オープニング
◆予定外
さくさくと、雪を踏みしめる音がする。
夜の平原は見渡す限りの白化粧となっていた。煌々と月が照らすなか、ハウンドたちが列をなしてそこを進んでいる。
リムランド地方の南西部である。先日、この地に眠るとある遺跡の調査依頼を受けたハウンドたちはこれを終え、あとは帰路に着くだけとなっていた。
だがここで予期せぬ事態に遭遇する。思いのほか調査に時間を取られたこともあり、遺跡の外に出るとすでに夜の帳が降りてしまっていたのだ。
予定を変更して野営するという選択肢もあったが、依頼主の待つ街まではわずか十数kmほどの距離しかない。
どうせ報告をする為に一度は足を伸ばさなければならないのだ。幸いにしてそこまでは見通しの良い平原が続き、雲ひとつない夜空には月が輝いている。
いまから向かえば遅くとも夜半を過ぎる頃には到着できるだろう。
ならばと、ハウンドたちはここに夜の雪行(せっこう)を決めたのだった。
◆思うままに
寒冷地として知られるリムランド地方ではあるが、当然ながらその全ての場所が豪雪地帯というわけではない。まして厳冬期を前にしたこの時期であれば、多少の降雪はあっても凍死するような極寒にまでは至らないという土地も珍しくはなかった。
ここもそうした部類の場所なのだろう。風もなく、見通しのよい平原には魔物の影は見えない。
聞けば交易路として重要な街道が近いらしく、普段から治安維持が徹底されているとのことだった。
足首の高さほどまでに積もった雪を踏みしめ踏みしめ、夜の雪原を行く。
ハウンドのなかには静寂に包まれた道行を少しでも賑やかにしようとする者がいるかもしれない。逆に、思考を遊ばせながらただひたすらに歩みを進める者もいるだろう。
街までの距離が中程を過ぎれば一度休憩を挟むの悪くない。
あるいは雪に反射する月明かりで目が眩み、仲間とはぐれてしまったハウンドもでるかもしれない。
いずれにしても月と星を頼りに歩き続ければ、いつかは目的地に着くだろう。
今夜は、べつに道を急ぐ必要はないのだから。
選択肢
a.雪行を楽しむ | b.休憩の準備をする |
c.仲間とはぐれた | z.その他・未選択 |
マスターより
能條午睡丸です。
本シナリオでは夜の雪原での数時間を描くことになります。
降雪はあるものの快晴で風もなく、気温がマイナス10度を下回ることはありません。よって防寒機能をもつ装備品がなくとも制限は生じないので、持ち込みはお好みでどうぞ。
また、いわゆる魔物の出現はありません。小動物などは生息していますが、発見等には相応のスキルが必要となります。
移動方法に制限は設けませんが、シナリオ趣旨の観点から徒歩をオススメします。
選択肢は大まかな指針とお考えください。
『目的地まで移動している途中』という状況にさえ沿っていれば様々な行動を試すことができます。
a
雪行を少しでも楽しむようにします。
『楽しむ』の定義は人それぞれなので、会話など仲間ありきの行動でもよし、ごく個人的な行動でもよしとなります。
b
街まで半分ほどの距離で一度休憩を挟むことになるのでその準備をします。
本格的なキャンプ行動など時間のかかるものは避けた方がよいでしょう。
c
何らかの理由で独りで、あるいは誰かと一緒にほかの仲間とはぐれた状況です。
合流せず、目的地まで仲間と別行動しても構いません。
それでは、みなさまの雪行プレイングをお待ちしています。
登場キャラ
◆列をなして
さくさく、さくさく、と。
自然と隊列をなしたハウンドたちは一定のリズムで雪を踏み、月光に照らされた雪原に歩みを進めていた。
無意識ながらもその挙動が整然としているのは、ハウンドたちがこれまで培ってきた経験によるものだろう。
しかし、なかには好奇心の赴くままに足を遊ばせる者もいる。
さくさくさく……さく! さくさくさく!
