10年後の想いと歩む道

担当 三毛野才蔵
出発2019/02/26
タイプ イベント C(Lv無制限) 日常
結果 大成功
MVP 相葉楡(ka01176)
準MVP 鈴城 透哉(ka00401)
グレン・ギーガー(ka01653)





オープニング

◆時は来世
 鬼神豊臣秀吉の討伐から10年が経過した2029年。
 一度崩壊した東京は見事に復興し、次々と新たなランドマークが建設され再び世界における重要な商業拠点として機能している。
 復興を手伝いながら数年遅れの学校生活を送ったゆみりは例に漏れることなく秀吉討伐の1年後に法力を完全に失った。現在は高校教師として専ら多忙な毎日を送っている。
「今日もいい日差しだね」
 30歳となった彼女は昼休みを迎えるなり、気に入りの場所である屋上からふと校庭を見下ろした。

登場キャラ

リプレイ

◆時は来世
 某国、ある滝のもとに広がる水場。藤枝 杏花アステ・カイザーはここに潜む『ヌシ』を求め、船に乗り込んだ。杏花は釣り師として、アステは神秘を求めて。
 そこで停泊して1時間。突然杏花の竿が大きくしなる。
「今までのヌシと桁違いの力っ、これは間違いなく伝説の滝のヌシ、シラタキタロー!」
「アンカちゃん、この大きさと色はUMAニンゲンに似てる。きっとこの世界の人魚よ!」
 アステも興奮し、杏花と謎の生物の戦を激写する。しかしその最中、竿が中心から呆気なく折れた。これは相手が圧倒的な力を持つ証。
「くっ、一番丈夫な竿が!」
「アンカちゃん、寛永から連れてきた化身は消えたけど、この世界由来の化身は存在すると思うの。今のは……」
「ええ。あれは化身の可能性が高いですよ。必ずリベンジしましょう」
 ふたりは決して諦めない。家族へ送る写真に彼女達はこう書き込んだ。
『私達の冒険はこれからなのです!』

 一方、日本では富栄弩院 頼伝が鬼神秀吉最期の地に建立された寺で読経を行っていた。10年前の戦の犠牲者と鬼神秀吉のために。
 この寺は現在住職を務める頼伝が慰霊と鎮魂を続ける姿に賛同した人々による寄付で建てられ、道教の神・孫悟空こと闘戦勝仏を祀っている。それを不思議がった者に頼伝はこう答えた。
「猿の化け物だった秀吉の怨念を鎮める為、猿と縁深き御仏を祀ったのじゃ」
 だが頼伝は(拙僧の信仰心の前には神も仏も無いしの)と胸の内で付け加える。彼は神代を知る身故に。
 毎日行われる読経。頼伝の重みがある優しき声はかつて派手好きだった偉人・豊臣秀吉の御魂に届いたことだろう。

 ある夜、北里 瑠璃は遅い帰宅となっていた。
(無事大学院を出て、機械メーカーの研究開発職に就職が決まりましたが、夢見たセレブとも非日常の連続だった寛永とも程遠く……)
 親元から離れた彼女は現在、就職先で研修を受けている。毎日が多忙で平凡だが。
(あの日々があったからこそ、今の貴重な日常はこうして守られたのでしょう)
 本物の平和を知った瑠璃は穏やかな心でいた。
 やがて自宅の郵便受けを確認すると小さな封筒が入っている。早速開けば可憐な顔が一気にほころんだ。
「あら、プチ同窓会開催なんて。皆さんお元気かしら。今は多忙で伺えませんけれど、休暇が取れたら博物館であの時代に想いを馳せるのも良いでしょうね」

 時同じくして後藤 閃也は満面の笑みを浮かべた。
 彼は薬学を究めるべく学業に打ち込んだ。持病による入院で同期生から遅れても諦めず、ひたむきに。
 その努力が実を結び、数時間前に大学院の進学許可と必要な書類の手続きの通知が届いたのだ。
「ついに院生だ、頑張ればどうにかなるもんだな!」
 彼は華奢な身体をベッドに放り出す。考えれば考えるほど新しいアイデアが湧き出してくるのだ。
「薬草で効果があったものの中に薬になっていないものがあったな。まずはそれを形に。明日からまた頑張るぞ!」
 彼は生き生きと鞄に薬草の資料を詰め込み始めた。研究者の夢は始まったばかりだ。


