担当MS:庭野 桜空

貴方へ遺す銀光

開始料金タイプ分類舞台難易度オプション状況
15/08/04 24:001300 Rex・キ・遑シ・ネ日常地上自由お任せプションEXオプションフレンドプション 16人

◆参加者一覧

イヴ・オークウッド(ta0601)H月
レフ・ドラガノフ(tb8429)H水
クルシェ・ファンドニア(td0106)H火
リャマ・イズゥムルデ(td7895)P火
アヤベニ・ルスキニア(td9972)P火
ダフネ・フォクト(te5207)P月
カルミーニオ・クストーデ(te6064)E火
ミニュエット・ウィステリア(tf0124)H風
アプルル・シャルドネ(tg4634)P水
ユーリア・エンデ(ti8377)P月
ジュリアス・フェザント(ti9857)W地
ヨーリィ・バルタザール(tj0206)W陽
シエラ・キャンベル(tj1303)P地
フェリックス・オルランドゥ(tj1481)E地
アイン・ジェラルド(tj1833)H地
ルリア・レンダール(tk0115)P地

オープニング

◆あなたへ遺す
 フロラ公国。
 アペニン同盟に属し、服飾、細工や工芸、そして錬金術が有名な国だ。
 首都フロラの商店街には沢山の細工物屋が軒を連ね、店先に掛かる木彫りの看板が、我も我もと自らのアイデンティティを主張する。
 そこに1つ、古ぼけて尚美しい、竜を模した看板の掲げられた店がある。
 店の中には老爺が1人。

 老爺はアクセサリー職人だった。
 優秀な師から独立し、自分の店を持って早数十年。自分の後を引き継ぐ優秀な若者を得た彼は、今や悠々と隠居していた。
 今は後継の若者が所用で出かけており、彼は思い出の詰まった店の中をただゆっくりと見回しているところだ。
 多くの作品を生み出してきた手にもすっかり皺が増え、最近は目も少し衰えてきた気がする。頼れるのは、手先が覚えている感覚のみ。それも長くは保つまい。
 近づいてくる、職人としての最期。迫る寿命を感じつつも、職人の胸中は穏やかだった。
 後を継いでくれる者の存在、そして作品達が多くの人々へと宿った経験。
 自分が遺せたものの多さ、尊さに、職人は満足していた。
 唯一、やり残したことがあるとすれば‥‥ドラグナー。
 独立した職人が、初めて満足行く作品を創れたのは、ドラグナー達をモデルにした時だった。彼らのおかげで自分の方向性が定まり、この年になるまで幸せに仕事をすることができた。今の職人の幸せは、ドラグナー達が創りだしたと言っても過言ではない。
 偶然出会った彼ら。彼らを想ってアクセサリーを作った時の高揚。
 最後にあれを、再び感じることができれば――。
 窓の外を、ふと眺める職人。
 幸せな奇跡が起きた。そこには、職人が焦がれて止まない、ドラグナー達の姿があったのだ。

◆創らせてください
 ドラグナー達は、フロラの街をパトロールしている最中だった。特に事件があるわけでもなく、羽を伸ばすのも兼ねて、といったところだろうか。
 職人は武器や防具、雰囲気から、彼らはもしやドラグナーではと判断、声を掛けた。そして自分の推察が正しいと分かると、彼らを自分の店に強引に引っぱり込み、お茶とお菓子をご馳走し、全力で頼み込んだ。
 モデルになってくれないか。あなたという人物がどんな人か‥‥或いは、あなたと、その隣に立つ人とどんな人生を歩んでいるのかを教えてくれ。
 あなたやあなた達に似合うアクセサリーを創り、それを自分の最後の作品群として、店に飾らせて欲しい。
 材料は銀と、色とりどりの石。石は宝石に分類されるものから、ただの石ころまで。
 ドラグナーが天竜宮に帰るまで、後10日。
 どうか、どうかやらせてくれないか。
 静かに、だが有無を言わせぬ強引さで頼み込んで来る職人に、ドラグナー達は顔を見合わせた。

◆マスターより
 『あなたの瞳の色にあわせてカクテルを作ります』とか『あなたの言葉を見て思い浮かんだ言葉を書きます』とかそんなノリのシナリオです。できあがったものは、残念ながらOPにある通り店に展示する為のものなので貰えません。
 職人は、あなたの人生・もしくはあなたと別の参加者(カップルとか、友人とか、兄弟とか‥‥)の関係性を映した様なアクセサリーをデザインしたいと考えています。プレイングでは、職人に自己紹介をしたり、互いの関係性を説明したりなど、職人に好きなことをお喋りしていただければ良いかと思います。職人は相づちを打ちながら、そこから『あなた』『あなた達』を表現するアクセサリーを創りだします。
 ※シナリオへ参加していないキャラをイメージして創ることはできません。

 お一人様も、連れ合ってでも、是非どうぞ。
 老爺は『貴方を示す銀』『貴方を移す光』の職人と同一人物ですが、特にお読みいただく必要はありません。

リプレイ

◆若木に眠る鳥
 イヴ・オークウッド(ta0601)とレフ・ドラガノフ(tb8429)にそれぞれ差し出されたのは、ペンダントだった。
 イヴに渡されたのは若木を模した五センチメートルほどのトップがついたもの。葉の隙間に花が咲き、いかにも可愛らしい。枝の一つにはあたかもリボンが結ばれているかのように、銀で表現されている。
 対してレフに渡されたものは、一センチメートル程度の小さな鳥がついたものだった。羽ばたくでもなく、歌うでもなく、ただそこに鎮座する小さな銀鳥。

