●憂う故に
テオ・マリピエーロ(
sk8101)は、その事実を彼らに伝えた。
「有事の際は、転移装置の使用も許可いただけるとのことではございましたが───」
テオはルークス市国に留まり、有事の際は一般人も転移装置を使用させ、アメリカから離脱させるべきと聖戦機関に働きかけた。
回答は、有事であれば使用を許可するとのこと。
が、聖戦機関はテオにその可能性を添えていた。
核が発射されるならば、それは国内ではないだろう。
最も有力な標的は、国外───具体的に言えば、中国。
場合によっては、国外へ離脱する方が危険であるかもしれない。
同時に、転移装置の使用優先順位を巡った人同士の争いもありうるということ。
それ故に、最終手段であるとのことだった。
「ですが、可能性ならば国民全員が人質ということもありえなくはありません」
そう言ったサラディン・マイムーン(
sj1666)は、ガディン・ベルリアン(
sk6269)を見る。
パラディン正装を身に纏う彼らは頷き合い、そしてユビキタス・トリニティス(
sa1273)を見た。
「参りましょう。最悪の事態は常に想定して然るべきです」
彼らが向かう先は、戦いの場ではない。
けれど、戦いの場である。
●齎される悪意
「もう、緊急事態でございましょう!」
フリージア 李(
so6182)は、苛立ちを募らせていた。
彼女は、ワシントン記念塔に『生命の樹』が具現した、つまり封印が目覚めたことより、マリア・アンジェリーニ(sz0003)と共に向かうSINNのひとりだ。
どの勢力に所属していたとしても封印を狙うだろう、という点より、単純な戦いにはならないかもしれない───そうした懸念もある中、フリージアはマギアを付与した車での突撃策を打ち出した。
「でも、ワシントン記念塔があるのってナショナル・モール‥‥国立公園内だもの。流石に難しいと思うわ」
有栖川 彼方(
sp2815)に護衛されるマリアは、フリージアに困ったように笑う。
やがて、ワシントン記念塔が、『黒い霧』の向こうに見えてくると、既に対峙している軍勢同士があった。
「三つ巴の戦いになりそうだな。サンクトゥアリィでの隔離は難しそうだ」
鷹羽 叶望(
sd3665)は、状況を把握し呟く。
ディアボルレジスティを特殊能力への耐性が低めのSINNへ付与すると共に烏ツ木 保介(
sd0147)とヴェルンハルト・ラヴィーネ(
sp3868)が協力し、エクレシアの効果をより多くのSINNへ付与する。
SINN達も効果時間が長い魔法を成就させ、戦いの準備を行いつつ、急行した。
「今日、皆で集まるのにお手紙なかったよね」
「私達だけ、貰ってなかったのかな‥‥」
栄相 セイワ(
sa0577)と栄相 サイワ(
sa0543)は顔を見合わせていたが、戦いの時は近づいており、待ってはくれない。
「‥‥面倒な敵がいますね」
保介が吐き捨てる。
どの軍勢同士かは分かりかねるが、馬に跨り毅然とした姿を見せているその姿には見覚えがあった。
上級魔神、サブナックである。
この魔神の悪魔魔法は、一定空間に魔法成就の妨害を及ぼす結界を張るものだ。
また、他に知るものでは、上級魔神エキドナがおり、特殊能力も悪魔魔法も侮れるものではない。
詳細な能力は思い出せないが、上級魔神クロケル、そして───
「ウァラク‥‥?」
保介がモンスター知識を通達していく中、彼に遭遇経験がない魔神の名を漏らしたのは、サラ・オブライエン(
so7648)。
残念ながら、彼女もウァラクの能力の詳細を思い出せず、クロケルと共に何の能力かを警戒しなければならない。
「ですが、魔法成就を妨害する結界があるなら尚のこと、自分は後方からの狙撃支援に努めるべきと判断します」
「同意だ。確実な狙撃こそ戦線構築に必要な要素と考える」
ブリギッタ・ブライトナー(
si7746)に頷いたのは、テムジン・バートル(
sa5945)。
結界の範囲は分からないが、恐らく自分達の射程範囲外の可能性が高い。
また、仮に射程範囲内であったとしても、火力支援は影響がそこまで出ない。
2人の狙撃手の一致した見解に鷹羽 歩夢(
sj1664)も頷く。
「場合によってはリフレクトフォースも混ぜれば‥‥いける」
魔法成就が不安定だからこそ、自分の役目は大きい。
2人の狙撃手は既に攻撃目標について軽く打ち合わせており、彼らの意識の高さを物語る。
火力を集中させ、速やかに戦力が削っていくことが重要だろう。
SINN達は狙撃手達が狙われないよう護衛もつけて先に進む。
「オマエ達、殺されるぜ? なァ、狙ってるのはあっちだぜ?」
サラがウァラクと特定した魔神が狂気じみた声を上げる。
ウァラクは本来、友好的な対応をする魔神では、と己の知識の剥離にサラが眉を顰める。
けれど、ウァラクに声をかけられていた軍勢、レッサーヴァンパイアとクドラクの軍勢の内、何人かが彼に煽られるようにしてその悪意をSINNへと向けてきた。
SINN達は知らなかったが、ウァラクの悪魔魔法は悪意を発露させるもの。
元より、SINN達に敵対意識を持つ彼らは、目の前の軍勢よりもSINNへの悪意を優先してしまったのである。
「同じ軍勢、なの?」
ティファニー・エヴァーツ(
sa1133)が、困惑の声を上げる。
「貴様らに答える筋合いはあるまい。夜の住人が我らと共闘していようがいまいが‥‥戦うことに何が変わろうか」
「『城』‥‥殺していいんだよなァ?」
その会話で、何人かのSINN達は察した。
彼らは、『陽炎の軍勢』───紅グループの手の者。
『城』とされるサブナックは、『漆黒の城』と呼ばれていた個体だろう。
「相手が誰であろうと、潰す。それだけじゃねーか、全部潰して封印確保する。それだけだろ」
「俺達は誰であろうと、負ける訳にはいかない」
狼牙 隼人(
sa8584)がそう言えば、神代 翼(
sb3007)は頷き、敢えて後方へ下がった。
早期に火力を集中させる必要があるならば、フルメンの射程を生かし、確実に撃てる距離を保った方がいい。
サブナックの悪魔魔法は恐らく成就されていると考えるなら、尚更。
「ディアボルスの皆様に関しましては、可能な限り皆様のお力添えをしたいですわ」
アンネリーゼ・ブライトナー(
so1524)が、敢えて前に出る。
クオヴァディスの使い手である彼女が真名を看破すれば、強力な支援となるだろう。
けれど、アンネリーゼ自身は防御力があるとは言えず、前線に出すのに不安が残る。
それをフォローするようにマイア・イェルワジ(
sj7576)が前に出た。
「マイアがお守りするのです」
一度射程外に出て成就させたゲミニーで分身もあるマイア。
防御力に関しては、この場にいるSINNに敵う者はいない。
敢えて、アンネリーゼにひとり割り振ることで、真名看破の時間を稼ぎ、『陽炎の軍勢』勢力を早期排除をと考えたのだ。
「マリア様、ここは皆に任せて先に参りましょう。私が御身を命に代えてもお守りします」
彼方が具申という形でマリアに申し出る。
命は平等であれ、役割の重さは人によって異なる。
そうした意図の発言だったが、マリアは首を横に振った。
「私を思うなら、あなたはあなたも大事にして。私は、皆と戦い、皆と生きて帰りたい」
「‥‥そうだね。あたし達は、皆だから意味があるね」
困惑する様子の彼方に対し、神楽坂 凛(
sp3316)はマリアの言葉をありのまま受け入れた。
サブナックは指示を出し、『陽炎の軍勢』もまたレッサーヴァンパイアとクドラクの、結果としてのバックアップを受ける形で戦闘を仕掛けてくる。
この戦い───負ける訳にはいかない!!
