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オープニング
◆黒き一角獣の乙女
「どこから、話そう、かな」
たっぷりと蜂蜜の入った紅茶で喉を潤したユニコ・フェザーン(
ta4681)の瞳が、高い吹き抜けの天井に向けられる。
「私の遠い先祖は偉大な、武人。ずっと憧れて、彼のようになりたかった」
伝説となった神代の大戦。名誉と共に語られる五百年前の決戦。そして苦い記憶と共にあるユーロ全土を巻き込んだ百年戦争の記憶。
英雄が挙げた勲しは子々孫々に語り継がれ、子ら孫らを支え――そして、時には縛りもするのだろう。
「沢山、鍛練した。何度も、モンスターに挑んだ。でも私には、剣の才能がなくて。大きな怪我をしたし、多くの人に、迷惑を、かけた‥‥」
「大丈夫?」
ルゥル・ティレット(
tb9050)の言葉に、腕に薄く残る傷を無意識に撫でていた指先がぴくりと跳ねる。
「もう、平気だ。
自分の身の程を、ようやく知って、考えた。
私には何があるのか?」
その結論に至るまでどれほど悩み、傷つき、苦しんだのか余人に計り知ることはできない。だが――その手にある小さな杖が、彼女の選んだ答えなのだろう。
「旅立ちを決めたのは、ある日、大きな竜の夢を見た、から。
強く、美しい、竜。何故か、その竜が、私を呼んでいる気がして‥‥夢から覚めたら、メルの手紙が届いていたんだ。
それを読んだら居ても立ってもいられなくなった。ドラグナーになれば、人の理から外れる。でも、私の力を役に立てる場所が、そこにある。そう感じたから」
「その、キミの犬はご実家から?」
「ああ。ゴンスケだけ、私を心配したのか、ついてきてくれた。とても可愛く、勇ましい私の相棒だ」
ついに好奇心が抑えきれなくなったらしいレイナス・フィゲリック(
tb7223)にもよく見えるよう、愛犬ゴンスケを抱き上げたユニコの瞳が輝く。あっ、これはマズイ。あるいは卓に着いた幾人かは事態を察したかもしれない。だがすべては手遅れだった。落ち着いた口調は変わらず、だが言葉は止まることなく溢れ出す。
「見てくれ、この凛々しい眉。愛らしい尻尾。たくましい脚。上毛は硬いが、下毛はふわふわで――」
◆永く隔たれた故郷ゆえに
ゴンスケに顔中舐められながら特徴を調べるレイナスに、尽くせぬ魅力を語るユニコ。方向性は違えど満足げな二人のティーカップを新たな紅茶で満たし、サフィヤ・バルタザール(
tb5749)は席に深く腰を下ろす。浅黒い肌。過ごしやすい常春のスカイドラグーンにあっても素肌を晒さない衣装が目を惹く。
「ここへ来た直接の理由は、手紙を受け取ったからです。外を見てみたかったという個人的な動機も否定はしません。
生まれてこの方、西サンドラから出た事が有りませんでしたし‥‥遊牧生活では、本などは殆ど所有できませんから」
首に巻いた布を背に垂らし、彼は静かに語る。
「俺たちは砂漠でヤギを追って生活していました。
部族はほぼ全員が遠かれ近かれ血縁者、たまに街へ立ち寄った時やアクシデントを除けば、意外と代わり映えのしない生活でした」
家畜と共にオアシスからオアシスへと渡る生活。あるいは彼が口にした『本』も、変化に乏しい時間の中で退屈を潤してくれる、オアシスのような存在だったのかもしれない。
「ここで過ごす間に地上では飛ぶように時が過ぎて行くと聞きました。ですが俺の故郷、部族は遥か昔から変わらず生活してます。
――遠い祖先が居たと伝わる禁断の地が開かれでもしない限りは」
遙か遠く神代、闇の輩とノルンが天を砕き地を焼き尽くす戦場であったというバベル。今もなお止むことのない砂嵐と呪いによって何者をも阻む禁断の地。
「俺も兄弟も父にそっくりだと言われましたから、兄弟の血筋も会えば分かるでしょう。
‥‥出身部族は、こことは違った意味で時の流れの遅い所です。だから、離れて寂しいという気持ちはあまりありません」
