎と剣が靄を押し留める間、ユニコは未だ絶望に囚われている仲間達へ呼びかけを続けていた。
「大丈夫、だから。何があっても、自分は自分、だよ。今を、一緒に生きてくれる人が、いる。ここにだって、いる。一人じゃない、よ‥‥!」
「自分は自分‥‥その通りです。近くにいるからこそ、遠いんですよ。その声も、心も」
「それは、違う。遠いなら、近くにいたりは、しない」
「‥‥‥‥」
レイナスの返答が自分にも向けられているようで、知らずパシフローラの頬を音の無い滴が伝った。
シエルのグリーヴァリュート[芳一]が調弦をする音が聞こえたのは、そんな時だった。
(隠れない‥‥見つける‥‥置いていかれる‥‥遠い‥‥)
彼女の中に音が、詞が生まれる。
『終わらない隠れんぼ 君はどこに隠れてる? こわい誰かはもういない 隠れなくてもいいんだよ
君を見つけてあげるから 明るい光の差す中で 皆が君を待ってるよ』
繰り返される歌に誘われるように、パシフローラもその歌に和す。
置いていかれるんじゃない。置いていくんじゃない。
君が出てきてくれるのを、君を見つけられる日を、ずっと。
「母さん‥‥俺、いいんだよな‥‥。一緒に行けなかったけど、俺は‥‥ここに、生きてるんだから」
「別れが苦しいのは‥‥変わりません、けど。見つけて貰えるのは、もっと嬉しいです‥‥」
シドが、レヴェリーが、絶望の闇から戻る。
「‥‥これは‥‥自分は、何を考えて‥‥!」
そしてあれほど無気力だったレイナスも、確かな意志を持って首を強く振った。
「レイナスさん‥‥!」
「すみません、心配をおかけして。‥‥ありがとう」
立ち直った仲間達は、靄との戦いを見た。
(見守る事しか、できませんが‥‥どうか)
「これで止めだ! メギドォッ!!」
レヴェリーの祈りが届いたのか、合身したセタンタが渾身の気迫でメギドを打ち込むと、炎は靄を蹴散らし隠れていたコアを暴き出した。そしてこのコアの様子が――何もしていないのにヒビが徐々に入り始めていた。
かつての少年への愛情を込めた、シエルの歌に反応しているのだ。
「どうか、安らかに‥‥ピュリファイ!」
最後にオニキスが浄化の光を集めると、コアは砕け音を立てて床に落ちた。
――雨は少し、弱くなったようだ。
◆まどろみの安らぎへ
少年の妹の部屋で、パシフローラが見つけていた物がある。彼女の四歳の誕生日を祝福する、家族からのメッセージカードだ。
皆殺しなどという事件にさえ遭わなければ、当たり前の幸せを掴めていたはずの。
「きっちり‥‥送ってやらないといけないよな」
「ご家族のもとへ、往けますように‥‥」
いくらか明るくなった外の光が差し込む場所へカードを置くと、一行は弔いの祈りを捧げた。
少年の疲れ果てた魂がもう迷わないように。
そして。
『善き眠りがあるように 善き安らぎがあるように 次に目覚める朝が来るまで 静かな眠りがあるように』
屋敷に眠る全ての人へ向けて、パシフローラとシエルが歌を贈った。
静かな夜。鎮魂の歌をまどろみの伴に。
――おやすみなさい。善い夢を。
◆スタッフ
セタンタ・アルスター(
ta0007):鏑木はる
ユニコ・フェザーン(
ta4681):鏑木はる
パシフローラ・ヒューエ(
ta6651):桜月秋姫
シエル・ラズワルド(
tb6111):瀬良ハルカ
オニキス・クアドラード(
tb6518):ケント
レイナス・フィゲリック(
tb7223):mugikon
レヴェリー・メザーランス(
tj8558):桜月秋姫
シド・アンゼ(
tb6649):愁仁
ナレーション:愁仁
原作:旭吉
編集:愁仁
企画:才川貴也(REXi)