●正攻法VS正攻法
「‥‥任せておけ」
ジュラルディン・ブルフォード(
sn9010)がマシンダイブを成就し、行政府ビルに設置されている監視カメラからディプレンド以外の情報入手に乗り出す。
「どうして、どうして悪魔なんかと───」
「副大統領、だからだよ」
アメリア・ロックハート(
sh1732)が胸の前でぎゅっと拳を作る。
その疑問に答えを返したのは、リュカ・フィオレンツィ(
sk3006)。
「副大統領として大統領の暴走を止めたいだろうし、あちらも自衛を望むなら、両者の利害は一致しているからね」
「でも、悪魔と手を組むなんて、そんなのやっぱり、おかしいです‥‥」
「彼らのやり方もあるでしょう」
困惑するアメリアに告げるのは、玖月 水織(
sh0007)。
「彼らは人間社会に生きている。社会的地位も持っており、中国中枢に手を伸ばし、掌握しているなら、中国政府の後ろ盾もある。そうした彼らが、正式な手続きを経て副大統領に面会を求めた場合、副大統領に断る術がないかと」
強引な方法であれば話は違うだろうが、自分達は情報を入手し来ることが出来た。
つまり、ジョンは非合法な手段ではなく、正式な手続きを取った為に中国政府の後ろ盾もある彼らに対して強硬な拒否姿勢が取れなかったのだ。
親中国派でもあるジョンは、大統領の核発射強行への対応という名目の会談に応じなければならなかった───異端の可能性も排除しきれないが、それこそが、『彼ら』のやり方。
そう説明した水織は、彼らの牽制には彼らの社会的地位を利用したものが有効であると説いた。
「彼らへの牽制は君に任せるとして、僕はウォルンで副大統領を説得するよ。勿論、魅了や言霊を使用されている可能性も考慮した方がいいとは思うけど」
「私が洗礼者の衣の力を使っておくわ」
ウィリディシア・クレール(
sj3049)が口を開いた。
動かざるを得なかっただろう『彼ら』がこの状況を利用し何かをなすという思惑はあるだろう。
それが何であろうと叩き潰すつもりのウィリディシアは、ローレムが付与されたCROSSを握り締める。
「副大統領はローレムの結界に確保した方がいいでしょう。その方が安全だわ」
「サンクトゥアリィの隔離は行うつもりですが、効果時間内に全てが終了する保証はございませんから‥‥」
アルカ・カナン(
sf2426)がウィリディシアの言葉に頷く。
やがて、彼らはその人数に応じた会議室にいると判明する。
「他に何か異常とかあった?」
ミリーナ・フェリーニ(
sa0081)が、駆け出そうとするSINNを制止、ジュラルディンに確認する。
敵がいるならば、その行く先々に異端はいないか、また、目視出来る範囲でも罠の類はないかと確認したのである。
「ないな。本当に正面切った正攻法であるようだ」
「僕らも正攻法で行くしかないってことか」
ジュラルディンにミリーナが答える。
SINN達が会議室のドアを開け───
「副大統領、お迎えに上がりました」
リュカが笑顔をジョンに向けた。
室内にいる紅グループの一団は敢えて無視している。
「‥‥あなたが、そうなの」
控えているケヴィン・エルフィスを一際鋭く睨んだウィリディシアはその目を紅グループ総帥紅 玄暁(ホン シュエンシャオ)へ向ける。
隠すこともない敵意の冷たさに彼は楽しそうに瞳を細めただけだ。
「『黒い霧』で事態は切迫しております。お身体も心配ですから、診察させていただきたく」
水織が玄暁を牽制するように言葉を発する。
「中国が核攻撃されないよう我々が全力を尽くしています。案ずることはありません。今は、ご自身を大切にされてください」
本性を見せてないからこそ、リュカは彼らを『悪魔』と断じるのを避けた。
「まずは、診察‥‥脈を取られた方がいいでしょう」
「手が震えてます。どうぞ」
「ありがとう───」
リュカのウォルンの誘導に応じたジョンが彼らから離れる。
進み出たウィリディシアがジョンに触れ、祈りを捧げた瞬間。
突如、紅蓮の翼が広がった。
それを合図に擬態していた魔神が本性を現し、半魔達も応戦体制を取る。
ウィリディシアがローレムを付与したCROSSをジョンに持たせ、謝罪してから脇に突き飛ばす。
その最中に副大統領の姿が消えた。
魔結界───察したSINNの向こうで、紅蓮の翼の持ち主、玄暁ことベリアルは笑っていた。
●その激しさは───
アルカは魔結界内であることを承知で前へ進み出、サンクトゥアリィを成就した。
敵の陣形状況により分断は出来ず、より長い時間魔結界の影響を受けるだろうが、ジョン以外一般人も取り込まれているだろうことを考慮し、サンクトゥアリィを成就したのだ。
彼を守るように前へ立つのは、ダニエル・ダントン(
sa2712)。
そのダントンをベリアルが見る。
「‥‥おや、影響がない。抗う術を心得ていると見えるね。対策を取っていることについては、賞賛しよう」
「お褒めに与り光栄です、ムッシュ」
ベリアルの一言でベリアルが魅了の力を行使したことに気づくダントン。
けれど、ビル内部に入った時より昇意カルマを効果時間上昇で成就するダントンは、魔結界がどのようなものであれ、無効化する。灰色の聖典も所持しており、精神に累を及ぼす特殊能力については回数限定であっても絶対の防御を持っていた。
「少し君の力を借りたいね」
「御意」
ベリアルの声と同時にクロケルが翼を広げ、SINN達に向かってきた。
呼応するように半魔達が下がり、結果、クロケルが突出する形を取る。
「どういうつもりか知らねぇが───」
「遠慮は要らねぇな?」
ジョニー・ジョーンズ(
sa2517)が迎撃するように前に出、カミーユ・ランベール(
sf0920)が援護すべく拳銃で狙いを定める。
クロケルの微笑が深められた瞬間。
大津波の幻影が、SINN達を襲った。
精神力で抗えなかったSINN達が一瞬、時を停めたのを見計らい、ケヴィンの姿を取っていたサマエルが突出してくる。
それを援護するように半魔達も───
「皆、火力を集中させて、確実に倒していくんだよ!」
皆本 愛子(
sb0512)がその精神の立て直しを図り、指示を出す。
「気をつけろ、毒を持っている!」
サマエルの攻撃を食らったジョニーはすぐに気づいた。
レディンテグロの恩恵により、自分はその毒に対する対抗策がある、しかし、それらを有していないSINNにとって脅威だ。
「力を、殺ぐものかもしれねぇっす」
村正 刀(
sf6896)が攻撃を食らったウルセーヌ・モローアッチ(
