オープニング
◆
見回りも兼ねてベリルが街中を歩いていた時の事。
「ベリル殿!」
彼女を呼び止めた声は、聞き慣れた声。いつも何だかんだと食材関係の依頼をしてくる貴族の料理人ジョシュア・クラークである。
「あぁ、ジョシュア殿。健勝か?」
そう返すベリルに挨拶もそこそこにジョシュアはたずねる。
「ハウンドの皆さんがドラゴン由来のものを集めていると聞いたのですが」
「まぁ‥‥そうだな」
ドラゴンの元へと転送されるドラゴンポータル。ハウンド達がその存在を知るに至ったのはつい最近であるが、そのドラゴンポータルを強化するためにドラゴンの媒体を集めてくるように、という指令が出ているのは確かだ。
「今手元にドラゴンが大体一体分あるのですが‥‥そこで一つ、依頼があります」
ドラゴンが一体分とはどう言うことか。よくわからないが、彼が依頼でふざけた事は一度もない。それに、彼はこれで歴とした貴族であり、魔物料理に挑む料理人である。ドラゴン関係の品の一つや二つ、持っていたとしてもおかしくはない‥‥かもしれない。
「詳しく話を聞かせてくれ」
ベリルはそう言って、頷いた。
◆
ジョシュア・クラークの父はジョルジオ・クラークという。以前、ハウンド達はジョシュアの依頼にて彼の父に数回邂逅しているのだが、それはさておき。
今回、ジョルジオは旅の行商人との付き合いの一環でグラビティドラゴンと呼ばれるドラゴンを一体を買い取ったらしい。正直一体分など使い道はわからんが、どうせ息子に渡せば料理するだろう、と思ったとかなんとか。そこまではいい。問題はその後で、その事実を知った彼の一族と代々不仲な貴族が、言いがかりを付けてきたらしいのだ。ドラゴン一体分など何を考えているのか、前々から貴殿の息子のやっている魔物料理などけしからんと思っていた、などなど。それを聞いたジョルジオは、つい言い返してしまったのだと言う。
息子の料理を食べもせずにとやかく言うのはいかがなものか。そこまで言うのであれば一度食してみてはいかがか。
というのも、元はジョルジオ自身がジョシュアが料理人になる事から魔物食からなにから反対であったのだが、ハウンド達を巻き込みつつ活躍する姿を見、そして料理を食し、考えが変わった一人であるのだ。今や彼は誰よりも息子の活動を支援している一人と言っても過言ではない。
「良かったじゃないか。お父様と一時期仲違いをしていたものな‥‥」
で、それのどこが問題なのか。首を傾げるベリルに、ジョシュアは肩を落とす。
「それが、そのドラゴンがですね‥‥大雑把に解体されているだけのほぼ丸ごとドラゴンみたいな感じのドラゴンなんですがね‥‥試しに食べてみたのですが、驚くほど硬くて不味いのです。どの部位の肉も、焼いても煮ても等しく不味い。しかし、父はこのドラゴンで美味しい料理を作ると言ってしまいました‥‥この発言はそうそう覆せません。ましてや私が発端になった諍いです。父も屋敷とキッチンを提供してくれると言いますので、なんとかしてこのドラゴンを美味しく調理する方法を探す手伝いをしていただきたいのです! 余った部位は全て譲渡いたしますので!!」
余った部位、と言われると食材感が凄いが、ジョシュアにとっては食材なのだから仕方がない。しかし、どの部位の肉でも不味いとは‥‥果たして美味しく食べられる箇所などあるのだろうか。いや、無いと困る。なんせ彼の父と彼自身の評価がかかっているのだから。
「わかった。声を掛けてみよう」
知らぬ仲では無い‥‥というか、どちらかというと最早知っている方の人物の話だ。ここはやはり、ドラゴン云々を差し引いても一肌脱がねばならない。
気合を入れて、ベリルは頷いた。
◆
a、解体手伝い
大型の馬車数台で牽引して来たというドラゴンは各部位ごと大雑把にしか切り分けられていません。無事終わった暁にはクラーク邸からギルドまで運搬する都合もあるので、運搬しやすく、且つ調理に困らないよう解体をお願いいたします。
b、調理
美味しく食べられる部位、調理法を探し出します。肉は不味い、とジョシュアの談です。
c、試食、残飯処理
調理班が調理したものを試食する係です。また、失敗したと思しきものも、ドラゴンなのでそのままでは捨てられません。燃すなり食べるなり、処理をお願いいたします。
選択肢
a.解体手伝い | b.調理 |
c.試食、残飯処理 | z.その他・未選択 |
マスターより
こんにちは、椎名です。いよいよ話も佳境‥‥と言うところでレア物ドラゴン肉を美味しく食べよう! というジョシュアからの依頼になります。ご参加お待ちしております!