「えっと、何からお話しようかなぁ」
 職人の前に、並んで座る二人。口火を切ったのは、当然の如くイヴの方だった。
 迷った末に、話は普通の自己紹介から始まった。名前、ホーキポーキであること、傍に控える大事な相棒のぬいぐるみ・イオンさんのこと。
「いろんな戦いを一緒に潜り抜けてきたんだよー」
 こんな柔らかそうなぬいぐるみが。職人は驚き、イオンさんをまじまじと見つめた。
 続けて話題は、好きなものへ。イヴは、自分は花が好きだと教えた。
「ドラグナーしてると世界の色んな所にいけるから、いろいろなお花が見れるの、嬉しいねぇ」
 ほわほわと夢見がちに言った後、彼女はグッと声を潜めて、探るように言った。
「‥‥変なお話しちゃうかもだけど、私ねぇ、家族に大きな樹がいるの。
 植物がすきなのはそれが理由かなぁ」
 相棒にぬいぐるみ、家族に樹。いや、ぬいぐるみも家族? 不思議な話が続き、職人は大いに興味を持った。どういうことかと尋ねてくる老爺に、イヴはそれらが自分にとってどれだけ大事なものかを詳しく聞かせた。
 そして話は、レフのことへと移る。
「え、ええと、ええとあのね。だっ いじなひとなのー‥‥」
 後半へ行くに従って、恥じらい窄まって行く声が可愛らしい。
「一緒にいられるのがとっても幸せで。‥‥いっつもありがとうって思ってるんだけど
 なかなかいえなくて。伝えたいことがいっぱい過ぎてどうしたらいいかなぁって‥‥」
 本人を隣にして言うことでもないが‥‥それに気づいたようで、イヴは真っ赤になって両手を振った。
「あっ変な話しちゃったごめんなさい!」
 一連の話ぶりを大いに楽しんだ職人は、次にレフへと水を向けた。
 が、レフはうーんと悩んだ後、イヴと同じように自己紹介を始めた。
「俺はレフ、スラヴォ出身、今は天竜宮に住ンでる。
 ドラグナーになる前は、傭兵やってた。手伝いみたいなもンだけど」
 それだけ言って、沈黙。
「‥‥‥‥あと、何を言えばいいンだ?」
 何も出し惜しみしているわけではない。自分を語るという行為を、とにかくどうすべきか分からないのだ。
 ならばと職人が助け船を出した。
 ――貴方もホーキポーキなのか?
「そう、ホーキポーキ。なンで分かった?」
 ――筋肉の付き方ですかね。では、失礼でなければご家族は?
「‥‥母、一人」
 ――答えづらかったですか? すみません。では、隣のお嬢さんのことは?
「俺にとってイヴは、うーン‥‥特別? 上手い言葉が見つからンねェンだけど、大事だよ」
 言葉を受けて、イヴはまたも赤面する。それを察したレフもまた、仏頂面を浮かべた――照れているのだろう。
 ははあ、と言って職人は質問を切り上げた。
「‥‥こンなで良いのか?」
 イヴと比べ、語った言葉があまりに少なすぎる気がした。しかし、職人は大丈夫だと笑う。
「あとは、うーん‥‥職人さんのお話、聞きたいな」
 今まで見てきたもの、思い出に残っていること。
 イヴの申し出へ、職人は気さくに応えた。過去にいたとんでもないお客さんの話や、ドラグナーとの出会いが如何に自分を救ってくれたか、など。
 ひとつひとつにキラキラとリアクションするイヴ。レフもまた驚いたり、感心したり、或いはイヴを気遣ったりしながら、職人の話を聞いていた。

 レフは鳥、イヴは若木。リボンはイオンさんの象徴であると同時に、鳥が木を見つける目印。鳥は枝葉に囲まれて羽を休め、花々に癒される。愛の歌をさえずらなくてもいい、無理に飛ばなくてもいい。飛びたい時に飛ぶために、穏やかに眠る場所。
「‥‥へえ」
 何とも言えず、視線を彷徨わせるレフ。イヴは自分のものと、レフのものを代わる代わる見て、口許をほわっと優しくゆるめた。

◆月に爪痕
 クルシェ・ファンドニア(td0106)とダフネ・フォクト(te5207)に差し出されたのは、髪飾りだった。
 クルシェへ差し出された方には、銀板に立体的で立派な狼が彫刻されている。遠吠えをする狼の毛先は他方に乱れていて、様々な角度からの光を撥ねる。重厚な見た目に違わぬずっしりと重みがあり、付属の皮ひももかなり太めの物が使われている。
 そしてダフネに差し出された方は、真円の銀板だった。つるりと鏡のようになめらかな板、しかしその表面には大きく三本、抉れたような傷が入っている。等間隔に並ぶ斜めの線は、ほんのわずかに湾曲していた。
「爪痕‥‥?」
 板が平らであるからこそ、傷に伴う隆起は痛々しいほどに目立っていた。