sp5281)の毒をサナティで除去しながら呟く。
「尚のこと、サナティが重要な意味を持ちますな」
「抗う力が落ちているのかもしれマセンネ」
ジェーン・ミフネ(
sk6098)が魔結界、そして大津波の幻影の悪影響に気づく。
サマエルを援護するようにクロケルがロングロッドを振るう。
そのロングロッドに凍結効果を付与する力があるのか、食らったSINNの動きが緩慢なものとなった。
「黒い霧を起こしたのは、てめぇらの仕業か!?」
それでも戦う意思を手放さないビート・バイン(
sf5101)が声を荒げる。
クリストファーことブエルを倒すつもりで彼は、刀とジェーンと共にこの場に来ていた。
しかし、副大統領がそこにいると判明している以上、緊張のバランスに影響する恐れがあるとして、会議室に入ったと同時にデビルスレイヤー的な名乗りは反対された為、出来なかったのだ。
(機を見なければ、危険だわ)
九門 桔梗(
sn6431)が心の中で呟く。
陣形入り乱れた状態でのイグニスは、味方にも被害が大きいだろう。
その瞬間、会議室のガラスが叩き割れた。
「おや、無粋な人がいるね」
「ホントダヨネ」
そんな会話を交わすベリアルとサマエルの視線の先に、エテルナ・クロウカシス(
sp1494)がいた。
アルカがエテルナの介入を考慮し時間より範囲を優先させ、尚且つ成就した位置も考慮してくれた為に何とか取り込まれていた彼女、実はビル外部から奇襲し、フルメンで悪魔を怯ませている隙にジョンが持つブリーフケースの奪取を考えていた。
が、『黒い霧』の視界の悪さと内部の割り出しが1部屋ずつの確認であった為、時間が掛かったのだ。
「間に合ったようですね」
エテルナが会議室に窓から侵入したと同時にラピア・ヴァージニス(
sp4717)が温存していた、最後のベネディクタを成就、エテルナに祝福を与える。
「お願いします、今が好機です!」
ラピアの声と同時にエテルナとカミーユのグレイスが成就され、魔神だけを狙い撃つ。
カミーユとエテルナの対応に魔神達も乗り出すが、愛子とジュラルディンのパペットが手分けして彼らの妨害に入った。
結果、愛子のパペットは蹴散らされるもグレイスは正確に彼らへダメージを与える。
彼らの生命力は不明だが、消耗はしているだろう。
アルカがそう思いながらも効果上昇のサナティを成就し、傷つくSINNを癒す。
傷が癒えたSINN達は回復薬も惜しみなく振舞ってくれる彼に礼を言う形で再び戦いに身を投じようとした、その時だ。
クリストファー・ノグチを名乗っていたブエルが、ポイントショットMAをアルカに放った。
ディフェンシオを成就しているダントンはサマエルに足止めを食らっている!
けれど、アルカは無事だった。
所持していた祝福の金貨が砕け散り、身代わりとなったのだ。
アルカは、この瞬間に祝福の金貨が身代わりとなった、その奇跡に感謝を捧げる。
「中々上手くいかないものだね」
くすり、とベリアルが笑い、後退。
同時に半魔が前に出てくる。
魅了の力を得た半魔なのではと気づいたダントンと愛子は、灰色の聖典を持つ自らがと率先してその役目を負い、聖典が壊れるまで身代わりとなった。
攻撃もまた、苛烈だ。
凍結効果が作用していることもあり、本来の動きも実は難しい状態のSINNも少なくはなく、装備する防具の破損も目立ち始める。
愛子がジョニーの回復薬を得て傷を回復しながら指揮を続け、負傷が無視出来ないSINNに対し、アルカまで後退する指示を出す。
アルカが回復の殆どを掌握している状態だ。
戦線維持の為に敢えて前線から下がらないカミーユと刀がアルカの負担軽減でサナティをSINNに成就し、解毒や負傷軽減をしているが、やはり極められたサナティが範囲に及ぼす力は絶大だ。
「今は、この状況を乗り切らないと‥‥」
回復薬を積極的に使うアルカは、この状況では堕天使シェミハザの環の力はサナティのメモリー回復に充てざるを得ないと判断している。
既に自身のサンクトゥアリィは終了間近であった為、刀がサンクトゥアリィを張り直してくれているが、そこまで長くはない。
アルカの言葉を受けたSINNは、尚のことサンクトゥアリィ内での決着を望むが、半魔の数も多く、ままならない。
けれど、負けられない───
と、リュカが自分達を面白そうに見ているベリアルを見る。
「その笑み、気に入らないんだけど」
どうすれば、その笑みを叩き潰せるだろうね。
しかし、その鋭き意思に反し、サンクトゥアリィの効果は全て終了。
魔結界はまだ終わらず、SINN達は半魔の数を減らしながらも魔神はまだ倒せないでいた。
特にブエルへはエテルナのフルメン以後、有効なダメージを与えられていない。
やがて───
「そろそろかな」
その笑みを受け止めるベリアルが呟いた。
瞬間的に、ウィリディシアと水織は気づく。
「いけない!」
「魔結界が───」
その言葉が終わる直前、再び前進してきたクロケルが、大津波の幻影を見せる。
それに気を取られたSINN達は、現実へと戻された。
●その道を開け
「腕に覚えがあるクレスニクは、先に行け! この場は俺達に任せろ、これがな!」
ハーケン・カイザー(
sc1052)が張り上げた声と共にエンリコ・アルベルティ(sz0002)を連れたSINN達がホワイトハウスの奥へと進む。
ホワイトハウスへ難なく入れたかと思いきや、SINN達は、そのエントランスで待ち構えていたレッサーヴァンパイアとクドラクに襲い掛かられたのだ。
しかし、とハーケンは、冷静に結論を導き出していた。
今はのんびりと対応している事態ではなく、オリジンとの戦いが予想されるならクレスニクの力は温存されるべき。
レッサーヴァンパイアとクドラクがここにいる全てとは思ってないが、多数投入の可能性は高い。
ならば、ここで自分達が彼らを相手にすることこそ勝利に繋がると考え、ハーケンは仲間に託したのだ。
「クドラク‥‥解呪し、捕縛出来る者がいればいいが」
ハーケンと共に残ることを選んだひとり、アシェン・カイザー(
sd3874)。
他のエクソシスト達と共に多めにメモリーしていたベネディクタで皆を支援して戦いに臨んだ彼女は真剣。
マーナガルムを成就しているSINNも多く、かつ、事前に見取り図も入手出来た為、大統領や夫人を当ての推量で探す必要がなくなったが、クドラクもいるならば、解呪し可能ならば捕縛した方がいい。
「吸血鬼勢力がどのような形で悪魔と繋がっているかの情報源になる。この戦い以後も関係することだ」
その意味を説明し、見据えるアシェンの先では戦いがもう始まっている。