※RealTimeEvent【HoundHistory09】ダークヒュージを解呪せよ 連動シナリオ
本シナリオは、世界の歴史を動かす可能性を秘めた企画「リアルタイムイベント」に連動した特別シナリオです。
参加することで【HH09】を冠したグランドシナリオに参加する権利を得ることができます。
登場キャラ
◆
連絡を受け、それぞれに準備を始めたハウンド達。まず行動を始めたのは実食を伴う調理を行う日より早く下拵えを始める必要があった
ナインであった。ナインは一番簡単に解体出来た部位の腿と腹部のブロック肉を前日夜に預かり、取り寄せたナインの地元のワインと野菜とハーブで漬け込んだ。些か漬け込みの時間は足らないが、仕方がない。もしこれでうまくいっていれば、実際に相手の貴族に食べてもらう際にはもう少し日数を取るようにしてもらえば問題はないだろう。
「と、言うことで‥‥漬け込んだ肉がこちらになります」
「なるほど、肉の硬さと臭いを緩和する、良い調理法ですね」
感心したように頷くジョシュアの前で、ナインは漬け汁と共に鍋で煮込まれる肉を掻き混ぜる。
「コニー君にアドバイスを貰いまして」
そう言いながらちらりと視線を向けた先で、
コニーは照れくさそうに頬を掻く。
「試食はこれからですが」
ナインが作るのであればなるべく残したくないと、試食担当として参加したコニーではあるが、彼自身料理の心得はあり、何より植物の知識はかなりなものである。彼が選んだハーブ類と野菜は、臭みを消し肉の硬さを緩和するには最適ものであった。
「この辺りで一度試食してみましょうか」
煮え具合を見たナインがブロック状の肉のを引き上げ、皿に載せる。コニーとナイン、それからジョシュアの三人分だ。
「では一口」
コニーがそう言って、肉に齧り付き、数秒後。
「ちょっと待ってくださいこれ凄い硬いですね」
行儀の悪さを自覚しつつ思わず口から肉を出したコニーに、ジョシュアはしみじみと頷く。
「困りましたね」
皿の上の肉には歯形が付いているのものの、筋張りすぎて噛み切れる兆候はまるでない。
「もう少し煮込んでみましょう」
肩を落として、ナインは呟いた。
「ジョシュアさん、胸と肩とお尻、それから羽根の付け根の肉の炙りが終わりましたわ」
ジョシュアを呼ぶ
エフィの声。彼女は今日はジョシュアの助手に専念している。
「ありがとうございます」
煮込みを続けるナインと肉と格闘するコニーに挨拶をし、ジョシュアはエフィの元へと向かう。皿に並んでいたのは所謂ステーキくらいの厚さの肉と、薄くスライスされた同じ部位の肉の炙り。
「よくこんなに薄く切れましたね」
「このくらい当然ですわ」
感心して肉を眺めるジョシュアの横顔をちらちら見やるエフィは、そわそわと落ち着かない気分だった。
先日
ベリルに相談した件を思い出す。ジョシュアには、現在お付き合いしている相手はいないのだという。幸い、エフィの実家も仕送りのおかげで立ち直りつつある。家柄的には及第点と言ったところだろう。内心ぐっと気合いを入れつつ、エフィは肉を口へ運ぶジョシュアをドキドキしながら見守る。そして、数秒後。
「あ〜‥‥やっぱり、炙りは難しいですわよね」
「予想通りと言えば、予想通りですね」
薄切り肉であったが故に飲み込む事は可能だが、決して美味しい訳ではない。臭い問題は今味見したどの部位も平等にあり、且つ薄切りだと言うのにこの硬さ。並大抵ではない。
「手強い食材です」
用意しておいたハーブティで口直しをするジョシュア。
「ドラゴンの調理なんて、聞いて驚きましたわ。いつもながらジョシュアさんの依頼はぶっ飛んでいますわね」
肩を竦めるエフィに、ジョシュアは目を向ける。そして、見つめ合う事暫し。
「あっ、その、良い意味で、ですわ!
