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ちりん。
縁結び風鈴――その祭事も今日で見納め。
特に希望のないマリク・マグノリア(
sp3854)はメリーナ・ヴィレーン(sz0096)の気になっている風鈴への途を提案した。
エティエンヌ・マティユ(
sj6626)もゆるく頷いて、風鈴の音に惹かれるまま歩みを進めたなら。
目に留まる回廊、八八八個の色鮮やかな風鈴が三人を迎え入れる。
とりどりの音色に、耳を澄ませるエティエンヌ。
「これだけ有ると、どの音がどの風鈴のものか、聞き分けるのは難しそうかな」
「そうですね。でも同じ音も無い気がします」
「ここの風鈴は、ガラス製なんですねえ」
ガラスの風鈴は見た目も涼しく、短く音がなるのが特徴だという。
「俺の地元ですと、風鈴は鉄器の方が一般的ですかね。ガラスよりももっと長く、余韻の残る音がします」
では、どちらの方が良いのか?
――それは、好みの問題とマリクは語り、メリーナはその話を興味深そうに聞いていた。
「『見る』行楽は多いが、『聴く』行楽はあまり経験が無いな」
貴重だねと、エティエンヌが零せば、
(まぁ、確かに悪くないですね)
マリクも今一度、その音色に耳を澄ませたなら。
風鈴たちの奏でる音が、ちりんと鳴る。
今日は仕事もない、だから愛しい人と。
「わぁ、風鈴が一杯‥‥!」
「へぇー、これが風鈴か、落ち着く音がするな」
普通は一個だけ、だからこの数は壮観だと語る皆本 愛子(
sb0512)と、音色に耳を傾けるジョニー・ジョーンズ(
sa2517)。
「よく見たら何か紙もぶら下がってるんだが、愛子これはなんなんだ?」
「短冊の事かな?これはね、お願い事を書いて吊るす為の物なんだよ」
吊るされた短冊の数は、誰かの願いの数。
「あたし達も、お願い事、書いてみようか?」
愛子の提案に、ふたり短冊を購入して。
ジョニーはいざ言葉にするとなると悩みはしたが『愛子と娘全員でいつまでも幸せに過ごせますように』と。
愛子も短冊を眺めては、『彼や義娘が、無病息災であり、いつも笑顔でありますように』と。
ふたり、同じような願いを綴った。
「愛子はどんな願い事を書いたんだ?」
「ふふ、願い事は内緒にするといいんだよ。その方が叶いやすいとか」
「‥‥秘密ってそりゃねぇぜ」
くつくつと笑うジョニーは、叶うようにと、自らの願いも秘密に。
「さて、奥までいってみようぜ」
繋いだ手、願いを乗せた音色だけが辺りを彩る。
着納めになる浴衣を纏うカーク・ルッフォ(
sc5283)は、友人の叢雲 柊(sz0086)と歩みを進めて。
「数多くあると聞いた時はどのようなものかと思っていたが、心地よいものだな」
煩わしくも無く、心穏やかな音色。揺れる願いの短冊。
カークが風鈴の一つに添えられた短冊に触れたなら。
「想い掛けられた風鈴と思えば、響きあうのはその想いか。そう考えると、この音も色を持って感じるな」
「願いの数だけ、想いの色がある‥‥だろうか」
他者の繋ぐ縁に、二人思い馳せ。
夏の締め括りには素敵な思い出を求めて。
縁結びの神様に御利益を。
マネハール・ティーテレス(
sa2429)をそっと握った神代 翼(
sb3007)はその回廊で足を止めた。
「うわぁ‥‥風鈴もこれだけあると圧巻だね」
「ほわー‥風鈴が、たくさーん。風鈴は‥‥知って、ましたが‥こんなに、あると‥‥賑やかな、感じです、ねー‥‥♪」
「せっかくだし風鈴の音色を楽しみながらゆっくり行こうか」
五月蝿くもない、可愛らしい音を聞きながら。
マネハールは風鈴の模様も見つめては、うさ神父型のアルディエンテに似たものがないか探してみる。
時折、翼の腕を引っ張っては指をさしてみたりも。
ある程度満足したなら、次は添える願いごと。
翼の短冊には『マーネルと添い遂げられますように』と。
マネハールの短冊には『これからも翼君とずーっと縁を繋げて行きたい』と。
拙い日本語で頑張って書かれた想いは、きっと此処の神様だってわかってくれる筈。
翼の頭の中には願いごとと、それの為の安定した収入とスペイン語の勉強が同居中。
ロマンも大事、けれど現実的な目標だって同じくらい大切なものだから。
そっと短冊を吊るす。
「‥‥あ、届きません‥‥えっと、翼君、お願い、しても‥‥いいかしら‥‥?」
じっと自分を見上げてくるマネハールに翼が笑って。