「アシェンの姐さんが解呪するにしても状況は整えるべきだろ」
「そうね。少し踊ってもらいましょう」
房陰 朧(
sc2497)の言葉に頷くのは、赤城 圭(
sg9025)。
決め手と言うより支援を目的としたパペットと銃撃は、レッサーヴァンパイアとクドラクの機先を制するには十分である。
「足元、お留守ね?」
くすり、と笑ったのは、 ノーラ・ローゼンハイン(
so6720)。
敵陣まで進ませた預言者パペット達を味方を巻き込まない形でパペットボム、その体勢を崩す。
「ハーケン殿、私と結氷殿で動きを鈍らせる! 後は頼む!」
そう言い、駆け出したのは、御剣 キョウ(
sp0401)。
ベネディクタだけでなく、ポステリタの恩恵もあり効果上昇のグラキスを成就させた彼は、銀のナックルを携え、凍結の行動不能を目的としたマルチアタックEXを次々に繰り出す。
再生で受けたダメージは回復出来ても凍結効果の付与を解除する能力は有しておらず、見事その影響を受けたレッサーヴァンパイアが行動不能に陥る。
ダメージ以上の脅威を感じたクドラクがレッサーヴァンパイアを守るようにキョウへと殺到するが、それは叶わない。
コロランテスを成就していた雫石 結氷(
sp9763)が見えぬ姿でその翼を広げ、飛行していたのだ。
「皆が信じて任せてくれましたから、僕達は負けません」
その言葉の終了と同時に吹雪が荒れ狂い、結氷が姿を現す。
効果上昇でネブラを成就させていた彼は、強烈な吹雪と共に凍結効果を広範囲に及ぼす。
息を吐き終え、後退した結氷が向かったのは、ラティーファ・アミン(
sq2900)の元。
「あてなりに出来ること精一杯務めさせてもらいますわぁ」
そう言う彼女が口に上らせるのはニュートラリィの呪文。
結氷は、息を全て吐き終わってもネブラの効果時間は続くことを知っている。
効果的に使うには、ラティーファにニュートラリィでネブラを解呪してもらい、再度成就、それを繰り返すことだと考えたのだ。
「アシェン、解呪は任せるぞ。特に凍結効果が重なっている相手を狙うんだな、これがな!」
凍結効果の付与で混乱する彼らに向かい、ハーケンが再生不能の力を持つ魔剣を振りかざす。
過重状態とも言える彼が本来の動きをしているとは言い難いが、キョウや結氷が凍結効果を広範囲に効率よく付与したからこそそのデメリットをあまり受けることなく、レッサーヴァンパイアへ振り下ろせた。
「任される」
アシェンがリムーベマレディクタでクドラクの解呪を行うと、ハーケンのダンボール王パペット『アルパトピア』がスタンアタックで沈め、SINN達によって捕縛される。
「ヴァンパイアが、こちらへ近づいてきます」
マーナガルムを成就していた結氷が警戒の声を発する。
奥から、ひとりの女性が歩いてくる。
「お客様も多くお通ししたばかりか、滅ぼされるのを待つその身、美しくないですわね」
溜息のその声で、SINN達は理解する。
恐らく、目の前にいるのは、オリジン。
「伯爵の身なれど、あなた方に後れは取りませんわ」
ヴァンパイアカウントは、凍るような微笑をSINN達へと向けた。
●急がば回れ
ミラベル・ロロット(
si6100)のガンシップパペットが、より濃い『黒い霧』内部へと入っていく。
「今は、時間が惜しいからこそこうした時間をかけなければならないわ。闇雲に捜索しても手遅れを増やしてしまうかもしれない」
すぐにでも向かいたいと思うSINN達を制したミラベルは、『急がば回れ』とこういう状況だからこそ効率を高める為、事前の捜索活動が必要だと訴えた。
そのミラベルは、効果上昇のスカイパペットを施したガンシップパペットを用い、より速く広い範囲の捜索を提案したのだ。
ガンシップパペットと五感共有しているミラベルが触れているのは、柴神 壱子(
sa5546)。
「あ、このエリアにもヴァリアントヒューマン、かな‥‥、暴れてる人がいるね。場所は───」
ミラベルが身に着けるパープルリングの力を借り、ガンシップパペットの視界を得ることで捜索している範囲より地図でヴァリアントヒューマンとなってしまった人や救助を待つ人々の情報を書き込んでいるのだ。
これは、ミラベルが短時間で濃い『黒い霧』の内部を捜索出来るようガンシップパペットを派遣しているからこそ、壱子の救助活動に携わるSINN全体への位置情報告知が速やかに行えるのだ。
同時に壱子が地図を用いた位置情報を全員に伝え、ミラベルと共に割り振るということがなければ、視界悪く、また土地勘もない場所で彼らを捜索することから始めねばならず、手遅れが逆に増えてしまうことだろう。
その意味において、ミラベルの短時間で確実な捜索、壱子がその情報を確かな形にしたこと、同時に2人による各エリアへの割り振りは、時間短縮の観点より大きな貢献である。
驚くべき短時間でミラベルが調べ上げ、壱子が形にすると、割り振られたエリアへ皆、向かう。
「どうしても暴れるなら、無力化もと思ったけれど───」
「‥‥ま、まずは、あたし、声‥‥かけて、いいかな‥‥」
厳島 雪花(
sp0998)に対し、三輪山 珠里(
sb3536)が控えめに申し出る。
万が一を考え、単独行動は危険とされる状況、この為、珠里は雪花と行動することになるが、場合によってはショットガンで催涙弾を撃ち、怯んでいる隙に両肩を脱臼させての無力化を考える雪花に対し、珠里は最後の手段としてほしいと願い出た。
「もちろん‥‥危ない、時は‥‥し、仕方ない、けど‥‥でも‥‥」
ヴァリアントヒューマンとなっている人間は、キニスを帯びており、通常の状態ではない。
けれど、戻れる可能性を持っていることを珠里は知っている。
攻撃を積極的に加えれば、その分彼らが戻れなくなる可能性が高まるのではないか。
無力化させても、彼らの心の闇が晴れる訳ではなく、根本的な解決ではないからこそ、珠里は対話を重視したいのだ。
「分かったわ。でも、あなたが危ない時は、ごめんなさいね」
雪花は珠里の意向を汲みつつも、そう言った。
フェリシア・エドフェルト(
sp7734)と スティナ・エーケンダール(
sp7978)は、割り振られたエリアへと急ぐと、彼女達は動けないでいる一般人を見つけた。
「シア、そちらの人、お願い」
気持ちだけでもと思い、スティナはハンカチで口元を押さえるよう一般人に指示し、肩を貸す。
「ティーナ。こっちは任せてくれ」
頷くフェリシアも助け起こした一般人に肩を貸した、その時だ。
ヴァリアントヒューマンがこちらへ歩いてくるのが見えた。