「えー、では次のお題に参りましょう」
 テレビで再放送中のお笑い番組。そこで茂呂亜亭 萌瑠が司会を務めている。
 戦後、芸に打ち込み真打に昇進した彼女と希有亭 波新改め芭倶亭 波新はともに国民的人気番組の出演者に抜擢された。現在は大喜利で華奢な司会・萌瑠と豊満な回答者・波新の「女の戦い」が鉄板となっている。
「またそんなこと言って。波新さんの座布団全部没収!」
「ああん、萌瑠師匠堪忍して~」
「我儘は聞こえません。波新さんの上着も全部取っておしまいなさい!」
 萌瑠が命令した途端、中年芸人が波新の帯に手をかけ彼女を勢いよく回転させた。
「そんなご無体なぁ……あーれー☆」
 くるくると脱げる着物。勿論中にしっかり襦袢を着ているが、豊満なラインは隠せない。
 萌瑠の無茶ぶりと波新の天真爛漫さ、そして息の合った話術が皆を笑わせる。

 テレビの音声を楽しみながら夕食の下拵えに励む村正 一刀は、愛娘・火花の「ただいま」の声が聞こえると玄関へ向かった。今の彼は専業主夫。娘の無事に安堵すると、宿題をするべく自室に向かう娘を優しく見送った。
(秀吉との戦から翌年、俺と萌瑠は結婚した。俺はダンサー、萌瑠は噺家に復帰するも、彼女の出産を機に俺が引退を決意。当時は色々言われたが、理想の夫ナンバーワンと呼ばれるようになったのはきっと芸に打ち込む妻の姿が励みになったからだ)
 今日は萌瑠の帰宅が早い日だ。夕飯は萌瑠の好物を並べて驚かせてやると、一刀は時間を確認し気合を入れた。

 ところ変わって、ここはある私立中学校。花鶏 鶸を生徒指導主事が叱りつけている。
 眼鏡をかけたジャージ姿の鶸は大人しい少女に見えるが、立派な教師。懸命に己の信念を伝えようとする。
「申し訳ありません。でも鶸は生徒を強く否定したくないのです。まずは喧嘩した子供達から事情を聞かなければ……」
「問題が起きてからでは駄目。喧嘩は下手をすれば一生ものの事故に繋がる可能性もあるって自覚してる?」
「は、はい……」
 確かに争いは少ない方が良いと、肩を落とす鶸。
 そこで校外の見回りに向かうと、喧嘩の原因になった生徒が高校生の不良集団に絡まれていた。
 不良達が笑いながら生徒を小突き、蹴る。何度も生徒が謝っているにも関わらず。
「大勢で一方的に乱暴なんて、恥を知りなさい!」
 お守り代わりの木の長巻を手に生徒の前に出る鶸。眼光は古流武芸の伝承者の頃のまま、静かに怒りをあらわす。
「事情はともかく、鶸はこの子の担任です。生徒を守るのは教師の使命ですっ!」
 その気迫に恐れをなしたのか不良達が舌打ちし背を向ける。生徒は鶸に縋りついた。
「先生……」
「ぼ、暴力はダメですよ。でも君には寛永と来世を守った来世人のように強く生きてほしいのです」
「寛永と来世?」
「かつて2つの時代を守るため命を懸けた人達がいたのですよ。誰かを守るために生き抜いた人たちが……」