ドラゴンなんてそうそう調理出来ませんし、本当毎回楽しくて‥‥ジョシュアさんのお手伝いが出来て‥‥その、嬉しくて!!」
これは不味いと思ったのをなんとかして訂正しようと慌てているせいで、更にしどろもどろになっている。どうしたものか、とあたふたするエフィに、ジョシュアはふふ、と笑って、首を横に振る。
「ぶっ飛んでる、とは料理人仲間からも言われますからね。いつもエフィさんには手伝って貰えて有難いですよ。エフィさんも料理が好きなんだってわかります」
私はどちらかと言うと楽しそうに料理しているあなたの事が好き‥‥と、今なら言えるだろうか。拳を握って気合を入れて、エフィは、ぐっと唇を一度噛み締めジョシュアを見据え。
「好き、ですわ!!」
意を決して告げた言葉に、ジョシュアは楽しそうな笑みを浮かべた。
「エフィさんの料理へ真面目な所とか、料理への愛があるところとか‥‥その姿勢、とても好ましいと思いますよ」
これはもしかして、料理が好きだと捉えられてしまっただろうか。せっかく告白しようとしたのに。しまった、と思いはするが、だからと言って、料理ではなくあなたの事が好きなのだと訂正するには、少し勇気が足らなかった。
ドラゴンを前に、気が遠くなりかかるのをぐっと堪えつつ、
ナナミは対ドラゴン用のダガーを握りしめる。
「難しい仕事だな」
そう言いながらざっくりと部位を切り分けていくベリルに、ナナミも肩を竦めて力無く笑う。
「いや私も漁師としての技術は持っているから解体はできるつもりだけど‥‥ドラゴンまるごととは‥‥初めてね。こりゃ大仕事だわ」
確かに大まかに切り分けられてはいるが、それでも大きいし、何よりドラゴンである。その上、粗方の肉は硬くて不味いとか。とはいえ。
「解体は料理のはじめの基本的で最重要な作業‥‥だもの、ね」
視線を向けた先では、叔母であるナインとその夫であるコニーがドラゴン肉と格闘している。もしかすると、自分が上手く切り分ける事が出来れば、ナイン姉様の為になるかもしれない。
「まだまだうまくないけど頑張って解体するわよ!」
そう言って、ざくざくとナナミとベリルの2人でドラゴンの解体作業を進めていく事暫し。
「羽根‥‥はかなり薄いけど食べられそうもないわ。付け根の肉はさっき持っていっていたし、あとは‥‥尻尾の付け根、尻尾、骨、と‥‥」
「内臓、あるかな」
ひょこりと解体の作業場を覗き込んだ
アルトゥール・マグナスが、2人に問う。ベリルとナナミが顔を見合わせ、数秒。
「あるにはあるが‥‥」
そう言うベリルがちらりと視線を向けた先には、綺麗に分けられた内臓があった。
「見た感じ、あんまり美味しそうじゃないわ」
ナナミも頷くが、アルトゥールはその評価は気にせず内臓の塊の方へと向かっていく。
「これ、貰っていっても?」
「良いけど‥‥」
そう言うナナミににっこり頷き、アルトゥールは持参した鍋を手に、内臓を見繕っていく。
「肉は美味しくないと言うのなら、内臓はもしかして、と思ったんだよね」
アルトゥールは過食部位をナイフで切り分け、一口大にして下拵えをして鍋の中へと放り込んでいく。鍋の中身は玉ねぎと赤ワイン、溶岩ソース、香草を使用したスープ。
「まぁこんなもんかな」
煮込み始めたアルトゥールの鍋の元へ、他の面々が様子をちらちらと眺める中。
「内臓ですか」
ジョシュアがアルトゥールに断りを入れてから鍋の中をちらりと覗き込む。溶岩ソースの辛味が目に染みるが、心配していた臭みは目立つ様子はなさそうだ。
「これはもしかしたら、かなり良いかもしれませんよ」
その間にエフィはさりげなくベリルの横に来て、先日のジョシュアについての相談の返事に対して礼を言って、去って行く。その間に、アルトゥールの鍋の中身に興味を駆られたらしいナインが首を傾げた。
「何を煮込んでいるのですか?」
その後ろでは渋々肉を食べるのを諦めたコニーが残飯をバケツに詰め込み始めている。
「内臓だそうだ。ところで、コニーは何を?」
首を傾げるベリルに、コニーは顔を上げて、にこりと笑う。
「畑の肥料に出来ないかと」
ドラゴン食材をそのまま投棄するのは無理だが、コニーの畑の文字通り肥やしになるのであれば問題はなさそうだ。
「上手くいく事を祈っておりますわね‥‥」
肥料としての効果の程は謎なので、あとは運を天に任せるしかない。エフィのそんな励ましに、コニーはにっこりとした笑みを返したのだった。