「ここは僕達が食い止める。早く行け」
「無力化さえすれば、説得するSINNに任せられるからな」
同じエリアを担当するローウェル 一三(
so2674) と相模 仁(
sp6375)が運良くヴァリアントヒューマンの平静ではない声を聞きつけてやってきた。
礼を言う2人は、避難場所へ急ぐ。
クリシュナ・アシュレイ(
sa0267)とリュドミラ・マシェフスキー(
sd4001)は、ミラベルのパペットと共により多くの救助を必要としているエリアへと向かった。
パラディン正装を着用することでクリシュナは人々の精神の安寧を図る意味もある。
これは、アメリカという国ではルークス教の権威が失墜していないからこそ出来る行動だ。
ポスタリタを成就し、その恩恵も得てウォルンを効果時間上昇で成就させた彼は、ミラベルのガンシップパペットの先導で進む。
(私に、力はないけど‥‥)
プロデジョムの恩恵があればとリュミドラは願ってやまない。
アクアリオのように、奇跡を明確にする力があれば‥‥この願いは形になるかもしれないのに。
「いた!」
クリシュナが小さく叫ぶ。
目に入ったのは、ヴァリアントヒューマンだ。
冷静ではない様子のヴァリアントヒューマンは喚き散らし、傍に停車している車を破壊している。
動けない様子の一般人がおり、このままでは危険───そう判断したクリシュナが目配せすると、リュミドラがサンクトゥアリィを成就、特殊空間を展開した。
動けない一般人には刹那、暴れていたヴァリアントヒューマンは崩れ落ちる。
特殊空間内でウォルンによる昏倒を受けたヴァリアントヒューマンは、目覚めるまでひとまず誰かを襲うことはない。
特殊通信機で説得に動いているSINNへ連絡を入れたクリシュナは、自らも異形になりかねない一般人へ声をかける。
「大丈夫、俺達が助ける」
ウォルンの魔が乗った言葉は、説得力となり、一般人を落ち着かせる。
まずは、彼らの安全を。
ガブリエル・オリヴェイラ(
sa0293)と癒槻 サルヴァトーレ(
sc5529)は、確保されている避難場所へ一般人を避難誘導していた。
「ヴァリアントヒューマン以外の脅威がないのがせめてもの救いか」
サルヴァトーレが一般人に聞こえないよう呟く。
油断出来るような状況ではないが、現在進行で流れる情報においてもヴァリアントヒューマン以外の脅威はなく、それらが発生する前に救助を完了としたい。
(良い方向にいけばありがたいね)
ショック大きい一般人へ心療も行いつつ、ガブリエルは心の中で呟いた。
この国が崩れようとも、人々が崩れてはいけない。
その為に、自分達がいるのだ。
●異常、その正体とは
ユーチャリス・ミッドナイト(
sp9432)がヴァンパイアの位置を捕捉しつつ、大統領の執務室へと急ぐ。
マリク・マグノリア(
sp3854)が己の技能を駆使して入手した見取り図は可能な限りSINN達へ通達されているが、マリクは現在進行で監視カメラのデータを確認し、大統領ディオン・トゥールスが執務室にいることを割り出していた。
「大統領に聖痕をお伝えすれば、その考えも改めていただけるでしょう」
大統領の説得を願うひとりであるたナイ・ルーラ(
sb0124)が呟く。
だが、とディミトリエ・シルヴェストリ(
sb9264)。
「大国を任される者が悪魔に屈するなどあってはならない。必要であれば、すぐに断罪すべきだろう」
「‥‥大統領は、一般人です」
躊躇う様子も見せないディミトリエに対し、エンリコが静かに告げる。
「魅了や言霊と言った、人ではないものの介入がある可能性もあります。仮に彼がその心を変えたとしても大国を任される者であるからこそ得ている情報の可能性を考慮し拘束となります」
この場で異端と断じ即断罪すればいいと言う問題でもなく、また、彼に接近した者の情報は今後に必要である。
「人の心に影響を与える呪い、なんてのもありえそうだしね」
エティエンヌ・マティユ(
sj6626)が憂慮し、溜息。
ローレムの結界内に入れることでその呪いから脱せられないかと考えはしたものの、ディオンをどう収めるかも問題だし、ハンドラーのパペットのスレッドを切ってしまう可能性もある為ローレムの扱いは慎重にならなくてはならない。
「えっと‥‥執務室にヴァンパイアも結構いるんじゃないかな」
「護衛名目でいるんじゃないですかね。お迎えが来ましたし」
マーナガルムの恩恵で話し声からヴァンパイアの数を数えるユーチャリスに対し、マリクが肩を竦めた。
その言葉通り、前方からクドラクが走ってくる。
「ここは、任せるさね」
ファミリア・サミオン(
sb0511)がチャクラムを投じ、クドラクの機先を制する。
クドラクとなれば断罪、けれどファミリアは己の事情によりそこへ至れない。
この為、ナタク・ルシフェラーゼ(
sa2677)も残ることを選んだ。
要人を逃す盾としての役割を考えていた彼女だが、その要人に至れなければ意味がない。
「廊下だと、身を隠す場所も作れないね」
ナタクは苦笑するも向かってきたクドラクの数は執務室を守る観点があるからか、そんなに多くない。
託すようにSINN達は執務室へ駆けていく。
そのドアを開けると、ユーチャリスが指摘していた通り、ディオンの他、執務室にはヴァンパイアの姿がある。
「大統領の近くにいる女性、オリジンの可能性があるかもしれないわ」
配置からヴァンパイアの力関係を察した琴宮 涙湖(
sb1982)が全員に警告を発する。
「大統領! 神の御心を思い出してください」
ナイが聖痕の意味を伝え、ディオンの説得に入る。
けれど、ディオンがそれに心を動かされている様子はない。
「大統領、お久し振りです。私のことを覚えておいででしょうか」
ダニエル・ベルトワーズ(
sh5510)が前に進み出る。
大統領暗殺阻止任務の際、彼はディオンをその身を挺して庇った経緯がある。
その件より、ディオンは白だと思い、彼へ他の懸念事項を提示することでその決意を揺さぶることが出来ればという思いがあった。
ディオンに触れることで魅了と言霊の影響があるならばそれを排し、同時に天使ハーヤーの環の力で安全を確保しておきたい。
無反応のディオンへ一歩、踏み出そうとした所で、ベルトワーズの腕を誰かが掴んだ。
涙湖である。
「待って。様子がおかし過ぎる。心に変化がないということは───指摘があった通り、人ならざる力が大統領には働いている」
魅了、言霊───エティエンヌが挙げた人の心に影響する呪い。
