医王寺の和尚が告げた神託は未だ健在であり、該当の化身がやってきたかどうかに関しての結果は不明瞭なままだったからだ。
大勢の邪悪河童や一反赤褌、はたまたエロ切り――は確かに恐るべき化身だったと言えなくもないが、それらが神託が指す化身であったかどうかの保証は無い。
お祭りの結果、脅威を防げたというのならいいのだが、それにしては手応えが薄いといった声もあがっている。
本家の山王祭ももう終わってしまった。
海の山王祭は、まだ出店や小さなイベントなどは続いているものの、本家の終了に合わせ、何となくまったりなムードになってしまっている。
賑やかだった祭りの喧騒は随分と静まり、恐らくこちらの祭りもこのまま終息していくのだろう。
「お助けください、来世人さま!」
そんな来世人らの中、突然会場に飛び込んできたのは一人の娘だった。
娘の姿は異様で、濡れた着物からは水滴が滴り、傍らには大きな亀が一頭彼女に寄り添っている。
「私は、凪といいます。お平(ひら)さまと一緒にいた、人魚です。お願いします、助けてください、お平さまのお屋敷が、悪い人魚に襲われているのです……!」
焦ったように早口で告げる彼女は、矢継ぎ早に事情を説明していった。
お平と言う名に覚えのある数名の来世人らが前へ出る。祭りの最中、不思議な依頼を持ち掛けて来た夜鷹の美女の名だった。
凪は続ける。
品川の海の底には高貴な人魚お平と、他の人魚や大亀達の住む屋敷がある事。
最近、触手を持った危険で凶暴な人魚がこの屋敷を狙い、攻撃や危害を加えてくるようになった事。
危機を感じた屋敷の主、お平は、話に聞く来世人らに目を付けた。
仲間として助けになってくれる存在であるか、信用に足る者達であるか――ちょうど始まったお祭りに潜み、悪く言えば、来世人らの値踏みを行なっていたそうだ。
結果、強さと優しさを兼ね揃えた彼らはお平の御眼鏡に適ったようで、来世人の中から婿を迎えようかなんて話すら出ていたらしい。
そんな折、ついに動いた『悪い人魚』ら、――不気味さを携えた敵の頭の女、お艶(えん)とそのしもべらが大挙し、屋敷を襲撃してきたという。
敵勢の勢いは凄まじく、劣勢のまま屋敷へと籠城したお平は、命からがら逃がした凪に言付けた。
「来世人さまがたを頼りなさい、と……」
お願いします、お助けくださいと凪は再度頭を下げる。
話に出たお艶という人魚には覚えがあった。月見の夜に接触して来たあやしげな女――彼女が人魚の仲間である事は偵察により判明していたのだが、まさか人魚同士が争っているとは思わなかった。
どうするべきか、会場の来世人らが話し合いを始めたその時――浜辺に艶めいた声が響き始めた。
《いらっしゃあい、いとしい人、こっちへいらっしゃい……私の胸の中へ……》
頭に直接響くようなその囁きは、耳を塞ごうが防ぐことは出来なかった。
「あ、ああ……呼んでる……、呼んでる、……行かなきゃあ……」
『声』に反応したのは、大勢の男達であった。
祭りに訪れていた大和人の多くが、虚ろな目をしてふらふらと歩き出す。
行き先は、海――見れば波間にはあやしげな人魚の影が幾つもあった。男らに向け誘うように手を招くその姿は、何とも美しく、冷たい。
「あれは……お艶と同種の……。おい、止まれ。危険だ、すぐに避難するんだ!」
「ちょっと、上を見て!」
得体の知れぬ悪寒に来世人らが男衆を止めに声をかけるも、その足が止まる事はない。
上空からは、悪夢の再来――エロ切りさん達が少数ながらも押し寄せて来た。
男達の中にはなんとな強い意思で踏み止まる者、愛する者の制止で我に返る者もいるようであったが、多くの足は止まらず真っ直ぐに海に向かう。
「この声、何とかならねぇのか……!」
来世人の男女の頭にも、同じように声は響いていた。それは確かに甘く抗いがたい誘惑を孕んでいるものの、我を忘れて歩みよる来世人は一人もいない。
魔法の才能が何らかの抵抗力を生んでいるのか――理由は解らなかったが、とにかくこの場を納めなければならない。
力尽くで止めた者、呼び止められ我に返った者も、再度響き続ける声を聞くとすぐにまた海を目指して歩きだしてしまう。
心奪われた大和人全員を止めるには人数が足りな過ぎる。
「くそっ、……うっるせぇ!」
一人の男が来世人の手を離れ、海へと駆け出した――瞬間だった。
ドン、と苦し紛れに祭太鼓を叩いたのは、とある一人の来世人の苦肉の策。ただただ頭に響く声を掻き消したかったからだった。