 プチ同窓会当日、都内で『爆! SINGER』をメインにしたジョイントライブが行われていた。
 そこで控室に戻った土方 萌が呟く。
「あれから10年。セリザワさん、どうしてるかな。相変わらずバカやってるだろうけど」
 セリザワとは『爆! SINGER』の前身『FreshGUMI!!』のプロデューサーことカーモネギー・セリザワ。寛永での生を選んだ人だ。
「アイドルとしても来世人としても、あの人の無茶ぶりに振り回されたけど、振り返ると楽しい日々だった。私達を育ててくれたのは寛永だけど、あの人のことも忘れられないんだ」
 そんな萌に田中 カナタが微笑みかけた。
「僕らが大人路線に切り替えてもバラエティ番組の出演依頼が絶えないのは誰に鍛えられたせいかな? ま、今もお仕事があるのはありがたいし、ライブも定期開催できているけどね。それよりも萌ちゃん、真沙花さん。打ち上げに楡さんとこ行こうよ、同窓会だよ~」
 カナタは萌と藤枝 真沙花へ瑠璃に届いたものと同じプチ同窓会の招待状を見せた。
「ん。行くよ。あの頃の思い出をぶっちゃけられる機会はそうないし」
 萌に続き真沙花も頷いた。
「ああ、私も皆に見せたい物があるしな」

 余談だが、その頃。寛永ではとある女性が盛大にくしゃみをし「来世で誰かが噂でもしたかしら~☆」と呟いていた。

 時は来世に戻る。
 日本橋にある相葉 楡の店は来世人ギルドの長屋の一部を再現したものだ。
 飲食店のみならず、鬼神秀吉とその戦に纏わるものを収蔵した記念館や酒蔵等も併設されている。
「10年か、早いなぁ」
 共同経営者の常滑 蜜の呟きに、食器を磨く楡が反応した。
「おみっちゃん、今日はプチ同窓会だよ。準備準備」
「お、そんならこれ。秀吉討伐後に作った日本酒! 10年もんの古酒や。これ開けよか!」
 蜜が自作の古酒を持ち出し、二口の猪口に注ぐ。ふたりはまず色と香りを堪能。そして口に含むと華やかな風味が広がっていく。
「ウィスキーのような色合い、スパイシーな香りに反して果実味のある甘み。最高に美味い酒やなぁ!」
 極上の美酒の完成に大満足の蜜。楡はその味に深い感銘を覚える。
「ありがとう。これが今まで10年分の味……ここまで来れたのも君のお陰だよ。君の人生を振り回したけれど、末永く宜しくね」
 突然の真剣な声に蜜が苦笑する。
「なんやそれ。プロポーズかいな」
「そうだと言ったら? というか、10年前に答えたつもりだったんだけど」
 もとより酒で赤みがかった蜜の頬がますます赤く染まった。