何か対策を取らねば大統領の確保は出来ないだろう。
「けれど───」
「わー! 助けて欲しいのです!!」
ベルトワーズがディオンの無事を優先すべきと口を開く前に御剣 四葉(
si5949)が執務室に飛び込んできた。
内部へ皆が進んだ際、彼女は単独行動をし、実は核のフットボールと称されるブリーフケースが別の場所にあると考え行動していたが、クドラクに見つかってしまい、逃げてきたのだ。
緊張のバランスが崩れ、大統領の側にいた女性が命令を飛ばし、配置されていたレッサーヴァンパイアがクドラクと共に襲い掛かってきた。
「‥‥後ろは、任せて‥‥、皆と、がんばる、から‥‥」
シャーロット・エルフィン(
si6767)が友達とも言えるパペット達を展開し、クドラクへの対応に入る。
彼女自身にクドラクの罪を断つことは出来ないが、フリーズパペットとカンフーパペットで強化されたパペット達が対応すれば、凍結効果の付与により行動制限と言う支援を行える。
(がんばらない、と‥‥取り返し、つかない‥‥の)
人が生み出した悪夢が放たれれば、本当に取り返しがつかないとシャーロットは気づいている。
使わせることなく、確保しなければ。
マリクのドラゴンパペットの内1体、石榴石(スリュス)もクドラク対応へと回る。
「任せて。前は私達が何とかするわ」
アンナリーナ・バーリフェルト(
sp9596)がシャーロットに薄く笑む。
人ではないものの力が働いているなら、大統領本人に魅了のコンタクトレンズの力は恐らく通じない。
そう判断し、コロランテスを成就し、身を潜めているルナール・シュヴァリエ(
sp6369)のジャケットから出た彼女は、エウレーラのリスの姿から戦う為に現れたのだ。
この場にメモリー回復出来るレベルのサナティの術者は多く、ラーを思い切って使うことも出来るが、涙湖が看破した通り、奥の女がオリジンなら、狙うはその女───
「させる訳ないでしょう? 侯爵相手に弁えなさい、子リスちゃん」
ヴァンパイアマークウィスの揶揄にアンナリーナは笑い返す。
「その顔、いつまで続くかしらね?」
●暴く太陽の輝き
大統領夫人エルマ・トゥールスの自室へは、大統領の執務室に踏み込むのと同じタイミングで行われた。
そこには、既に先行していたエルマ・グラナーテ(
sj0377)がいる。
「良かった。間に合ってくれて」
ほっとした彼女は、既にぼろぼろだった。
警備員が一新されたなら確認が甘いのではないかと踏み、それを装ったのだが、部屋に誘い込まれ、戦闘状態に陥っていたのだ。
聖ピリポのCROSSの力を用い、盾で攻撃を阻みつつアクケルテで応戦していたが、誘い込んできただけあり、広い室内にはレッサーヴァンパイアとクドラクの数がそれなりにおり、持ち堪えるだけで精一杯だった。
「メーコさん、本気出しちゃうわよ!」
メーコ・カトウ(
sh3828)がエルマを囲むクドラクに向かって走り出す。
極められたアルゲントから繰り出される拳は、無視出来るようなものではない。
「数は、足りるか」
「ああ、問題ない」
煌 宵蓮(
sa0253)の問いにジェラール・テステュ(
sa8825)が短く答える。
今後の情報を得る為、クドラクは可能な限り捕縛を。
そうした連絡を受けたジェラールは、メモリー回復出来るエンジェリングが多く同行していることもあり、クドラクの呪いを解呪することにしたのだ。
クドラクの警備員は、5人。
彼女のリムーベマレディクタのメモリー数より少ない。
メーコの攻撃を受け、怯んだクドラクに対し、ジェラールがリムーベマレディクタを成就する。
意味に気づくクドラクが襲い掛かるが、この場で唯一の断罪権限も持つ宵蓮が腕輪に仕込んだ鋼糸でクドラクを絡め取り、その対応に追われている間にシャムロック・クラナド(
sp9296)がクドラクに攻撃を叩き込む。
当たれば、クドラクの呪いは弱体化する。
ジェラールはすぐさまリムーベマレディクタで解呪を行った。
「ここでどうにかしなければ世紀末ですが、ここだけで終わる話ではないでしょうしね?」
「だからこそ彼らから証言を得られる可能性を上げるべきだろう」
シャムロックに応じるジェラールは、敵意を剥き出しにするクドラクを見据える。
レッサーヴァンパイアを率いるかのように大統領夫人の前に立つ女がいた。
彼らの力関係より、恐らくこの女はオリジンだろう。
「気をつけた方がいい。オリジンならば───」
「勘が鋭い方もいらっしゃるのね」
イーゴリ・トルストイ(
sq0700)の言葉を遮るようにその女が笑う。
「私は公爵の位を持つ者。今までの方々とは比較対象になりませんわよ?」
「それは、どうかな」
ヴァンパイアデュークの言葉を遮ったと同時にその攻撃は繰り出されていた。
アンリ・ラファイエット(
sp6723)である。
マーナガルムでの感知役も兼ねていた彼は、部屋に入って以後はコロランテスの恩恵そのままに隙を伺っていたのだ。
「‥‥無粋な」
「おばさま? 僕達の逢瀬を邪魔しないでね」
姿を現したアンリに嫌悪を示したヴァンパイアデュークに対し、オリヴィエ・ベル(
sp7597)が微笑を零す。
「この場は任せる。行くぞ、セイディ!」
「ええ」
オリヴィエの脇を駆けたのは、アスラン・ノヴァク(
sq1286)とセイディ・ゲランフェル(
sp8658)の2人。
向かった先は、大統領夫人エルマ───
「あら、困ってしまうわ。あなた達は、私を───」
その言葉は、最後まで言えなかった。
アスランが拳銃を撃ったのだ。
ただし、エルマ夫人ではなく、その傍にいた黒猫を。
しかし、黒猫は軽やかな跳躍を持ってその攻撃を避けた。
「当たりだな」
アスランの言葉と同時にセイディが動く。
アスランが成就したマーナガルムには、何も感知されていない。
けれど、アスランは黒猫を疑い、セイディと行動を起こしたのだ。
「ヒメコさん、ここは俺に任せるッス!」
「ありがとうなのです、陽平!」
志島 陽平(
sa0038)の言葉に応じ、アニムウェンテを成就させたヒメコ・フェリーチェ(
sq1409)が宙を飛ぶ。
ヒメコもまた、黒猫を疑っていた。
この状況において、毛も逆立てず大人しくしている、それこそが何よりもの異常だと考えて。
レッサーヴァンパイアの隙間を縫うようにして黒猫が走り、それを追う形をとるセイディとヒメコ。
けれど、機動力ではアニムウェンテで翼を得ているヒメコが射程内に到達すると、切り札を出す。
掲げられたのは、小型の擬似太陽。
眩いラーの光にヴァンパイア達の悲鳴が上がる。