その封印が解ける日が来ることはあるのか――青年は静かに微笑む。
「いつか帰る日が来たとしても、きっと俺の記憶と変わらない故郷があるでしょうから」
◆東方に未来を馳せて
「さて、自分の番ですね」
給仕の持ってきてくれたタオルで顔を拭ったレイナスは、軽く咳払いをした。
「ライスワインやグリーヴァの黒酒があれば、話を肴に味わっていただきたかったのですが」
その代わりに彼が注文したのは秋の味覚。暦の上でこそあれど、季節の物を味わいたいという‥‥これも『粋』だろうか。
「自分がドラグナーとなった理由を挙げるとすれば、一コモンとして世間の役に立ちたいという気持ちと、和之国への知識欲‥‥となりますか。
今は連絡も途絶えていますが、それでもユーロ圏内にある関連遺跡を調べたり、過去の知識を纏め繋ぐ者は居ましてね。自分もその道を歩むだろうと考えていました」
かつて月道で通じていた異国。思いは馳せども再び繋がりを持とうとする者は多くない。
「天竜宮の存在を知った時、自分はこう考えました。これは別の形で道を拓く機会だと。
ドラグナーであれば、本来なら見ることのできない先の時間まで目の当たりにすることができますから」
彼はまだ17歳。地上に抱えるしがらみの少なさが、彼の踏ん切りを助けたのかもしれない。
「地上に残り、道を開くために尽力する。それも方法ではあります。
航海技術の発展著しい昨今、失われた月道を用いなくとも和之国へたどり着くことができるかもしれません。時間が解決することもあるでしょう。時を経て遺跡からの発見があるかもしれません。しかし‥‥」
それは、彼ではない誰かでもできることなのだ。
「あるいは、こうも思うのです――竜宮人の阻むべき悲劇が和之国に関わりある事もあるかもしれない、と」
当然、和之国に限らず悲劇は避けるに越した事はありませんしね。飽くなき情熱を若き胸に抱く青年は、照れたようにはにかんで笑った。
◆黄金の林檎姫
「天竜宮にきた理由かぁ‥‥
わたしはね、運命に出会える予感‥‥てゆーのかな、なにか、そーゆうわくわくした事に出会える気がしたんだ」
ルゥルは皿の上で切り分けられた林檎を一切れ囓る。強い酸味のある果汁を涼しい顔で嚥下し、彼女は屈託なく微笑む。
「それにね、夢があるの!
世界一の林檎、伝説になるような林檎を見つけたいの!」
「伝説の林檎、ですか」
「そう! 本当にあるかは探してみないと分からないけど」
その響きに興味を惹かれたレイナスが身を乗り出し、ルゥルは歌うように続ける。地上での暮らしのこと。家の抱える広大な林檎園で兄らと遊んだ日々。へとへとになった兄妹に作ってくれた母のアップルパイの味。
「ママが作るアップルパイは最高に美味しくて、パパは世界一って言ってたよ。
だからね、思ったんだ。ママに教えてもらったアップルパイを世界一の林檎で作ったらどんな味なんだろーって」
林檎を刺したフォークをタクトのように振っていた彼女のトーンが、ほんの少し落ちる。
「家族に会えなくなることは寂しいけど‥‥でも、地上に居たとしても別れはやってくるし。わたし、もうオトナだもん!」
恵まれた家庭に育ち、温かい家族に囲まれ、不自由のない暮らしがあっても、得られないものはある。
「せっかく授かったこの力、活かせる生き方がしたい‥‥
運命はこの手で切り開いて、夢を掴むよ」
豊かな金の髪を揺らし、夢見る少女はまだ見ぬ林檎に手を差し伸べた。
◆海を捨てた人魚
「天竜宮に来たのは、偶然だよー。
誘いの手紙はあったけど、あたいは上ろうとは思わなかったかなー」
いつも呑気でおおらかなレヴィン・アンゼ(
tc2374)の話しぶりは、いつものように呑気でおおらかだった。
そこにあるわずかな固さに、ミファ・アンゼ(
ta0345)以外の誰が気づいただろう。
「あたい、下の妹と弟を捨てて海に帰った母が嫌いで陸に上がったんだー。