 ゆみりが店に到着したのは夜の7時。扉を開けるとかつての仲間達が既に揃っていた。
「お久しぶり。すっかり大人になったわね」
 グレース・マガミが昔と変わらぬ優雅な笑顔を向ける。
 そこで突然クラッカーが鳴り響く。驚いた皆にミア・カイザーが「東京よ! 私は帰ってきた!!」と勇ましく宣言した。蜜の酒を堪能し上機嫌なのだ。
 一方、弟のミスト・カイザーは隣のアイナ・ルーラへ静かに頭を下げる。
「アイナさん、すまない。大江戸プロレスを早々に引退して。社長にも迷惑をかけた」
「なぁに、スジを通しての引退だ。問題ない。むしろあの時代にリングを盛り上げてくれて感謝してる。それに今の大江戸プロレスには若き逸材が揃っている。私とて選手と営業と後進育成で多忙を極め、今や社長の片腕。毎日が充実しているぞ」
 そう笑う彼女の左手の薬指には指輪が嵌っている。それはある人に伴侶と認められた愛の証。だがアイナはふと首を傾げた。
「そういえばミストは今は何を?」
 するとミアが小さく笑う。
「ミストと僕はNPO『GOD』の職員。冒険家時代に築いたコネを活かして活動中さ。秀吉を倒しても世界中に『角のない鬼』がいるからね。だから避難民の救援活動をしつつ、僕は奴らの悪事を暴いてる」
「俺は謎の忍者として、紛争に紛れる小悪党退治だ。荒事が多いが妻に理解があるのが救いだな」
 姉弟の報告に安堵するアイナ。
「そうか、それは大変だが重要な役目だな。ところで『GOD』というと、平和貢献の?」
 その問いにグレースが頷く。
「平和貢献のためのNPO『GOD』。私が創設したけれど、今は7歳になる息子の零(ゼロ)がいるからミネルバに委ねているの」
 そう言って、彼女は隣で突っ伏すミネルバ・マガミの背を撫でる。長時間移動後の彼女は疲れたのか酒を呑んで夢心地だ。
 そこで彼女の側近真神河 絶斗が楡から毛布を借り、主の肩に掛けた。だがミネルバは何とか体を起こし、近況を報告する。
「私は戦後、世界を巡り冒険をしていました。でもお義母様の要望で今は『GOD』の代表を務めておりますの。各国の支部を巡り主に紛争の仲裁を行っていますが、たまに『そんなに相手が憎いなら、頭同士でどつき合えや!』と啖呵をきることもありますわ。ええ、とてもやりがいのある仕事……」
 そう言って再び眠るミネルバ。彼女に再度毛布を掛け、絶斗は瞳を伏せた。彼女の成長を報告したい人がいる。しかしその人には二度と逢えない。
(グレン大佐、私は今、ミネルバ様の側近を務めております。お嬢様は今も勇敢そのもので、お仕えするのは大変有意義です)
 彼は来世にいる事を後悔していない。だがふとした時に寂しくなる。そんな時こそ、彼は友を信じることにした。
(本当は今もグレン大佐がいればと懐かしく思います。お元気でしょうか。もっとも貴方のことですから逞しく生きているでしょうね)と。

 宴が盛り上がる中、ミアはふいに愚痴をこぼした。
「やー、今回は本当に丁度良かったよ。最近は本当に忙しくて恋する暇も……」
 するとカミラ・ナンゴウが生真面目に語り始めた。
「ミア様、私は現在水戸藩藩主の子孫である研究者の押し掛けメイドです。そして今は既成事実も成立させました。旦那様は秀吉との戦に貢献した優秀な研究者ですが、それ以外が壊滅的ですからね」
「き、既成事実?」
「最初は渋られましたが、食で胃を掴んでからはチョロ……快く受け入れて頂きましたよ」
「ん、うん……」
 ミアはカミラの顔を見つめた。恋をすると強くなるのか、元々カミラが強いのか。

 その時、久保 零のスマホに着信が入った。
「ん? テレビ電話が来たヨ。でもこれ、最新バージョンで使い方よくわかんないんだよネ」
 困り顔の零に「俺で良ければ」と魔神 極奴が操作を教えると、画面の中で伊東 命が微笑んだ。
『あ、繋がりましたね。すみません、お伺いできなくて』
「ううん、キミが元気ってだけで十分サ」
 命は東京での人命救助活動終了後、国際レスキュー隊に入隊し、現在も最前線で人々を救い続けている。
『ありがとう、今は休憩中なので少しお話しできます。それにしても10年経ったのに、皆さん変わってないなぁ』
「そうなノ! オネーさんアラフォーだけど、カラダの瑞々しさやハリには今も自信あるんだからネ!」
 タレントとして活躍中の零が喜び、気前よく脱衣した。もちろん下には水着を着用していたが、その熟した色香とノリの良さは頭抜けている。
 一方、楡は極奴に声を掛けた。
「さっきはありがとう。ところで現代にすっかり慣れたようだね」
「ああ。今はマガミ家の資産管理を担当している分、アプリやウェブを扱う機会が多くてな。それと妻のグレースを狙う輩から彼女を守るのも俺の仕事だが『サムライマスター』の二つ名は何ともこそばゆい」