けれど、躊躇なくセイディは進み、黒猫の姿が崩れるそこへ拳を繰り出した。
「勇ましい方も好きですわ」
拳を受け止めたのは、女。
直射日光が忌々しいであろうその女は、人ではないものだけが持ちえる美で構成されていた。
「何者、ですか」
「申し遅れました、勇ましい方」
鋭く問うセイディに女は名乗った。
エリザベート・バードリー。
聖痕の記されたイザベラを意味する『血の伯爵夫人』であった。
●崩せ、その『城』
悪意が発露したレッサーヴァンパイアとクドラクは、煽られるまま味方をも煽り、SINN達へ突撃してくる。
彼らに主に対応することになるのは、クレスニク達だ。
先陣を切ったのは、エスター・ゴア(
sq0475)。
真っ白い花びらを食し、成就したマーナガルムの補強を行っていた彼女は、保介とも連携し、早い段階で対立していた軍勢のひとつが吸血鬼であることは見抜いていた。
後方からの狙撃があるとは言え、『陽炎の軍勢』の魔神達もただ立っているだけの存在ではないならば、狙撃する彼らが立ち回りやすいよう吸血鬼勢力が介入しないようにしなくては。
「まずは、キミ達に上手く通用すればいいんだけど」
エスターが上げる咆哮に抗う者も勿論いたが、クドラクもその抵抗力は高い方ではなく、多くが咆哮の力により弱体化される。
「遠慮は必要なさそうね」
千種 蜜(
sp9590)が助走をつけて強烈な一撃を突出してきたクドラクへお見舞いする。
攻撃直後の隙も多いこの技、同じクドラクも警戒していない訳がなく、多くのクドラクが蜜へ殺到しようとする。
カラパスを成就しており、その恩恵があるとは言え、孤立していいと言うことではない。
「後退しろ、援護する」
すぐ、上月 累(
sq2012)の弓が彼らを狙い、後退を支援する。
一撃の重さより攻撃間隔を置かないことを重視した弓の援護もあり、蜜がすぐさま後退すると、上随 スウソ(
sq1318)が上空から回り込んでおり、トニトゥーラで得ている稲妻を吐き出す。
「ふらいんぐりすりすパワー!!」
守るべきものがあれば強いとばかりにスウソが得意げに笑う、その下を東雲 燎(
se4102)のパペットの援護を受けた東雲 凪(
sb4946)が駆ける。
「兄貴、遠慮なく行けっ!」
「ああ。指揮官から討つ」
燎に応じた凪の狙いは、『陽炎の軍勢』で指揮官を務めていると思しきサブナック。
彼らに続くようにSINN達も突破した。
が、レッサーヴァンパイアとクドラクの後方に陣取っていたエキドナとクロケルが黙っていなかった。
「下がれ!!」
本能的に拙いと判断した隼人が腕輪の力を発動させつつ、成就失敗覚悟でメタスタシスを試みたその瞬間。
目の前に大津波の幻影が迫っていた。
ディアボルレジスティを付与されていたSINNは何のことかよく分からなかったが、精神力が高くないSINN達の足が止まる。
その一瞬の隙を、エキドナが逃さずコンゲラーティオ。
無事に成功し、後方転移していた隼人は事なきを得ていたが、多くが吹雪による大ダメージを受けた。パラディンの聖面が機能しなくなった者やパペットが大破し、使い物にならなくなった者もいる。
サイワがローレムのCROSSでスレッドに注意しながらも慎重に負傷者を回収している間にもう一撃叩き込まれ、その被害はローレムによって免れたもののCROSSは衝撃を喰らって壊れた。
スウソが鋼糸でエキドナの動きを一瞬絡め取るもサブナックの剣が絡め取る為に降下していたスウソの髪飾り、その仕込みの部分を貫き、機能を停止させると、ウァラクの大蛇が追撃を仕掛け、スウソは攻撃を受ける。
集中攻撃を受ける形になると判断したハンドラーのパペット達がすぐさまスウソの後退支援に入り、彼らが撃破されている間にスウソは後退した。
聖獣シムルのしーちゃんに跨り、コンゲラーティオの難を受けなかった十文字 翔子(
sf7297)は、後退するSINN達が凍結効果の付与を始め、状態異常を受けているSINNが多いことに気づき、すぐさま後方にいるレティシア・モローアッチ(
sa0070)へ報告した。
『あなたが堪えた大津波の幻影に、もしかしたら抗う力を削ぐ能力があるのかもしれない。とにかく、プライェルでその異常を除去することを優先した方がいいわ』
「分かった。とにかく挟撃を防ぐ為に僕がフォローに入るよ」
SINN達の後退を妨げないよう注意しつつも翔子によって展開されたサンラファエルのアエルの乱気流に苛立つウァラクが翔子を狙おうとし───歩夢の撃ったポイントショットEXに仰け反る。
「てめェ‥‥」
狂気じみたウァラクが後方を睨む間に翔子は上空へ逃れる。
そのウァラクを撃った本人は、ウァラクの凍結効果は運良く作用しなかったことを聞きながらも焦ることなく、翔子への追撃を防ぐべく狙いを定める。
(まとめて潰す。そう、それだけでいい)
その為に出来ることをするだけとばかりに歩夢はウァラクを撃ち抜く。
守られる翔子は、後方に下がり、今度はレッサーヴァンパイアとクドラク相手にアエルの乱気流を展開することで戦線の立て直しを図っている。
クロケルの精神力による抵抗力を削ぎ落とす特殊攻撃が厄介であることに代わりはないが、それらが被害が少なかったのは、叶望の力が大きい。
サナティの術者が多いことを看破した彼は、幼馴染であるセルゲイ・クルーツィス(
sc4350)に依頼し、サナティによるメモリー回復も加えてのディアボルレジスティだったのだから。
全員に行き渡らなかった分は、ヴェルンハルトが運良く成就されたプライェルでフォローしてくれたお陰で抵抗力が削ぎ落とされたまま戦闘を続行させる必要はなかった。
ニュートラリィを試みることもあり前線付近にいた為、彼自身も攻撃を受けたが、大事になるのをSINN達は防いだ。(結局ニュートラリィ自体はヴェルンハルトの力量では不足していたのかこの空間に対して有効ではなかったようだが)
「前に出るだけが戦いではない」
エレメントアローを番え、叶望は弓を放ち、レッサーヴァンパイアを貫く。
その効果が作用し、転倒するレッサーヴァンパイア。
後退支援である為、攻撃間隔を空けないことが必要であると認識する彼は、エレメントアローを3本、後退し体制の立て直しを図るSINN達を狙うレッサーヴァンパイアへきっちり決めた。
矢の補充を叶望に行ったセルゲイは、上空へ舞い上がる。
上空には、ティファニーと翼がおり、セルゲイを待っていた。
「私達に断罪の権限がない以上、クドラクへ当てることは得策ではないわ。私も射程を延ばすこと自体は可能だけど、範囲があることを考えれば、2人の役目は重要よ」