「じいさん!」
 閃いた、といった顔で、クルシェは職人に一つの提案をした。
「俺とダフネちゃんから二人の関係性をバラバラに聞いて、
 それぞれのイメージしてる関係性を造形してくれないか?」
 当のダフネの前で語るのは恥ずかしいし、自分でもどう説明したらいいか分からない。
 だからこそ、お互いの見ていない所でお互いを語りたい。
 ‥‥ひっそりと、ダフネに対する気遣いもあったのかもしれない。クルシェの提案に、職人は是を唱える。
 まずはクルシェの番だ。ダフネが別室へと移動するのを確認して、クルシェは語る。
「俺が考えるダフネちゃんと俺の関係性は、月を見上げる狼‥‥いや犬って感じか?」
 ダフネは月。天高く輝く彼女は、どんなに頑張っても手に入れる事はできない。
 けれど狼のクルシェが夜空を見上げれば、太陽よりも淡く優しい光が見える。だから、地を駆けながら、焦がれて止まない。
「少しでもダフネちゃんが見えている世界に近づきたい、そして寄り添いあっていきたい。
 でも今はまだ、俺にはなにも見えていない」
 月の目線に立つことが、できない。
「だからこうやって時間を共有できる事は俺にとって幸せな事なんだぜ、
 声かけてくれてありがとな! じいさん♪」
 一通り語り終えると、クルシェは別室のダフネへと声を掛けた。彼と入れ替わりに、職人の前へと腰かけるダフネ。
 しかしダフネは、何か口を開くのを躊躇っているようだった。んぅ、と悩ましげな音を零し、そして彼女はようやく語り始める。
「わたくしとクルシェさまの関係って、どんな風に見えますかしらぁ?」
 開口一番、出たのは質問。
 ‥‥先ほどのクルシェの言葉が印象として根付いている職人には、ダフネに与える第三者の意見を持たない。
「‥‥いえ、ごめんなさい。
 他人からどう見えるかは、きっとあまり重要ではないのでしょう‥‥けれど」
 視線を彷徨わせ、迷うようなそぶりを見せて。そしてダフネはとても小さく、呟いた。
「最近わたくしは‥‥ときどき、己がとんでもなく悪い女なのではないかと、
 そう、思うことがありますわぁ‥‥」
 クルシェのいる別室に視線を移し、微かに苦く笑みを浮かべる。なるほど、どうやら月にはまだ狼へ見せられていない影があるらしい。
 言葉の直後。ふるふると首を振り、あっという間に華やかな笑顔を作ると、ダフネは改めて自己紹介を始める。
「わたくしは、美は愛の映し鏡だと教えを受けて育ちましたぁ。
 愛を受ける程に、全てが美しく輝くのだと。そして全てを愛するようにと」
 だがダフネは、教えの全てを理解できているとは思わない、とも零す。
「‥‥最近は、頓に」
 懸命に作った笑顔にも関わらず、声に苦みが滲んでしまっている。
 恐らく彼女は演技が下手なタイプではない、と職人は見る。その彼女がこうして心中を滲ませずにはいられないのだから‥‥影は根深く、彼女を大きく揺さぶっているのだろう、と感じられた。
「貴方の創る美しいものの数々が、貴方や、貴方の人生が愛に満ちた物であったと、
 教えてくれているような気がします」
 今度こそ苦みを全て押し殺して、ダフネは柔らかく微笑んだ。

 美しい銀。受けた光を返して輝く平らな鏡面。
 そこに傷が生まれたのは、きっと悪しきことではない。
 狼は光を受けて煌めいた。だから狼は、鏡に手を伸ばす。真っ直ぐ向かって、爪痕を残す。
 果たして彼女は、手の届かない月なのか? それとも、月は空から降りてくることも有り得るのだろうか。
「‥‥」
 狼を灯りに翳し、光の反射を楽しむクルシェ。大してダフネは爪痕を指先でなぞり、目を閉じる。
 胸に湧いた感情に対し、職人に感謝を述べようと‥‥ダフネは言葉を探した。
「きっと二度と無い巡り合わせに感謝を――貴方が生きた生に、祝福を」
 ダフネの言葉に、職人は飄々と返す。
「貴方の傷が増えますように。次は、牙がいい」

◆溢れる花々
 アヤベニ・ルスキニア(td9972)とアプルル・シャルドネ(tg4634)に差し出されたのは、対のバングルだった。
 分厚く広い銀の輪の上には、丸い色石を組み合わせて作った可愛らしい花畑。花々は少し片隅に寄っていて、銀の台座から指先の方へ向けてはみ出るようにできている。
 そして二つを重ね合わせると、銀環の大地に咲く一面の花畑となった。

「あの‥‥」
「お久しぶりです」
 アヤベニが声を掛けようとすると、先に言葉が降ってくる。前回会った時とまったく同じだ。思わず顔を緩めるアヤベニ。
「‥‥久しぶり、です!」
 視界が揺れる。潤んでしまった瞳を何とか落ち着かせ、アヤベニは殊更に元気さをアピールした。
(一番最初にあった時は彼は若かった。
 自分は変わらないけれど、彼は年をとった。
 三度目の邂逅は叶ったけど――)
 きっと、これが最後。
 そう気づいてしまえば、別離の寂しさがアヤベニを襲う。
 けれども、だからこそ最後は笑顔で終わらせたい。‥‥大事な友と、一緒に。
「私とアヤベニの友人関係をもとにつくってもらえませんか?」
 上手く言葉が出ないアヤベニの代わりに、アプルルが言った。
 アプルルはそのまま、アヤベニのことを語る。暖かい、とても暖かいひとだと。
「同じパラというのもそうですが‥‥彼女といると明るい気持ちになれるのです」
「ありがと」
 はにかんだ笑顔を見せた後、アヤベニも語る。
「同じパラで年頃も同じでという事もあったけど、
 一緒に居ると楽しかったり、恋のお話をしあったり」
「わ、わ」
 照れるアプルル。なだれ込むようにそのまま、恋の話が花開く。きゃっきゃと語り合う二人は、種族故の幼い容姿も相まって、女の子らしい可愛らしさに溢れている。
 アプルルの恋の実りをからかうアヤベニ、その態度を見る職人。そこに憧れは感じても妬心は感じなかった。本当に仲が良いのだと、純粋な好意だけが強く感じられる。
 笑顔から、言葉から、にじみ出るのはひたすらに、友愛。
「本当に、お互いに仲良くなれて嬉しくて」
 言いながら、アヤベニはアプルルの手に自分のそれを重ねた。
(――アヤベニ)
 アプルルは気づいた。その手が、少しだけ震えていることに。
 押さえられたような状態になってしまっていて、握り返すことができなくて。だからアプルルはされるがままに、そのぬくもりを受け入れた。