肩車も考えたが此処は回廊、人の目もあるから翼がそっと自分のものの隣に添えてあげた。
「所で‥‥翼君は、どんな事を‥‥、書きました、の‥‥?私、気に、なりまーす」
「俺のはね、」
そっと耳打ちしたなら、マネハールの頬がふんわりと綻んだ。
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回廊を抜けた先、配られた玉に首を傾げていたジョニーだ。
縁結び玉。
目の前の人にどうやら説明されているようだが、日本語の分からない彼は助けを求めるように愛子を見る。
(‥‥もっとジョニーしか見れなくなってしまいそう‥‥なんて)
視線の先の愛子は愛おしげに愛子はその玉を見つめていた。
「愛子、この玉は一体何の記念品なんだ?」
「縁結び玉って言って、凄いお守りらしいんだよー」
「‥‥縁結びのタリスマンか。へへ、いい物もらえたな!」
その意味がわかったのなら、先程愛子が見せた表情の意味もよく解る。
自身も今、きっと同じ顔をしているに違いない。
「そろそろ時間だから行こうぜ!」
小さなその手を、確り握って。
既にこの玉の存在を知っていた翼。
(俺達にはもうすでに必要ないかも知れないけど)
そんなことを思ってはいたけど。
自らの腕にぎゅっとするのは縁結び玉をもらったマネハ―ル。
「これで‥‥、ずーっと‥‥一緒‥‥です、ねー‥‥♪」
全身で喜びを伝えてくるかわいい恋人を見ていたら、自分のことのように嬉しくなる。
「うん。俺はマーネルとずっと一緒にいるよ」
それは願いで、誓いで、約束で。
揃いの玉をふたり眺めて、もう一度笑った。
そんな恋人たちを見ていたのはカークと柊。
隣では同じようにエティエンヌとマリク、メリーナが微笑ましく様子を見ていた。
「あれは何の玉なのだろうね?」
「確か、縁結び玉って言うそうです」
「縁、か‥‥。神父の仕事はある意味、人の縁の証人だから、紡いだり繋いだりするのは少し違うかもしれないけれど」
何処かで縁を繋ぐことはあるかもしれないと、エティエンヌは恋愛ではなく人間関係全般で解釈したらしい。
(ところで、この人達、縁結び神社って何なのか理解してますかね‥‥?)
マリクのささやかな疑問。
日本人ならば解るだろうかと、柊に視線を向けたなら。
「‥‥人の縁とは、良いものだな」
はい、人選ミスです。
「‥‥マグノリア殿?」
「あ、何でもないです、期待した俺が悪かったです。そのまんま素直に育って下さい」
首を振るマリクと首を傾げる柊。
そんな柊を見ていたのはカークだった。
辺りのカップルで、この場所の意味を察していた彼だが、柊を観察していたよく解る。
(やはり、そういった方向には疎いのだな)
零れた笑み。
「カーク殿?」
「いや、なんでもない」
この友人にもいつか、そういった想いが宿ることは有るのだろうか。
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綺麗な風鈴の音を聞きながらヒメコ・フェリーチェ(
sq1409)は日本人であった祖母の家にあった風鈴を思い出して。
「風鈴の音を聞くと心がすーっとするのですよ」
「わかります、とっても綺麗ですよね」
同意したセイディ・ゲランフェル(
sp8658)も、ちりんと鳴る綺麗な音を聞く。
「こう、風情があるっスよね」
二人の少し後ろを歩く志島 陽平(
sa0038)が頷いて。
そんな三人が訪れたのは、境内に流れる御神水の傍。
映し出された天の川は、足元で煌めく星達の饗宴。
「本物の水の流れの上に天の川を投影しているのですね。こんな事も出来るなんてびっくりです」
「空が地面にあるって不思議なのです」
とても綺麗と女性二人の言葉も融ける隣で陽平もまた息を呑む。
プラネタリウムなどとは違う星の光に目を奪われ、流れる水を通して見る星空はとても不思議なもの。
星の川は、実際流れているかのように音と光で表現された幻想的な途。
「本当に空の星が足元に降りてきたみたいですね‥‥。水の流れる音も、安らぐ感じで心地いいです」
セイディの言葉にヒメコもそっと目を閉じる。
「さらさらって音が、ヒメコのからだを駆けぬけて、とても心地よいのです‥‥」
耳で感じる星の海。
「なんか‥‥手の届きそうな距離の星空っスね。これだけ近いと、願いもささやかなのが良いンすかね」
触れてしまえそうな地の空。
ささやかなら、拾って貰えるだろうか。
「こうやって、これからも一緒にこういう時間過ごしたいっスね」