「クドラクを避けつつ、効果的な援護、か。確かに直線に延びるフルメンが的確だな」
ティファニーの見解に対し、セルゲイが頷く。
テムジン、ブリギッタの狙撃が『陽炎の軍勢』、取り分けサブナックに集中しており、狙撃に気づいたサブナックは馬を高速移動させ、逃げの体勢に入っている。
「彼らの狙撃を的確に決めるには、重要だわ。特にあなたは多くフルメンをメモリーしている。レッサーヴァンパイアへの決定打を与えられる」
「ああ。レッサーヴァンパイアを優先的に狙うことでクドラクの指揮系統の混乱も狙えるからね」
ティファニーに応じる翼。
このフルメンによる射程外からの攻撃の指揮が執れるのはティファニーがそれだけその能力に長けるからであり、その攻撃の意図を理解する2人もその能力が無視出来えないものだからこそ、なしえるのだ。
夜魔の身体を有し、高い再生能力を持つレッサーヴァンパイアであっても、極められたフルメンを笑い飛ばすことは出来ない。
「良かった、成就決まった‥‥!」
ほっとした呟きを発するアルベルト・ルードヴィッヒ(
sa0074)のハレルヤが運良く成就され、アスケンションの効果でヴァンパイア達にフルメンで致命傷を受けるレッサーヴァンパイアを確実に滅ぼす。
けれど、レッサーヴァンパイアを守るべく、クドラクがアルベルトへ殺到する。
しかし、真幌羽 鈴鹿(
sh5555)のボムタンクパペット達が黙っていなかった。
パペットが何か仕掛けると判断し、上空へ逃れた魔神達の代わりにとばかりにパペットボムを起こす。
その爆発は、5回。
「妾が出来ることはこれまでじゃ」
ボムタンクパペットによる効率のよいダメージを与えた鈴鹿は無理することなく、ボムタンクパペットを後方へ下げ、狙撃手のいるラインまで鈴鹿は後退した。
「高速移動の効果時間は有限、また隙が全くない訳ではないならば、その瞬間を狙うのが得策でしょう」
「無論。前線を思うならば、我々の火力支援は重要と考える」
ブリギッタの言にテムジンが頷く。
サブナックは、アンネリーゼの真名看破を恐らく恐れる筈。
真名が看破されることは、魔神にとっては致命傷だ。
なら、それを利用するしかない。
妹はマイアに守ってもらっているが、自分が彼女へ指一本触れさせない。
ブリギッタは敢えてアンネリーゼに突出をと連絡した。
『分かりましたわ。わたくしも目視の為にこの身を賭しますわ』
アンネリーゼの答えは明瞭。
姉を疑うことなど、ない。
マイアがアンネリーゼを守るように動きつつ、けれど隙を見せる挙動を行うと、サブナックは前進してきた。
すぐさまマイアがフォローに入る。
回避力が高いマイアを上回る的確さで剣が振るわれている所を見ると、何らかの悪魔魔法の恩恵があると見ていい。
能力的には、詳細を知らないウァラクかクロケルの───
分析するアンネリーゼはマイアに守られながら、サブナックの真名を見る。
映ったビジョンより推察を始めようとするが、エキドナがサブナックの援護の為に前進してきた。
だが、それこそある意味狙い通り。
隼人がアーサー・ラヴレス(
sa4830)と共に駆け込んできていた。
狙いに気づいたサブナックがすぐさま翻そうとするが、テムジンとブリギッタの銃はタイミングをずらしたポイントショットEXを浴びせることで火力を絶え間なく集中、援護を許さない。
「うらぁぁぁぁ!!!!! 例え97Eのぷるるんでも揉んだ後は容赦しねえ!!!!!」
容赦はしなくていいけど、揉まなくていいだろ。
アーサーはそう思ったけど、別に悪魔だからと思い直し、バックルで決めポーズ。
エキドナの胸をしっかり揉んだ後、強烈な攻撃を息つく隙も与えぬ隼人に続くアーサーは、渾身の力を込めたパワーショットでグングニルを投擲する。
最早息も絶え絶えといった様子のエキドナがその一撃を受けて浄化していく。
その背後のサブナックも絶え間ない狙撃を受け、風前の灯といった状態だった。
「あなたは、文字通り『城』なのですわね」
アンネリーゼが看破したその真名を保介は躊躇うことなくエクソシスムへ盛り込む。
放たれたメギドに抗う術もなくサブナックは焼き払われた。
罵声を飛ばすウァラクを見る保介。
これを突破すれば、封印への道も開ける。
「介入がないといいが‥‥」
アーサーが懸念事項を口にする。
この封印の目覚めが予期せぬものであり、どの軍勢も狙うものならば、カリス(sz0009)が黙っているだろうか、いや、姿を消しているアリア・アンジェリーニ(sz0004)がもしかしたら───
「今は封印確保を優先しましょう」
敵が来ようとも討ち、確保するのみ。
保介は、何よりも封印の確保を目的とし、動く。
●すべきことは───
「ルークス教のパラディンです。助けに来ました! 動けない方は、声を!」
九面 あずみ(
sn7507)の声が拡声器に乗って響く。
ウォルンの魔の言葉は拡声器を介しては発揮されないとしても拡声器で広範囲で呼びかければ、効率的だ。
『この先に、ヴァリアントヒューマンとなってしまった人がいるわ。気をつけて』
「ありがとうございます。まずは、対話したいと思います」
シオン・エゼキエーレ(
si6186)が遠隔通信パペットから寄せてくる情報に実和 真朋(
sn6429)は返答する。
『黒い霧』の濃度が一層濃くなる寸前の場所にいるシオンは、護身のにょろにょろパペット以外のパペットを内部に送り込み、内部で活動するSINNのサポートに徹しているのだ。
「説得が間に合えばよいのですが‥‥」
真朋は小さく溜息をつく。
万が一の時はフリーズパペットで強化されているパペット達に凍結効果を付与してもらい、無力化するしかないが、そうなれば、元に戻れる可能性は低くなる。
『‥‥今は、出来ることをしましょう。それしかないわ』
真朋と通信するシオンの声が響く。
頷く真朋の隣であずみは、目を閉じる。
(私達が、必ず守る)
何故なら、『あなた』は、胸に希望を持つ『人間』だから。
クローディア・エヴァーツ(
sa0076)は、辛抱強い対話を重ねていた。
今、この人達に必要なのは、心だ。
そう思うからこそ、クローディアは彼らの負を受け止めることを選んだ。
「私は、本当に、救えてるのか分からないのよー‥‥」
クローディアが、ぽつりと呟く。
共に行動するリュールング・アマーリア(
sg1023)は、彼女もまた不安なのだと知っている。
「少なくとも、僕はそう思っているよ。だって───」
僕は、君を守る為の行動をしていな