 そんな会話の裏で、真沙花は「命と電話が繋がっているうちに」と封書の中身をテーブルに広げた。それは分厚い近況報告書と大量の写真。
「皆、見てくれ。杏花とアステからの手紙だ」
 ふたりの笑顔が眩しい写真に記されたメッセージに皆がくすっと笑う。画面越しに命も。
 だが温かい雰囲気の中、なぜか不機嫌なのが真沙花だ。
「杏花といえば、私がマスコミに何かと『恋多き女』と言われるのが解せぬ。私は来るもの拒まぬだけなのに」
 かつての杏花曰く『藤枝家祖先の真沙花』は己に惚れた男と決闘し、最強の漢を選んだ女傑だったという。
 その伝説の祖先と同じ道を歩みかけているのだろうか?
 もっともここは現代日本。真沙花は刀を手に男選びなどしないだろうが。

 蜜は皆に酒と肴を振舞いながら「たまにはこんな日もええな」と笑った。

◆時は寛永
 蝦夷では鈴城 透哉が仲間と畑の手入れをしていた。
(10年前、来世から持ってきた芋で蝦夷の食糧事情を改善できると信じていた。けど当時は農業が全然わからなくて。でも諦めらんなくて)
 まず現地の住民から協力者を集めた彼は農業に詳しい空木 椋に指導を賜り、試行錯誤を繰り返しつつ畑を広げた。
 収穫祭の日に皆が満腹になるほど食べられるようになったのは近年の話だ。
「な、椋さん」
「はい?」
 先を行く椋が朗らかに振り返る。
「腹減って飢えりゃ心も飢えるよな。誰かを襲って幸せを壊して。折角の平和がぶち壊しだ。そんな日を来させねぇために、いつかみんなにじゃが芋を。それが俺の夢だ」
「ええ、僕も透哉さんのじゃが芋チャレンジを応援してます!」
 椋の笑みに透哉は救われた気がした。
 一方、椋が空を仰ぐ。大地は変わりゆくが、空は寛永も来世も変わらない。
(寛永で迎える13度目の春です。どこから手を付けるかわからず始めた事も友人と一緒にやるうちに少しずつ形になりました)
 椋は仲間達の溌溂とした顔を眺め、微笑む。
(僕は厚かましくなり、人の笑顔に癒しを求めるようになりました。人の笑顔ってどうしてあんなに輝いて見えるのでしょう? 勿論ギブ&テイクですから僕も笑って生きていくつもりです。おふたりは、笑っていますか? 時々思い返して身を案じるくらいしか僕には出来ませんが、おふたりの強さを信じて。お元気で!)
 どこまでも深い青空に彼は笑顔を向けた。両親にこの想いが届くようにと。

 その頃、グレン・ギーガーも蝦夷の地にあった。彼は今、アイヌの女性と結ばれ集落の守り人と狩人を務めている。
「はっ!」
 手裏剣で獣を狩るグレン。今日も妻と集落の仲間に滋養のつく食事をさせられそうだ。しかし彼の心に小さな棘がある。
(後の世に日の本とアイヌ間で大きな悲劇があることを来世で知った。この世界でも同じ事が起きる確率は否定できない。かつて松前藩とアイヌの関係が改善されたが、我々以降の世代の保証はないのだ。私達はまだ見ぬ未来への希望を育み、次代に託そう)
 己の命ある限り、できることをやるしかない。
 食糧の確保、民族同士の連携交流、集落の発展。やるべきことは多い。
 グレンは獲物を抱え、第二の故郷へ帰還する。大切な人を守るために。