 アプルルの手に触れることで耐えていた寂しさが、作品を見ることでまた溢れてくる。
「温かい陽の光の中で、明るく咲き誇っていてほしいと願います」
 それぞれでも可愛いけれど、合わされば一面に咲き誇る素敵な野になる。少女らしい可愛らしさをこれでもかと溢れさせた作品に、アプルルは笑顔を咲かせる。
(職人さんが自分の道の途中にくれた銀の光、けして忘れない)
 受けた気持ちを、今度は自分が音楽で表して、誰かへと受け継いでいきたい。
 だから、今は。
「ありがとう」
 アヤベニもまた、笑顔を花開かせる。

◆夢守人
 カルミーニオ・クストーデ(te6064)に差し出されたのは、髪飾りだった。
 髪を挟んで使う、ヘアピンの、より大きく強いものだ。ドレスハットのようなものだとでも表現すればいいだろうか。
 立体的な兜のモチーフの下に、幾本もの銀の鎖が孤を描き、直線として垂れる。
 赤い髪に当てて見る。程よく重いそれは、兜を被った時の感覚を少しだけ思い出させた。尤も、流石に普通の兜とは比較しようもないくらいには軽いのだけれど。

「憶えているだろうか‥‥以前にもこうしてモデルをさせてもらったんだ。
 ‥‥ああ、兜を着けていないから、分からないかもしれないけれど」
「え‥‥ああ!」
 暫しの間の後、職人は強く破顔した。以前出会った時、長く艶やかな髪がもし兜に仕舞われていたら、思い出すことは敵わなかったかもしれないけれど。
 短い思い出話を暖めた後、カルミーニオは語り始める。
「前に話した時は‥‥夢の話だったかな」
 色んな場所へ、色んな景色を見に行きたい。せっかくドラグナーとなり、普通なら旅するのが難しい場所にも行けるようになったのだから‥‥と。その話を受けて、職人はギミックつきの銀のネックレスを作ったのだ。
「あの時から、私も変わったんだ」
 自分に自信がなく、夢だけを強く抱いていた頃。
 それから、彼女の体感としてはどれだけの年月を経て、どれだけの想いの変遷があったのだろう‥‥職人には分からない。分からないが、大きな変化があったことは、兜を外したというその一点からだけでも推し量ることができた。
「自分を隠す事をやめ、直に風を感じる事も出来るようになってきた」
 そしてその変化は、カルミーニオにとっても心地よいものだったらしい。
 彼女が絡め取られていたのは、彼女の中に眠る辛い過去。守れなかった里、守れなかった人々。自責の念は、カルミーニオが歩む幸せの足取りを止めていた。
 それ故にか、天竜宮に来てからも、がむしゃらに守るべき何かを探していたのだが‥‥。
「‥‥守りたいもの、大切な人も増えて、
 漸く、幸せも後悔も、受け止める事が出来るようになったんだ」
 守るべきではなくて、守りたいものを。
「もう、胸を張ってもいいのだと‥‥今は、そう思っている」
 だから時折、兜を外せる。
 幸せになっていいのだと。誰かと笑いあってもいいのだ、と思えるから。
「きっと、夢も叶えてみせるさ」

 誰かを守るために纏う兜。風になびく髪、それと共に揺れる銀鎖。
「貴方の夢は、叶っただろうか‥‥ふふ、聞かなくても分かること、か」
 老爺に笑み掛け、髪に着けてみる。ともすれば武骨なそれは、日常使いするアクセサリーというよりは、彼女を表すという一点のみに注力した置き物のようでもあった。
「素晴らしい宝を、有難う」
 だが、カルミーニオはそれを受け入れてくれたようだ。零れた笑顔に、職人は胸を撫で降ろす。
「貴方の作りあげた小さな光を‥‥私は忘れない。
 皆に、これからの未来に、伝えていくよ」
 職人は驚いた顔をして、そして目尻の皺をこれ以上ないくらいに深くした。

◆青銀の薔薇
 ユーリア・エンデ(ti8377)に差し出されたのは、銀薔薇のブローチだった。
 繊細に薄く伸ばされた銀の花びらは、中央に据えられた石を隠すように他方から中央に掛けて伸びている。
 よくよく見れば、中央の石は‥‥青? いや、おおむね青い光を返しているが、光の加減によっては緑や紫、赤にも見えるような‥‥?
 老爺に聞けば、それは透明度の高い石に薄く着色したものだという。

 カルミーニオが語り終えて出て行く時、入れ替わりに職人の下へ訪れたのがユーリアだった。
「ユーリアも、是非色々と話すといい。
 きっとキミにとって大切な思い出となるだろうから」
「まあ! おじいさまの事をご存知だったのですか?」
 友人カルミーニオに勧められると、ユーリアは瞳を輝かせた。意図せず知り合いに出くわすなんて、素敵な偶然だ。話を聞けば、ドラグナーとの邂逅は、老爺に大きな影響を与えているらしいし。
「おじいさまにとって、ドラグナーとの出会いは本当に特別なものだったのですね‥‥。
 この地へと導いて下さった女神さまに、感謝を」
 小さく祈りを捧げた後、ユーリアはドラグナーになる前の自分を語った。
「ハーフエルフである事に気づくまで、亡くなった両親のようなエンダールにあこがれていました」
 そう告げた時、職人は驚きと、そして戸惑いの表情を浮かべた。
 その表情にハーフエルフへの抵抗感を感じて、内心ユーリアは落胆し‥‥同時に当然だとも思った。ユーリアの片目は、他方と同じ青色に変えてある。言われなければ、滅多に気付くものではない。
「‥‥いえ、失礼」
 だが、職人は深く頭を下げ、礼を失した態度を取ったことを恥じた。
 職人は老人‥‥つまり古い人間だ。そっと受け入れるく柔軟さを持っているだけマシな方であろう。
 なるべく気にしないことにして、ユーリアは続けた。
 生前の、両親の話。彼らに治癒魔法を受けた時、患者の瞳に宿るひかり。それは感謝か、或いは感動と呼び称されるものなのか。
「それが幼心にとても焼き付いて‥‥忘れられなくて。
 今でも、きっと、憧れているんだと思います」
 だからドラグナーになって、魔法の代わりに応急手当を学んだ。
 他にも以前から好きだった音楽や歌を磨いて、心に語りかける精神的な治療等も試みている。
「こんな風に‥ふふっ。聞いて頂けますか?」
 ついと魔法の杖を振れば、穏やかなメロディが流れる。それにそって、ユーリアは詞のない歌を口に乗せる。
 暫し聞き惚れた後、職人は乾いた手のひらで暖かな拍手を贈った。はにかんだ笑みを見せた後、ユーリアは続ける。
「まだまだ手応えは少ないけれど、
 両親のように沢山の人を救う事ができたら。そう考えています」