入れてくれた盗賊団で仲間もできたし、ミファや弟とも会えたし、それで満足だったからー。
だから、ミファが突然天竜宮に行ったのも、驚きはしたけど、追いかけようとは思わなかったんだよー」
そこまで言うと、小麦色の肌のメロウは銀の髪を揺らして種族の異なる妹に悪戯な瞳を向けた。
「‥‥ちょっと、寂しいって、そう思わないことも、なかったけどねー」
「ヴィン姉様、今そういうことを言うのはずるいと思いますの」
拗ねたように小さく唇を尖らせる妹に舌を出して見せ、姉は小さく肩をすくめた。
「だけど、盗賊団が襲撃された時に団長に言われたんだよー。
『逃げろ! 生き延びろ!』って。
どうやって助かったかも思い出せないけど、気付いたらここにいたんだー」
レヴィンは天井を仰ぐ。あの日――運命という早瀬の流れが変わった日にもそうしたように。
「あたいは、今、これでいいと思ってる。
母の事は大嫌いだし、このまま会えなくていい。会いたくない」
天井から視線を落とした時、そこにはもういつものレヴィンがいた。
「ねーねー、次はミファが話してよー。
あっ、お茶がもうない。あたい取ってくるねー」
立ち上がろうとしたサフィヤを手で制して、彼女は軽やかな足取りでカウンターに向かう。
逃げてるだけ、なんてのは、内緒だよー?
そんな心に秘められた本音は、血を分けた妹にすらまだ届かない。
◆仮面の笑顔
「楽しい話ではないですが、それでも宜しければお話しますの。
あ、ヴィン姉様はできれば聞こえなかったことにしていただきたいですの」
「ぇえー、あたいも聞きたいのにー」
軽くミファに睨まれた姉は頬を膨らませてそっぽを向く。
「私、ここには逃げてきましたの。
私達の両親はライトエルフとメロウの異種族婚でしたの。
でも‥‥父が亡くなった時、母は姉達を連れて海に帰ってしまいました。私と弟だけを地上に残して。
仕方ない事なのかもしれません。愛した人を失って、同族も傍にはおらず、母も寂しかったのでしょう」
誕生の秘蹟によって授けられるコモンクルスの子供。それは、種族という隔たりを超えて愛するものを結びつける。
だが。
「けど、理解できる気持ちと共に、母に対するわだかまりが残っているのも事実ですの。
どうして母は私を選んでくれなかったのでしょう。私が海で生活できない事が理由なら、どうして会いに来てすらくれないのでしょう。
‥‥私のことはどうでもよかったのでしょうか。
だったらいっそ、期待できない状況になれば‥‥時間を飛び越えて、母が絶対に生きているはずのない時間にいければ、もう期待しなくてもすむのではないかって」
憎んでも、恨んでも、忘れられないのならば。
「だから私は逃げた。逃げて、そうしてここに来たんだよ」
そっぽを向いたままだった姉が振り向くよりも早く、妹は本心を隠した。
笑顔という仮面の下に。
「‥‥ふふ。
今よりずっと先の時代を見てみたいって思ったのも本当ですけども」
◆幸せな青帽子のケットシー
(レヴィンとミファ‥‥そんなことを考えて、旅立つ決意をしたんだな‥‥)
メロウとライトエルフ、数奇な運命の生んだ悲しい姉妹の物語。
そんな重い空気を吹き飛ばすように、帽子の縁をそっとなぞったハナ・コッコベル(
ta8370)は切り出した。
「私には、大好きなおっ母がいるんだ」
子守歌代わりにいつもしてくれた物語。森の精霊とのかくれんぼ。眠れる竜の巣穴から鱗を頂戴する話。中には子供心に少し怖い話もあったけれど、優しい母の語り口にいつも胸を高鳴らせていたこと。
「私が初めて魔法を使った日の夜、おっ母は昔に世界中を旅していたと教えてくれた。
今までのお話のいくつかは本当にあったのだともな。
何だか凄く嬉しくてその夜は少しも眠れなかった。きっと私もおっ母のように冒険の旅に出るって信じたのだ」
だから、メルの手紙が届いても彼女は驚かなかった。