「すまないね。孫が障子を破って」
 老婆が遠前 九郎に障子の貼り替えを依頼する。九郎は快活に笑った。
「俺は万屋。家事から害獣退治まで何でも仕事だ。修理も大切な仕事だよ」
「おお、ありがとうねえ」
 老婆は九郎に障子を任せ、裏の畑へ向かった。
 そこにヤタガラスに連れられた伍法 月天が降りてくる。
「ん、月天。依頼帰りか?」
「ああ。俺は寛永オタスケマンだからな!」
 よく見ると月天は擦り傷だらけ。悪戯好きの化身とやりあったのか。しかし心配する九郎に対し、月天はむしろ秀吉戦後の方が苦労したと語る。
「こんなの傷のうちに入んねえよ。秀吉との決戦後、一月お信に謝り通しの方がしんどかった。でも重大な戦を仲間に押し付けるなんざ、オレじゃねえし」
 愛する人と己の信念を語る月天は熱い。九郎が障子紙を貼りつつ話を聞く。
「今もこうしてギルドに出入りしているけど、オレは大和人だけでなく来世人や化身からの相談や問題解決にも全力でぶち当たってんだ。オタスケマンは区別しないのが信条なのさ」
「ああ、人間と化身、平等に接しなければ戦の火種になるもんな。だがお前もそんな性分だと色々あるだろ。もし困り事があったら俺の万屋に来てくれよ」
「ああ、今日は話を聞いてくれてサンキュ。今度は俺にもお前の話を聞かせてくれよ!」
 そう言って月天はヤタガラスに掴まり、飛び去る。いつまでも少年の如く快活な男だ。
 九郎は静かになった長屋で張替えを済ませた障子を軒下に立てかけると、来世の仲間達へこう呟いた。
「ま、今の俺はこんなもんだ。普段は雑用と近所の人達の話相手ばかりだけど元気でやってるよ」と。


「はい、あーん。ん、喉の腫れはひいたわね。後は咳止めだけね」
 ボースン・カイザーは診療を終えた患者に薬を渡した。今の彼は船医の経験を活かし、医師として働いている。
(来世の西洋医学で知らなかった事が寛永の医学知識から学べるのよね。それに俺様達の魔法や薬品知識も治療の役に立つ。そもそも江戸時代の平均寿命が短いのは飢饉や災害だけでなく、子供の死亡率の高さもあるの。子供達を助ければ……)
 記録を詳細に綴るボースンの顔は凛々しく、助手を務める妻のファウラ・クルシューエが頬を赤らめた。
「どうしたんだわさ?」
「お仕事中のぼっすんサンがとても素敵なので。……助手として私、駄目ですね。午前の診察が終わった事ですし子供達に読み書きを教えてきますっ」
 白衣のファウラが走り去る。彼女は既に子持ちだが今なお清楚で愛らしい。
 それどころか身寄りのない子を引き取り、分け隔てなく教育を施している。もっともこれは彼女が日本語に慣れ、ボースンとの生活で多くを学んだからこそだが。
「ああ、愛する妻子がいて、寛永のカイザー家は安泰だわさ」
 ボースンは幸せそうに呟き、障子を開けた。愛妻と子供達の賑やかな声に目を細めて。


 カーモネギーは自身が育成したアイドルのライブを終えると満足げに頷いた。
「ん、くのいちユニットも人気が出たわね。キレのある踊りが決め手かしら~☆」
 彼女はプロデュース業で次々と成功を収めている。次いでギルドの資金源として開発した地ビールも人気を博し、定番商品となった。その上、年下の来世人の青年と結婚し公私ともに満たされた生活を送っている。

 一方、三ツ橋 春椛は江戸の大通りで筵を広げると自作の工芸品を並べた。
 今日は江戸では珍しい地方の作品が多い。出来も良く、価格設定が強気なのに商品は即完売した。
「さぁ文福、次は何処へ行こか? そういや腹も減ったし、飯食うか♪」
 文福をひょいと抱き上げる春椛。そんな彼にもかつて葛藤があった。
(昔、来世に戻ろうと考えてた。でも文福の心を護れるのは寛永だけや。……ここに残ったことで文福が今も傍におる。そのおかげで毎日楽しい。俺に後悔はない)
 やがて料理茶屋の外で席を取ると花椛は文福に握り飯と芋を分け与えた。はふはふ息をかけて食べる姿は大変愛おしい。
「……ご馳走さん。さて、腹も膨れたことやし今日もこれからめいっぱい稼ぐ! 行くで文福! 銭が俺達を呼んどるで!」
 食事を終えた文福がてててっと走り出す。その後を花椛は笑いながら追っていった。