「ある神話において、薔薇は秘密の象徴だとされます」
 青の向こうに秘密を隠す、美しい女性。職人は、ユーリアをそう表現した。
(アクセサリーは好きだけれど、作って頂くなんて初めて‥‥でも)
 喜びと、少しの後ろめたさ。
(私は、私を形作るものを感じてもらえるような、
 おじいさまにとって特別なドラグナーとして生きる事ができているのかしら‥‥)
 もしできていなかったとして、そしていつか、できたとしても。
 次にこの街に来れた時、この老爺はきっと‥‥。
「‥作って頂いたもの、この目に焼き付けて、ずっとずっと忘れません
 あなたの命の輝きに恥じる事のない生き方をすると、誓います」
 老爺は驚き、そして深々と頭を下げた。ユーリアもまた、同じかそれ以上に深く頭を垂れ、祈る。
「ほんとうに、ありがとうございます‥‥おじいさま。
 創りだされた輝きと、このお店のひかりが、いつまでも人々の心を照らし続けますように」

◆花と蔦の冠
 ミニュエット・ウィステリア(tf0124)に渡されたのは、ティアラ。
 アイン・ジェラルド(tj1833)に渡されたのは、ブローチだった。
「花輪ですね」
 語ったエピソードそのままのような気がして、なるほどと呟くアイン。
 しかし、ミニュエットの方を見ると、彼はわずかに驚きを見せる。
 ミニュエットの頭に乗ったティアラは、銀で出来た――飾り気のない蔦の冠だったからだ。
「少し、寂しいな」
 そう言って、ミニュエットは笑う。

「改めて聞かれると難しいな‥‥。
 自由でありたいと、そう思ってる人物‥‥かな。うまく言い表せないけど」
 貴方はどんな人か? その問いに、ミニュエットはそう答えた。
 続けて、理由を語る。束縛が嫌いなこと、家のしがらみから抜け出したくてドラグナーになったこと。
 そのせいで、家族には寂しい思いをさせてしまったこと‥‥それに関しては申し訳なかったと反省はしているものの、自由を求めたことを後悔はしていない。
「だって今、充実してるからな」
 のびのびと、開放感に満ち溢れた声。
「一度きりの人生だ、後悔ないように生きたい。そう思わないか?」
 それには職人も同意した。何しろ好きなことしかしないで生きてきた、と職人が言えば、ミニュエットは笑った後に少し羨ましいと零した。
「あと、アクセサリーは好きだ。見るのも、身に着けるのも、そして作るのもな。
 だから、こういう機会をもらえて、実はすごくワクワクしてる」
 おや、と喜びを滲ませる老爺。敬愛するドラグナーが、同じ趣味を持っているというのは、彼にとって単純に喜ばしい。
「私の話が少しでも役に立つこと、そして良い作品が出来ることを、心から願っているよ」
 そう締めくくるミニュエットの話を、アインは思案に耽りながら聞いていた。
(――ああ、
 この方は柵から開放されているのですね)
 生まれた感想は、唇から落ちることはなく。
「私は――」
 アインは、茫洋とした言葉を多く語った。佳き出会いの先に今こうして在る自分、思い出の断片。
 まるで謎かけのようなその言葉群に、職人はふむと考え込む。
「‥‥失礼ながら、お二人の接点がまるで見えません」
 二人は顔を見合わせた。
「ふふ、改めて考えてみますと形になりませんね」
「友人‥‥という程近くもないが、知人‥‥よりは近い、かな?
 いうなれば‥‥師弟系知人以上友人未満か?」
 首を捻り合う二人。
「‥‥我ながら意味がわからない。職人さんどう思う?」
 問われ、職人は笑う。解るわけがありませんよ、と。
「それはそうだな」
「ですが、折角のご縁です。これから考えてみるのも楽しいかもしれません」
 フォローのように繰り出されたアインの言葉は、どこか楽しげだ。
 さて、改めてこの場で接点を考える。
「面白そうな奴だなっていうのは感じてるよ」
 花の編み方、花冠の創り方を教えたことがあるのだというエピソードを語る二人。思い返して感謝を告げるアインに、首を振って答えるミニュエット。
「この山ほど人がいる中、微妙に違う時期に生まれて、
 ドラグナーになって‥‥そして奇跡の確率で知り合えたんだ」
 職人の目が少し、開く。
「私としては、もっと仲良くなれれば嬉しいかな」
 魅力的に笑むミニュエットに、アインもまた
「機会があればまた遊ぼう」
「楽しみに、しています」