自身の立場を考えたなら、ささやかではないのかもしれないけれど。
――けれど、願わずにはいられない。
それはきっとセイディも、ヒメコも同じだった。
「クッシュン。夜はちょっと肌寒いです?」
「あ、これを羽織るといいっスよ」
くしゃみをしたヒメコに、陽平が薄手の上着を貸せば。
セイディはただ、そんな二人の様子を微笑ましく眺めていた。
「わぁ‥‥ここも凄いんだよ!」
「アメイジング‥‥」
水面できらきらと煌めく天の川に、感嘆の声を上げた愛子とジョニー。
「ジョニーの足元にも‥‥ふふ、とても、綺麗、なんだよ」
「水面に夜空を投影か、すごい発想力だな」
広がる感動に身を任せ、ジョニーは愛子を傍へと抱き寄せる。
愛子もまた、服の裾をそっと握って。見上げた先、目があったなら照れ笑いでゆるんで。
「今日は一緒にこれを見れてよかったぜ」
「貴方と共に過ごすこの時間、とても、とても、幸せなんだよ。誘ってくれてありがとう、ジョニー」
「また来年も一緒にこような」
いつかの約束を、足元の星空に降らせる。
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境内は優しく橙に包まれ、夜の神社は優しく映る。
辺りを彩るのは竹毬の中にある風鈴の音と様々な色のLEDライト。
見上げれば、その姿がすぐに。
「うっわぁ、見てごらんよ!すっごいきれい!」
「この光、LEDなんだ。ろうそくじゃないのね。‥‥燃えちゃったりしたのかな」
綺麗な光に感動を隠せない高遠 明(
sp6960)とじっと仕組みを気にする綾木 なぎさ(
sp6274)。
「うーん、本当にきれいだね。僕芸術とか良く分かんないけど、こういうの、げんそーてきって言うのかな」
「音も綺麗ね」
クレスニクの二人には音もよく通り、景色もよく見えるから、鮮明なそれに惹き込まれずにはいられない。
ふと、明の視線がなぎさに向く。
「どうしたの、明?」
「ね、なぎさ。君さ、最近、少し変だよ」
唐突な親友の言葉に、なぎさも言葉を呑む。
「えっと、べ、べつに」
「分からないと思ったかい?何年親友やってると思ってるのさ!」
何かあったのかい?と心配そうな眼差しの明。
「なな、ななな何もない!なんでもないの!」
「僕には、言えない?」
「あ、う‥‥」
誤魔化せる、筈などなくて。
「あのね‥‥。最近、遠くで見ていたつもりの格好いい人に告白じみたこと言われて」
頬が朱に染まり、照れは顔にはっきりと。
「どうしよう、どうしよう」
狼狽えるばかり。
どうしたらいいかわからない、全部出てしまうくらい溢れてしまった。
「‥‥そっか」
明の短い言葉の後、少しの間があいて。
「聞いといてあれなんだけどさ、君も知っての通り、僕はそんなに頭が良くない。だから何言ってんだ、って感じだろうけど‥‥」
明は形にならない言葉に頭をかく。
けれど顔を上げて、その瞳を確り合わせたなら。
「なぎさ、君は君の思う様に、心のままに相手に向ったらいいと思う」
「相手に向かう‥‥」
「まぁ、まずは相手よりも自分の心と向かい合うべきかな?敵を知り己を知らば百戦危うからず、ってね!」
笑って拳を握る。
「大丈夫!安心しておくれ、なぎさを傷付けるような奴は僕が殴り倒してあげる!」
殴っちゃ駄目だよと笑いながらも、親友の言葉も、姿も。とても頼もしかった。
時間は掛かるかもしれない。
でも先ずは――自分に、問いかけてみようか。
竹毬の中で鳴る風鈴。
「ここだと、風鈴の音が静かに響く気がするな」
染み入るような、静かで厳かでけれど安堵する雰囲気の中、カークの言葉に柊も静かに頷いた。
自分自身の縁を思うには調度良いとカークは思う。
状況が変われば、会うことが難しい時さえある。
だからこそ会える時には縁を深め、会えぬ時もその縁を信じ。
「今この手にある縁を大切にしたいな」
「‥‥縁という、尊い出会いは零さぬようにありたいと」
二人言葉を交わしたなら、今を想う。
夏が終わり巡りゆく季節の中、増えるであろう縁をも想って。
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休憩にと訪れた『むすびCafe』。
白を基調とした優しい雰囲気の店内は外とはまた違う彩り。
「期間限定のものがあるようだね」
「外にあった風鈴みたいで、可愛らしいです」
風鈴をイメージした期間限定のスイーツ――彩り風鈴。
「期間限定なら食べない訳にはいかないだろう?」