でも、両親はいつも優しくて、まだ幼い弟妹は可愛くて、いつだって暖かかった家もなにもかも捨てて行かなければならないなんて、考えてもいなかった。
その日、自分がどんな顔をしていたのか今も思い出せない。
「でも、おっ母が自分の帽子を私にかぶせて言ったんだ。
目を瞑ってそっと想えば少しだけお話が出来るんだって。
大切な者をなくしたときは、皆そうするんだ、って」
大きな帽子を縁をぎゅっと掴み、榛色の瞳を鍔で隠したハナの口元が微笑む。
「だから、今でもこの帽子に触れば、おっ母とお話が出来るんだぞ」
それは思い出。
それは懐かしく優しい記憶。忘れさえしなければ失われない、違う時の流れを歩む竜宮人の思い。
そんな小さな友人の言葉に、傍らのアヤンガ・ブルグドゥ(
ta1892)は噛みしめるように頷いた。
◆夢を追い求める青年
アヤンガの前に運ばれてきた器で湯気を立てるのは羊の肉が入った塩のスープと、一切れのパン。目を丸くした商人が、ここは自分が奢るぞ、と給仕を呼ぼうとする。
「いえ、俺はこれでいいんです。豪華な料理を食べていると、貧しかった故郷を忘れてしまいそうで」
同じ遊牧民でも、サンドラ出身のサフィヤとはまた違った鮮やかな装いの男は、懐かしそうにバター茶のカップに口をつける。
「俺の場合、村を出た時には決意というほどのものはありませんでした。
祖先の言い伝えにある『聖なる山で踊る女神』‥‥その姿を自分の目で見てみたい。長老の勧めもあって故郷の村を出ました。
ドラグナーになったのは、あてもなく旅を続けている途中でしたね」
シェフが気を利かせてくれたのだろう。岩塩を使ったスープは故郷のそれによく似た味だった。
「それで、とある川辺で子ども達に悪戯されて困っていた亀を助けたら、『お礼にスカイドラグーンへ』と言われたので、急ぐ旅でもないし‥‥と」
「亀?」
「亀が?」
「‥‥あぁ、亀かー」
「困っていた亀を助けたのか。それはとても良い事をしたのだ」
ルゥルとミファが素っ頓狂な声を上げ、レヴィンが壁の向こうの入出島管理館に半目を向ける。まさかそんな形で勧誘をしていようとは。
ハナは一人感心したようにウンウン頷いているが。
「旅に出たときに、すぐに戻ろうとも思っていませんでしたが、これでもう長老達に会えないかも知れないと思うと少し、淋しいです、ね。
でも、会うは別れの始まりだと長老も言っていました。それに‥‥長老達はここに居ます」
握った拳で胸を叩く。隣に座るハナの微笑みに笑顔を返し、アヤンガは卓に着く一人一人に視線を向けると、はっきり言った。
「今は、ここにいるみんなが俺の家族です」
「うん、アヤンガの言う通りなのだ」
ハナが笑う。
皆の顔にも笑みが広がった。
◆そして、竜宮人の昔語りは幕を閉じ
自らの道を愛犬と共に歩み始めた娘。円環の外へと飛び出した遊牧民。まだ見ぬ異国を夢見る一族の男。夢を自ら掴むために安寧から抜け出した少女。種族を超えた思いを実らせ、種族の垣根を超えられなかった母にわだかまりを抱く姉妹。母の語った物語と帽子と記憶を胸に旅立ったケットシー。そして、故郷を忘れずに歩み続ける少年。
ドラグナーたちの語った過去と共に、フロートシップはコモンヘイムへと帰って行く。
スカイドラグーンは往く。定められた時の理を超え、コモンクルスの枷を超え、人の思いと記憶を超えて止まることなく、未来へ。
◆スタッフ
ミファ・アンゼ(
ta0345):雨月れん
アヤンガ・ブルグドゥ(
ta1892):葵はづき
ユニコ・フェザーン(
ta4681):鏑木はる
ハナ・コッコベル(
ta8370):雨月れん
サフィヤ・バルタザール(
tb5749):葵はづき
レイナス・フィゲリック(
tb7223):mugikon
ルゥル・ティレット(
tb9050):瀬良ハルカ
レヴィン・アンゼ(
tc2374):瀬良ハルカ
ナレーション:時坂ハジメ
音楽:魔王魂 他
原作:カランコエ
編集:成瀬 健(REXi)
企画:大田奏音(REXi)