「気持ちを贈りあったら、こうなるのではないかと思ったのです」
 つまり花冠のブローチはミニュエット、蔦冠のティアラはアインをそれぞれ表しているのだと言うことだろう。
 自由に風に揺れて盛る花冠と、綺麗に組まれてはいても動きのない蔦冠。
「おや?」
 蔦冠を頭から外して覗き込んだミニュエットが、気づいた。あえて隠してあるかのような非常に目立たない位置に、赤い石が不規則にはめ込まれていた。まるで秘めた熱情を表しているような――。
 対して、アインはブローチの上で円に並べられた綺花々を眺める。そよいでいる様子を表しているのだろう、いきいきと動きのある描写をされた銀は、花芯に埋め込まれた淡い色石と共に生命の活力を感じさせる。
 柵の中で開いたものではない。これはきっと、広い野で揺れる花々が使われた、冠なのだ。
「今の私は‥‥咲かぬ花、ですか」
「あ」
 もう一度、ミニュエットが声を上げる。
 赤い石の、更に奥。
 そこには、目が悪ければただの傷と誤解してしまいそうな小ささで、新芽のような突起が一つ、創られていた。

◆対のイケウマ
 ジュリアス・フェザント(ti9857)とヨーリィ・バルタザール(tj0206)に渡されたのは、ベルト留めだった。
 腰に剣を佩くためのベルトを通すものなのだろう、それそのものも頑丈そうで、ベルト穴もかなり大きい。
 彫られているのは左右対称の模様で、ユニコーンの横顔。と思いきや、後ろから翼が伸びている。どうやらペガサスでもあるらしい。
「うわー、イケウマ! イケウマだー!!」
 細工を撫でて、ヨーリィがその場にぴょんぴょん跳ねた。

「ふええ、爺ちゃん職人さんなんだ、凄い!」
「強引な爺さんと思ってたら職人だったんだなー」
 老爺がアクセサリー職人だと知るや、二人はそう言って歓喜の表情を見せた。
 そして改めて、話を聞きに工房へ訪れた彼らは‥‥その時と同じ顔をしていた。
「店に飾ってある物を見れば爺さんが良い仕事してきたってのは良く分かるさ
 少し照れくさいけど、俺らで良ければモデルになるよ。なァ、ヨーリィ!」
「うん! 喜んで協力しちゃうよ! お願いして作ってもらいたいくらいだし」
 仲の良い友人同士特有の、息の合った喋り口で二人は語り、そして同時に椅子に腰かけた。
「俺らは中等部までローレックに在籍してて、そこで会ったんだ」
「そうそ、ジュリーとは学園で友達になったんだー。
 俺の守護精霊ペガサスでジュリーがユニコーンだったからうま繋がり?」
「それは違うだろー。ご先祖さま同士が縁があったらしいけど、
 俺がローレックに放り込まれたのもそういう理由だったんだろうな」
「え、そうかな。うま繋がりもあると思うけどなー」
「まあ、確かに何となくパッパカ‥‥ウマが合って、
 喧嘩したり一緒に悪さ‥‥もとい遊んだり勉強したり、お互いにドラグナーとしての力もあってさ」
「そうそう、で、天竜宮に上ったんだけどさ。ドラグナーになってからはシェアハウス一緒だけど、
 掃除とか得意じゃないし結構大変! ベッド寝にくいし」
「ちょっと話が逸れてないか? まあ、それで出会って友達になって、
 今じゃ腐れ縁の親友ってところ‥‥だよな? 合ってるよな?」
「合ってる合ってる」
 ここまで、職人が口を挟む余地もなく、一気に語り尽くす。
 職人は面食らった後、とても嬉しそうにそうですかそうですかと相槌を打った。まるで孫を見るような優しい瞳に、ジュリアスもヨーリィも少し照れくさそうに身じろぐ。
「ドラグナーになってからは‥‥そう、だな。
 事件が起こる度にあちこち飛び回ってるよ」
 ヨーリィが、ドラグナーになってからの話をしていたからか。次の話題は、そこへと立ち返った。
 先ほどまでの陽気さとは打って変わって、その声色はグッと抑えたものになる。
「悔しい想いもした。人が死ぬっていうのはスゲー嫌なもんだって思い知った。
 そいつも今はこうしてピンピンしてるけどね」
「‥‥それは」
 職人にとっては身につまされる話だったのだろう。彼は、神妙な顔でジュリアスの話へ聞き入った。
「‥‥だから、これからの人生はもっと強くならなくちゃって思ってる
 戦う事の意味が少しは分かったからさ」
 ――まだ、職人の半分も生きていないであろう青年が、信じられないほど大人びた瞳をして遠くを見ている。職人は見ていられず、思わず瞳を伏せた。
「人生が形になるってのは不思議なモノだね。
 爺さんの作品みたいに世の中に確かに残るものを、俺も残せていけたらいいなって思うよ」
 或いはドラグナーならば、死すらも超越できるのかもしれない、と職人は考える。職人からすれば、ドラグナーは時間を超越したような印象すらあるのだから。
 けれど、その口ぶりから、何らかの形で終わりはやってくるのだろう、とも察する。
「俺から見たジュリーのイメージはユニコーンみたいな感じかなあ」
 重い空気を打ち払うように、ヨーリィがまた別の話題を口にした。
「守護精霊だからってより、どーん! ばーん! みたいな」
「どーん! ばーん! か?」
 ジュリアスがジェスチャー付きで確認すると、そうそうとヨーリィが笑う。
「あ、それでパッパカみたいに羽あるの!
 なんかいろんな事出来て隙が無い感じだけどたまにドジるのカワイイ!」
 先ほどから度々呼ばれる『パッパカ』とは、ヨーリィが連れているペガサスのことだ。お茶をご馳走した時に職人も顔を合わせているので、その存在は知っていた。
 なるほどなるほど、と再び相槌を打つ職人。
 とにかくひたすらに、彼らの仲の良さが伝わったようで。一度在ったシリアスな話題の時以外、職人の顔は終始緩みっぱなしだった。