「はい、これで大丈夫。薬はちゃんと飲むのよ」
 寛永で医師となった成清 聖が患者に念を押し、昼の診察を終える。
 だがその時、机の下から奇妙な音が聞こえた。覗けば彼女の兄東雲 馨から預かった管狐の白瑛が鉗子を齧っている。
「こら、危ないわよ!」
 白瑛を引っ張り出す聖。だがその抱き心地に元の飼い主を思い出した。自分に真摯に向き合ってくれた人の顔を。
(あたしは素直になれなくて、ずっと彼に冷たい態度を取っていたけど。本当は嫌いじゃない。一緒に過ごしたのは小さい頃のほんの少しでも、ずっと優しかったし、こっちに残るって言った時も認めてくれた)
 あの日の彼は一人前の人間として自分を見てくれた。
「ありがとう、って言えば良かったな」
 聖は白瑛を膝に乗せた。今一度、あの人に逢えるならと想いながら。

 その頃、来世では。
 東雲家の縁側で馨が眠りから覚めた。
「うっかりうたた寝を……ですが、彼女の声が聞こえた気も」
 床の間には聖が所有していた絡巧が飾られている。馨はそこで機巧の頭を優しく撫でた。
(彼女を寛永に置いてきたのは心残りですが、あの意志は尊重すべきだった。それに私は兄と名乗れぬ身です、彼女が平穏であるよう祈るしかできません)
 その時、彼の着物の袖から白蛇が顔を出した。
「なぁ、紅緒。そうですよね?」
 紅緒に最早霊獣の力はない。ただじっと彼を見ると袖の奥に隠れてしまう。
 ああ。自分にしても彼女にしても、もっと素直に話して良かったのかもしれない。
(……でも、これでいいんです。聖は優しい子ですから。後は彼女の望むように)