「エティ。なんで、俺を見て言うんですかね」
「食べたいかな、と思って」
「俺、欠食児童な認識されてやしないですかね‥‥?」
怪訝そうに見るマリクと微笑むエティエンヌ。
そんな空気の中、くぅっと鳴ったのはメリーナの腹の虫。
「あ、えっと‥‥私は。‥‥その、食べたい‥‥です」
恥ずかしそうに俯いた彼女に、エティエンヌが優しく頷いた。
「リーナさんはどれが好みかな?」
「モモ、とか‥‥あ、でもこっちのチェリーも」
目移りしているメリーナの傍らで、すっかり力の抜けたマリクもガラスの器を覗き込む。
「こういう器の茶器ってあるといいですよねえ」
夏にお茶飲むのに、涼しそうですしと風鈴の形をした器を指して。
「そうだね。あの風鈴のように涼やかな気持ちになれそうだ」
二人もまた、ゆるりと好みの甘さを探すことにした。
「フレッシュフルーツ‥‥ふんふん、これにしよ」
「じゃ僕はこっちにしてみようかな!」
彩り風鈴を見ながら、ふたり好きなものを選んだなぎさと明。
「‥‥っ!!なぎさなぎさなぎさ!これすっっっごく美味しいよ!」
「うん、わかる。すっごい美味しい」
「何個だっていけちゃうね!あ、店員さーん!これお替りで、20個!」
明の言葉に二度見する店員。
「って明、それは流石に食べ過ぎだから」
なぎさのツッコミにも、えへへと笑っては美味しそうに食べている明。
「あ、今日は誘ってくれてありがとうね、なぎさ!」
なんて笑顔でいうものだから、結局は絆されちゃうなぎさであった。
翼とマネハールもまた一休み。
「本当に風鈴みたいに綺麗だね。食べるの勿体ないかも」
「でも、とっても‥‥かわいいです、ねー‥‥♪」
ぱくりと一口。
ひんやりと広がる冷たさとフルーツの甘さにマネハールの頬はふんわりと緩む。
「マーネル、美味しい?」
「はい、とってもー‥‥翼くんも‥‥あーん、ですよー‥‥♪」
あーんしたり、されたり。それもまた愛おしくて甘い時間。
祭りが終わっても、今日は少し――遠回りして帰ろうか。
「フレッシュフルーツたっぷり、というのがとても魅力的で是非食べてみたかったんです」
「わ、本当に風鈴みたいですっ、どんな味がするのでしょう?」
果物好きのセイディと、甘いものが大好きなヒメコはガラスの器をキラキラと眺めている。
「彩り風鈴、夏らしい感じでイイっスね」
陽平も覗き込んだなら、感じる涼しさ。
「見た目にも涼しげで‥‥ムースなどが層になっているのが見えて綺麗です」
上はフルーツを含んだゼリーで下はムース。
冷たいゼリーの中から、フルーツの甘さと酸味がすっと広がった。
「味も見た目にたがわず美味しいですね、フルーツの爽やかな酸味が雰囲気にぴったりで」
「とっても美味しいのですっ」
スイーツにすっかり夢中な女性二人。
(こういうので盛り上がるのって女の子っスね?)
陽平は微笑ましい眼差しで眺めながら。
「あ、よかったらひとくち交換こするのですっ」
モモを選んだヒメコと、チェリーとぶどうを選んだセイディ。
二人一口ずつ交換したなら、視線の先は陽平。
「こっちも試してみるっスか?俺、まだ口つけてないっスから」
陽平の選んだメロン味に、二人はまた幸せそうな顔。
自分たちのも食べてみないかと言われたなら。
(‥‥か、間接的にアレじゃないっスかね?)
それを気にしてないような二人に、陽平は内心ドキドキしつつも、そっと受け取った。
折角ならと残り一種のマンゴーとオレンジも追加して、また新しい甘さをひとつ。
大好きな果物の味に満たされながら、今日を振り返ってみたなら、それはとても楽しい時間で。
「今日は本当に楽しかったです、お二人ともご一緒出来て良かったです」
楽しくて美味しい時間に、セイディが礼をひとつ。
「ヒメコ、陽平の周りの人への気配りや、セイディの綺麗で凛々しい所にとても憧れていたのですっ。ですから、」
――今日は二人と一緒に回れて嬉しかったのですよ。
ぐっと拳を握ってヒメコが力説する。
褒めの言葉は少し擽ったく、それでいて嬉しくもあり。
「俺も二人と一緒して楽しかったっスよ」
食べ終わった器にスプーンを置けば、細い音が響き鳴る。
思い浮かんだのは、先程の風鈴の音色と景色だった。
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季節は巡る。
けれど涼やかな音が鳴れば思い出すだろう。
各々に過ごした今日という日を。
ちりん。
風鈴の音が静かに夏の終わりを告げる。