「パッパカー! 見て見て、イケウマだよー!」
「む、そんなことはない。俺の方が格好いいことは確定的に明らか」
 喜びのあまり、外で待つペガサスの下へと作品を見せに走るヨーリィ。ジュリアスはそれを笑って見送った後、職人に頭を下げた。
「単純にのびのび仲良くいてほしいからお揃いです。後は‥‥そうですね」
 職人は微笑んで、頭を下げ返す。
「互いの守護精霊が、互いを守り合いますよう、祈りを込めて。
 背中を預け合って、二度と死の不安が貴方がたを襲わないよう――」

◆連環
 シエラ・キャンベル(tj1303)とフェリックス・オルランドゥ(tj1481)には、二人で一つの品が渡された。
 それは、指輪。環は二つ、しかしその二つは鎖のように噛み合って、分割することができない。
 その上、二つの指輪は内側がデコボコしていて、重力や遠心力に従ってズレるたびにカチャカチャと快適とは言えない音を出す。
「これは一体、どういう意味なのかしら?」

「自分をイメージねぇ、いいじゃない。こういうのは好きよ」
「シエラ、面白そうだし語ってやろうぜ」
 弾んだ口調のシエラだが、フェリックスが口を挟むと途端に仏頂面へ。
 二人の関係性を問われれば、それはますます加速した。相方を横目で見つめると、シエラは嘆息する
「関係性‥‥うーん、そこまで良いもんじゃないと思うけど‥‥。
 結構ありきたりなもんよ」
「見ての通り恋人同士なんだが、
 どうにも最近シエラの俺に対する扱いがぞんざいでな」
 彼女の態度を見て、フェリックスもまた肩を竦める。
「こないだは約束すっぽかされたしよ」
「あー、うん。それは悪かったわよ、だから今日一緒に此処に来たんじゃないの」
 ふーん。斜に構えた愚痴っぽい態度に、シエラは
「‥‥約束すっぽかした事は謝るけど、何もそんな言い方しなくてもいいんじゃないかしら?」
「そっちだって、謝る態度じゃねえだろうが」
「あんただってすっぽかした事あるでしょうに!人の事言えないんじゃないの!?
 そんなんだからあたしも素直になりたかないのよ!ほんっとにもう‥‥」
 高まる場の熱。まあまあと宥めた職人は、一人づつ話を聞くことを提案した。
 このままではお互いにカッカしてしまうと、二人ともそれを了承し‥‥先に、場にはシエラが残った。
「あいつが皮肉屋だから素直になりたくないっていうのは本当だけど‥‥。
 あたしも、どうしてもそれに反論しちゃうのよね。仲良くしたい素直になりたいのは山々なのに」
 フェリックスの姿が見えなくなると、途端にシエラの語気は弱まり、優しい本音がこぼれ出る。
「‥‥もうちょっと、心を開かないとね。
 そ、それが出来たら苦労しないんだけど‥‥」
 一通り本音を零すと、シエラはフェリックスを呼びに行った。途端にフンと鼻を鳴らし合う二人。
 しかし入れ違いに入ってきたフェリックスもまた、一人になれば本音を零す。
「お互いわかっちゃいるんだよ。でも素直にはなれねえ」
 熱の籠った瞳を床に向け、深い溜息と共に言葉を吐く。
「‥‥愛してるんだよ、本当だ」

 繋がった指輪をつと持ち上げると、金属のこすれる音がした。指輪はなめらかには滑らず、揺らすたびに音を立てて揺れる。
 でも、繋がっている。
「離れない、ってことね」
 連なるリングを、目線の高さへ持ち上げる。
 喧嘩になっても言葉を交わすのは、斜めにでも言葉を掛けるのは、互いに手を伸ばし合うのは。
 好きだから。繋がっていたいから。
「なあ、シエラ‥‥この間はその‥‥俺も言い過ぎたぜ」
 絞り出すような、それでいて叱られた子供のような。か細いフェリックスの声が響く。
「本当はシエラが体調崩してないか心配だったんだ」
「‥‥」
 素直な言葉。
 ‥‥相手の側から、仲直りの切欠を作ってくれたのだ。
(なら、あたしも)
 小さい方の環を持って、フェリックスへ差し出す。フェリックスもまた、大きい環をつまんだ。
 繋がる。そして離れない。
 こんな風に、適切な距離で心を繋ぐことができれば。いつか、もっと素直に――。

◆偏見なき世界
 ルリア・レンダール(tk0115)に差し出されたのは、ピアスだった。
 フープピアスとでもいうのだろうか。銀が綺麗な円を描く。その表面はつるりと滑らかで、少し力を入れれば歪んでしまいそうだ。輪からは短い銀鎖が一本だけ下がっていて、その先端には色石がついていた。
「きれい、ですね」
 揺らしてみる。色石の表面は少しザラついていて、あまり光を返すことはない。
 職人は、説明を加える。
「穏やかなものが、貴方には似合うと思ったのです」

「私の人生など、あまりいいものではありませんが‥‥
 そうですね、ドラグナーになった経緯をお話ししましょう」
 ルリアは、自身の生い立ちを語った。
 ユーリアとは違い、彼女は別段ハーフエルフだということを‥‥つまり両目の色の違いを隠してはいなかった。そのため職人は初対面の時から、彼女に対してもユーリアと同じ、わずかな抵抗感を抱いていた。しかしその抵抗感は、彼女がドラグナーであるということを超越するほどの強いものではなく、職人はすぐに彼女の存在を穏やかに捉えた。
 ――世の者たちみんなが、この老爺程度にでも柔軟ならば、いいのだが。
「ハーフエルフが忌み嫌われているのは他の町でも同じものなんでしょうか。
 私の町でも呪われていると言われておりました」
「恐らく、このフロラの街にもそうした価値観は根付いているでしょう」
「そうですか‥‥」
 少し残念そうに呟き、ルリアは続ける。
「両親だけは愛をたくさん注いでくれていたのですが‥‥
 天竜宮に上がる少し前になくなったのです」
「お悔やみを、申し上げます」
「ありがとうございます。
 亡くなる時にスカイドラグーンにいけば、差別のない幸せが待っていると言われました」
 職人はハッとした。確かに職人にとっても、天竜宮は全ての苦しみが取り払われた楽園のような場所であるイメージがあった。
 実際は、どうなのだろう。身近に暮らしているとはいえど、ドラグナーたちみんながハーフエルフに差別がないのだろうか。
 ‥‥冷静に考えれば、そうではない気がする。地上から、そのまま偏見を持ちこむ者がいないとは限らないだろう。
 だがルリアは両親の言葉を信じた。
「だから私はドラグナーになったのです。差別のない自由を求めて」