異様な空気に響いた高らかな音は、やけに大きく聞こえた。
「ハッ? ……あ、……そうだ、祭りの最中だった」
それは光明とも思える一手だった。
誰の制止も聞かなかった男の足を止め、他にも数人が弾かれたように正気に返った。
「恐るべき化身の制御には、海での山王祭が良いと思われる……」
その反応に、数人の来世人が和尚の神託を思い出した。
ひょっとして、と浮かんだ疑問と共に、鰻を焼いていた来世人が持ち場にかけ戻り、焼きかけの鰻を団扇で仰ぎ、叫ぶ。
「美味しいウナギ! ウナギが焼きたてだよぉ!」
「ハッ? おっと、海になんか行ってる場合じゃない!」
予想通り、その声にも男の数人が立ち止まりきびすを返して来た。
どうやら祭りの磁場が男達を正気に返すようだ――法力的なものか、理由は定かではないが、そうと決まればやる事は決まった。
祭りを盛り上げ、『招く声』に負けぬ『呼ぶ声』を生み出し、男達を助けなければならない。
「まだまだ祭りは終わらねぇぜ、そぉれ!」
◆海中にて、邂逅す。
地上の喧騒から遙か遠く――、海の底、お平の屋敷の前には、妖艶と微笑むお艶の姿。
「……やっと正面門が開いたわね。どうせ鮫どもが包囲してる、逃げられないわ。この立派なお屋敷は、私たち海神人魚の繁栄のために頂くわよ。ここなら賑やかな浜も近い、人間の男も食べ放題ね……あとはあの、油断ならない来世人が口を挟まなければいいのだけれど。……もし私達に味方してくれるなら、――ええ、婿に迎えてもいいかもね……」
法力の影響か、やや巨大化し、他の海神人魚とは違った鱗を生やしたお艶は、手下の人魚に屋敷内の人魚を皆殺しにして回るよう指示を出し、自らも精鋭の供を連れ屋敷の奥――主、お平のもとへ向かうのだった。
化身
泳ぐ影・泳ぐ影・泳ぐ影
選択肢
a.屋敷の包囲の討伐 | b.人魚の保護 |
c.お艶の討伐 | d.祭り・聴覚系 |
e.祭り・嗅覚系 | f.水際の対処 |
g.セクシーは俺だ | z.その他・未選択 |
マスターより
本シナリオは、世界の歴史を動かす可能性を秘めた企画『RealTimeEvent【SenkitaHistory06】海に燦々、陽と災難』のグランドシナリオになります。
詳しくは、シナリオページの『シナリオって何?』の『グランド』の項をご参照ください。
なお得られる化身知識は主要3種のみですのでご了承ください。
◆こんにちは、きれいな灯弥です。
今年の祭りのフィナーレは触 手 人 魚 との対決です。
いいな、わかってるな、触手やぞ、わかってるな。
色んな意味で激闘になるかと思いますが皆の本気をオラに見せてくれ。
過去最大の熱い一夜に致しましょう。
◆選択肢
a.屋敷の包囲の討伐:屋敷は大量の一角鮫が包囲している為、そちらの処理に当たります。
b.人魚の保護:屋敷内を捜索し、海神人魚に襲われている人魚の保護にあたる。屋敷をうろついている敵を効率よく探し、人魚を保護して下さい。また海神人魚の討伐もこの選択に含まれます。保護する側の人魚も人間を警戒している為、工夫が必要。
c.お艶の討伐:お平の元に向かったお艶の討伐に向かいます。
d.祭・聴覚系:祭ばやしや歌、演奏、相撲、見世物、楽しい遊びなどで、男どもを呼び戻します。
e.祭・嗅覚系:とっておきのかき氷や鰻や屋台料理を作って呼び込み、食の力で男どもを呼び戻します。
f.水際の対処:呼び戻しに失敗し水際に向かっていった男達の対処をします。水際の人魚、加えてエロ切り野郎様の対処もお願いします。
g.セクシーは俺だ:要はあのセクシーな感じの声が男達を誘惑してる訳ですよね?ならば俺が私がそれを上回るセクシーを見せつければ……?さあ水着を持て!男女問わず、お歳を召されたおじさまも是非じゃんじゃんお越し下さい!
◆補足説明
先の活躍のおかげで、倒すべき化身の数はそれほど多くなく、記載外の鬼が邪魔しにくることもありません。
しかしお艶は、なんらかの法力的影響を受け相当な強敵です。
海中屋敷へ向かう人は全員、凪から竜宮の指輪(装備者は【水中6】を得る)を借りることが出来、水中で行動や魔法の使用が可能になります。
しかし水の抵抗がなくなるわけではない為、一般的な飛び道具はほとんど役に立たず、振り回すような武器も大幅に制約がかかります。
また、機巧も水中能力がなければ扱いが困難で、随伴動物等には指輪はつけられないので注意して下さい。
それでは皆様のプレイングお待ちしております!