 ――風は暖かく、春は間近。時を隔てた人々の切なさを癒すように。
 馨は暖かな日差しの中でもう一度目を瞑った。



 8
ツイートLINEで送る

参加者

c.べ、別に気になったりなんてしてないんだから!
成清聖(ka00061)
Lv278 ♀ 20歳 神傀 来世 麗人
c.セリザワさん、嘉永で相変わらずバカやってんだろうなー。
土方萌(ka00069)
Lv207 ♀ 18歳 武神 来世 異彩
a.よろしくお願いします。
北里瑠璃(ka00342)
Lv437 ♀ 20歳 武僧 来世 婆娑羅
c.寛永より。透哉さんの蝦夷でジャガ芋チャレンジを応援してます~
空木椋(ka00358)
Lv343 ♂ 20歳 傀僧 来世 大衆
b.蝦夷でじゃが芋量産の為頑張ってる! …空木さんに手伝ってもらってだけど
鈴城透哉(ka00401)
Lv221 ♂ 15歳 武僧 来世 傾奇
a.アステさんとのコンビで、世界中のヌシ釣りの冒険を続けているのです。
藤枝杏花(ka00565)
Lv230 ♀ 15歳 傀僧 来世 異彩
a.これは楡さんの店で、プチ同窓会だな。
ミスト・カイザー(ka00645)
Lv272 ♂ 24歳 武忍 来世 質素
a.いやー、皆、久しぶりー。ちょくちょく会ってるけどw
ミア・カイザー(ka00679)
Lv243 ♀ 24歳 陰忍 来世 異彩
a.夢に向かって進む。
後藤閃也(ka00825)
Lv186 ♂ 17歳 神陰 来世 異彩
a.私は今もこれからもプロレスラーなんだな、これが。
アイナ・ルーラ(ka00830)
Lv215 ♀ 24歳 武僧 来世 婆娑羅
a.秀吉戦後に建てた施設にいるよ、おみっちゃんが古酒を出してくれるって
相葉楡(ka01176)
Lv312 ♂ 27歳 武傀 来世 麗人
c.選んだ道を、とやかく言う資格なんて私には無いので…
東雲馨(ka01268)
Lv267 ♂ 38歳 陰傀 来世 異彩
b.オレは変わらねえ!学園オタスケマンが寛永オタスケマンになっただけだ!
伍法月天(ka01271)
Lv306 ♂ 17歳 武僧 来世 傾奇
a.現在も光国様のご子孫の専属メイドとして、公私のご奉仕をしております。
カミラ・ナンゴウ(ka01313)
Lv218 ♀ 23歳 忍僧 来世 大衆
a.では次のお題に参りましょう(画面に大喜利の司会をする姿が映っている)
茂呂亜亭萌瑠(ka01356)
Lv212 ♀ 23歳 神傀 来世 麗人
a.今はダンサーを引退して専業主夫だが、なかなか悪くないもんだ。
村正一刀(ka01389)
Lv247 ♂ 23歳 武神 来世 異彩
a.直接は行けませんが、私も元気でやっていますよ(零さんのスマホから)
伊東命(ka01412)
Lv225 ♀ 27歳 忍傀 来世 大衆
a.ライブの打ち上げで、楡さんのお店に集合です。
田中カナタ(ka01429)
Lv215 ♀ 18歳 武陰 来世 異彩
b.行くで文福!今日もバッチリ稼ぐでー!
三ツ橋春椛(ka01473)
Lv240 ♂ 18歳 忍僧 来世 大衆
a.アンカちゃんと世界を旅して、UMA=この世界の化身を探してます。
アステ・カイザー(ka01612)
Lv223 ♀ 16歳 神陰 来世 麗人
a.拙僧は今、秀吉鎮魂の寺の住職を務めておる。祀るのは闘戦勝仏だがの。
富栄弩院頼伝(ka01639)
Lv259 ♂ 36歳 僧流 来世 大衆
a.NPO『GOD』を立ち上げ活動している話を、ゆみりさんにしようかしら。
グレース・マガミ(ka01643)
Lv196 ♀ 28歳 神傀 来世 麗人
c.今はミネルバ様にお仕えしていますが、グレン大佐がいればと思い出します。
真神河絶斗(ka01644)
Lv202 ♂ 31歳 武陰 来世 大衆
b.江戸を離れ、蝦夷の地で暮らしている。アイヌの未来のために。
グレン・ギーガー(ka01653)
Lv272 ♂ 35歳 忍流 来世 異彩
b.万屋、江戸の街にて絶賛営業中ってな!
遠前九郎(ka01660)
Lv322 ♂ 19歳 武流 来世 傾奇
a.来世人三大噺家の一人と言えば私です。三人しかいなかったんですけどねw
希有亭波新(ka01670)
Lv253 ♀ 23歳 忍流 来世 麗人
b.夫のお手伝いをしつつ、子どもたちに読み書きを教えております。
ファウラ・クルシューエ(ka01807)
Lv246 ♀ 24歳 陰僧 来世 麗人
a.久々の日本なんで、楡様のお店でくつろぎ中ですわ~(グテー)
ミネルバ・マガミ(ka01851)
Lv238 ♀ 17歳 武流 来世 傾奇
a.今はグレースの夫であり片腕として、共に行動している。
魔神極奴(ka01868)
Lv231 ♂ 17歳 武水 大和 異彩
a.マスコミから「恋多き女」と言われる…私は来るもの拒まずなだけなのに。
藤枝真沙花(ka01870)
Lv231 ♀ 17歳 武火 大和 異彩
b.医者として子供の脂肪率、もとい死亡率を減らすべく頑張っているのね。
ボースン・カイザー(ka01874)
Lv305 ♂ 28歳 僧誓 来世 大衆
a.あっという間だけど、楽しい10年間でした♪
花鶏鶸(ka01883)
Lv304 ♀ 16歳 武火 大和 大衆
b.江戸の地ビール造りとアイドルの育成を変わらず進めてるわよ~☆
カーモネギー・セリザワ(ka01912)
Lv250 ♀ 30歳 武傀 来世 傾奇
a.たまたまお休みで良かったヨ。オネーさん、それなりに売れてるんだからネ?
久保零(ka01944)
Lv211 ♀ 25歳 神鬼 来世 婆娑羅
a.10年物の古酒、開けてみよか?
常滑蜜(ka01947)
Lv256 ♀ 22歳 武鬼 来世 婆娑羅