 真平らな環は、手を繋ぎ合って作る人の輪のイメージ。揺れる石は装飾の外、耳からまっすぐに垂れ下がるよう、バランスを取る役割を兼ねている。
「差別を受けない自由、まったき平和が貴方に訪れてほしい」
 だが職人にとって、それは危ういものに感じられた。例えば、誰かの指で圧したら簡単にへし折れてしまうような。
 だからこそ、天竜宮という理想郷で、その円が綺麗に保たれていることを切に願う――。

◆銀のしるべ
 リャマ・イズゥムルデ(td7895)に差し出されたのは。
「‥‥これは?」
 何と形容したらいいのだろう。
 十五センチメートルほどの丸い銀。表面にはどことも知れない海図のような模様が刻まれている。
 どうやら、丸は開くようだ。開けてみると、中にはコンパス‥‥と言っても、どうやら本物ではないようだ。針が、動かない。
 括られた紐は腕や首に通すには短く、鞄や服、細身のベルトなどに通すためのもののようだ。
 職人を見れば、作成者である筈の職人が首を傾げ、それを何と呼ぶのか迷っている。
「強いて言うなれば、お守り‥‥でしょうかね」

「‥‥あの時は、ありがとうございました‥‥」
 開口一番、リャマが告げたのはお礼だった。
「貴方は、言い訳と言われましたが‥‥ああして示していただかなければ、
 きっと、俺は気づくことができませんでしたので‥‥」
 過去に職人が作ったペンダントは、どうやらリャマに心の整理をつけさせる切欠となり得たらしい。ならばよかったと、職人が件のペンダントを持ってくると、リャマはそれを受け取って覗き込む。年月が経ち、くすんだそれについた鏡は、昔よりはずっと見づらくなった。
「こうして、きちんと礼を言える、ということも一種の縁、なのでしょうね‥‥
 ‥‥‥‥間に合って、よかった」
「本当に。こうして貴方がたと見えられたことは、奇跡でしかない」
 職人は深く頭を下げる。ドラグナーたちにか、はたまた女神にか。
 やがて話は本題に移る。アクセサリー創りのための、情報収集だ。
 何を話した物か。迷った後、リャマはゆったりとした速度で口を開く。
「趣味は、読書、でしょうか‥‥
 とはいえ、殆どが学術書か、海図などになるのですが‥‥」
 悔恨の楔からは解き放たれた彼は、素直に自分のことを語る。
 辛い過去ではなく、近い日々のことを。
 読書の感想。最近できた知人のこと。そして、かの人に怒られたこと。
 何をしたのかと職人が笑って問えば、リャマは元々あまり早くは回らない口を更に淀ませて、ぽつぽつと零す。
「代償の大きな魔法を、使用しましたので‥‥場所が場所でしたら、一度殴られていたかもしれません」
 代償? 何かを失ってしまったのか? 更なる職人の問いに、彼はエドラダワーという魔法の内容とと、自身に課された制約を語った。
 死に瀕し、両足は萎え、五感の二つを失い‥‥。
「周りへの被害も大きいですので、使わない事が一番良い、とは理解しているのですが‥‥
 ‥‥でも、そうですね‥‥あまり約束はできません、が」
 骨ばった指で、タリスマンに触れながら。リャマは瞳を伏せる。
「できる限り、生きて帰らなければいけません、ね‥‥」

「貴方程、創りづらい人はいませんでした」
 以前も今回も、それは変わらないと笑う職人。
「降参します。それは、貴方を表したものではない。
 ただの‥‥私から貴方への祈りを込めたお守りです」
 海図を模した銀の蓋も、その中に潜むコンパスも、海で道に迷わないためのお守りだ。
「いくつになっても、死は恐ろしい」
 職人が、自分の想いを零す。
 ――目から、身体が衰えて。
 できたことができなくなって。思考が凝り固まって。指の精密さを失って。
 その内に考えることも、息をすることも、心臓を動かすこともできなくなる。
 自分の存在が、消えていく。
「もっと作品を作りたかった。叶うならば、貴方たちへの感謝を表したかった。
 長く生きた。満足した。でもまだまだ満足したい。だが、それは叶わぬことです」
 手にも顔にも皺が増えた。肉は落ち、皮が余り、骨が浮いた。髪からはすっかり色が抜けた。
 職人としての死、生物としての死。だがそれは、自分だけではない。目の前のドラグナーにも、死は訪れると、彼自身から聞いた。
 だから。
「祈ります。リャマ殿の生が美しく輝くように」
 戦いに身を置く者は、軽々しく死なないとは言えない。周りの者も、死なないで、なんて言い難い。
 だから、少しでも長い生を。
 少しでも善い、生を。

「私とは違う時の流れに生きる、貴方たちへ」
 貴方たちを慕い、敬い、感謝していた。
 その証である小さな銀光が、貴方たちの胸に遺りますように――。


◆遺産
 十六個の作品は、職人の工房の棚に飾られた。
 工房に新しい主が生まれ、元の主が二度と帰らなくなっても。
 やがてくすんでいく光は、そこに佇んでいた。