◆
「素材部分もなんとか分け終わったわね!」
ため息を吐きつつ、達成感に笑みを浮かべるナナミに、ベリルが労いの声をかける。コニーとナインも、その頃にはもう内蔵料理の鍋の手伝いに回っていたが、他の誰よりも乗り気だったのはジョシュアその人であったのは言うまでもない。調理を続ける事暫し。アルトゥールが鍋の様子を確認し、それから。
「そろそろかな?」
視線を向けるアルトゥールに、ジョシュアはこくりと頷く。数秒後、緊張した面持ちで二人同時に覗き込んだ鍋の中では、一口大に切り分けられた内臓がぐつぐつと美味しそうに煮込まれていた。今のところ、溶岩ソースと香草のスパイシーな香りでドラゴンの臭みは感じない。
「味見をさせていただいても?」
たずねるジョシュアに、アルトゥールは頷き、皿に内臓とソースを盛って食器と共に手渡した。ジョシュアはそれを数秒眺め、そして。
「っ!!」
内臓を口に含んだ瞬間、目を見開く。ぷりぷりとした弾力のある歯応えがなんとも美味。そして、玉ねぎの甘みと香り高い赤ワイン、アクセントのハーブと溶岩ソースの加減が絶妙だった。臭みも殆ど気にならない。もう少し煮込めば味も染みて臭みは飛んでしまうに違いない。
「素晴らしい‥‥」
瞳を輝かせるジョシュアに、アルトゥールは微笑みで返す。
「失われた命を無駄にしないためにも、そしてあなた方父子にとっても、良い調理法が見つかって良かったよ」
「そんなに美味しいんですか?」
ナインはコニーと共に、訝しげに皿の上の内臓を見つめる。
「ドラゴン自体は結構な大きさです。内臓も沢山あるので、アルトゥールさんが良ければ皆さんで試食してもらって、これを入れたら美味しいとか、こういう味が良いとか、アドバイスをいただきたいのですが‥‥どうでしょう?」
ジョシュアがそう提案すると、ハウンド達は互いに目を見合わせ、それからジョシュアを見る。
「宜しいのでして?」
たずねるエフィに、ジョシュアはにっこりと笑う。
「ええ、勿論。アルトゥールさんは、どうでしょう?」
「構わないし、何より食材はジョシュアさんとお父様のもの、依頼主はジョシュアさんだしね。今回僕は溶岩ソースを使ったけれど、辛くないものでも美味しいと思うし、本当はミルクを使えたら良いと思っていたんだ」
アルトゥールの返答に大きく頷いたジョシュアは、早速皿に内蔵の煮込みを取り分けていく。
「では、残飯は僕に任せてください。立派な肥料にしてみせます!」
そう高らかに宣言したコニーは、硬くて臭くて幾ら煮込んでも食べ切るのが難しい内蔵以外の肉達を集めていく。
数分後、彼らは内蔵の煮込みを囲んで、ああでもないこうでもないと調理法や味付けについて語り合う。
数日後、ジョシュアから件の貴族に内臓の煮込みを提供し、悔しそうに美味いと言わしめたという連絡と共に、グラビティドラゴンの骨や牙、爪など触媒となり得る素材がハウンドギルドに次々と運ばれてきたのであった。
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参加者
 | | b.それではジョシュアさんの助手を務めますね。
| | エフィ・カールステッド(da0439) ♀ 22歳 人間 カムイ 月 | | |
 | | c.覚悟はできています。
| | コニー・バイン(da0737) ♂ 22歳 人間 マイスター 月 | | |
 | | b.ではスジ肉を柔らかくするワイン煮込みの調理法を試しましょう。
| | ナイン・ルーラ(da1856) ♀ 28歳 人間 ヴォルセルク 水 | | |
 | | b.失われた命、無駄にはしません。
| | アルトゥール・マグナス(da2136) ♂ 19歳 人間 ヴォルセルク 地 | | |
 | 私は解体の手伝いをする予定だが‥‥手伝える事があれば言って欲しい。 | | ベリル・ボールドウィン(dz0037) ♀ 27歳 人間 ヴォルセルク 火 | | |
求む、ドラゴンの美味しい調理法
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煮ても焼いても肉が不味いドラゴンの美味しい調理法を一緒に探してくれる方、大募集!
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