「……へぇー、これが雪ってものなんだー」
パメラ・ミストラは隊列を離れると、誰も足を踏み入れていない新雪の感触を確かめた。
ここまでは前の者に続いて歩いていたが、未体験の感触を前についに我慢の限界がきたようだ。
「砂漠の夜も同じように寒いけど、雪の上を歩くのは砂とはまた違う感触だね」
サンドラ王国で生まれ育ったパメラにはこれが人生で初めて目にする雪景色であるらしい。隊列と並行しつつ、新雪を踏みしめる感触を心ゆくまで堪能する。
「……あ、ほら! あっちの方まで真っ白に光ってるよ!」
そう言ってパメラの指さす方向に目を向ければ、まるで白く輝く雪原がどこまでも広がっているように錯覚する。
「確かに、たまにはこうして雪景色を楽しむのも一興というものじゃのう」
ケイナ・エクレールはそんな景色に目を細めた。
「これがもし吹雪だったりしたのなら、こんな風に楽しむ余裕もあるまい」
「そうなの?」
「うむ、下手をするとすぐに遭難じゃ」
荷物の重さで着崩れてきた魔法の防寒着の襟元を戻し、その手に白い息を吐きかけるケイナ。幸いにして身を切るような寒風こそ無いが、それでも。
「なかなかにくそ寒いが……我慢できんこともないのう。これで夕食の獲物を狩らねばいかんとかなら厄介だったが、それがないだけマシなのじゃ」
依頼主の待つ街に着くのがいつになるかは不明だが、宿があるなら何かしらの食事にはありつけるだろう。
雪の中で獲物をいちいち探すのなど御免じゃからな、とケイナは結んだ。
「……そうだな。慌てなくとも目的地は逃げないし、折角だからこの眺めを楽しむとしよう」
そんな雪景色につられて、
アイオライト・クルーエルは張り詰めていた警戒の糸を少しほどいた。
たとえ治安維持が徹底されていても不測の事態は常に起こりうる。まして夜の野外となれば、無意識にでも周囲を警戒するのが彼の常態である。
「それに月も美しゅうございますよ、アイオライト様」
背後から
シャルル・シュルズベリが声をかける。少しでも緊張を解そうという心遣いなのだろう。
「このまま遺跡調査の結果を無事に届けることができれば、ようございますね」
「それなら、問題はなさそうだぞ」
二人の会話に、隊列の先頭を歩いている
ベル・キシニアが答えた。
「遺跡を出てからこちら、魔物はおろか大型の動物の影すら無いからな」
言葉には少し落胆が交じる。遺跡にそれほど手強い魔物が生息しなかったこともあってか、昼間の仕事はベルにはいささか物足りなかったらしい。
「なにかいたら真っ先に平らげたいところだったんだがな……。それよりパメラ、何をしてるんだ?」
そんなベルの言葉に全員が横を見れば、いつの間にかパメラが雪玉を転がしながら歩いていた。
「え、これ? どこまで大きくできるのかなー、なんて思って!」
どうやら雪を弄っている間に思いついたらしく、みるみるうちに雪玉はその大きさを増していく。
「お、おおおーっ! 雪って面白いんだね!」
「初めてではしゃぐ気持ちもわかるが、むやみに雪を触っていると身体が冷えてくるぞ?」
「も、もうちょっとだけ! これは故郷に帰った時のいい土産話になるよー!」
そんなベルの気遣いも好奇心に駆られたパメラには馬耳東風で、結局ひと抱えもある雪玉を完成させてしまうのだった。
◆中間地点
ハウンドたちが遺跡を出発して、すでに数時間が経とうとしていた。
「どうだろう、だいぶ歩いたし一度休憩をとらないか?」
前方に岩場を発見したベルが仲間にそう声をかけた。あくまで体感だが、すでに目的地までは残り半分ほどだと思われる距離まできている。
「……おあつらえ向きですね。皆様もお疲れになる頃合いですし、わたくしはよろしいかと存じます」
岩場の周囲を確認してシャルルが同意する。おそらく野営地として日常的に利用されてきたのだろう、焚き火の痕跡もあった。
「皆は……」
「さ、さんぜいっ! も、もう限界……」
パメラが激しく賛同した。もの珍しさにはしゃいでいたのも束の間、だいぶ前から寒さに震えていたのだった。
他の仲間にしても異議はなく、ここで小休止をとることで一致する。
「おかしいなー、こんだけ厚着してるのに……」
「素手であれだけ雪を触ればそうなるだろうな。よし、少し待っていろ」
「ベル様、薪はこちらをお使いください。ここで使い切ってしまいましょう」
ベルが火打ち石や火口(ほくち)などを取り出すと、シャルルが遺跡での野営用に残しておいた薪を差し出した。岩場の周囲にも薪が僅かに残ってはいるが、おそらくはこの雪で湿っているだろう。
「助かる。さすが準備がいいな」
「少々重とうございましたが、遺跡に捨て置かず正解でした」
こうして、手早く火を熾していく二人。
「やれやれ、ようやく人心地ついたのじゃ」
「うおーん、あったか~い……」
ケイナとパメラが早速焚き火にかぶりつくと、冷え切った手を温めはじめる。
不思議なもので、すぐ目の前に明るい炎があると周囲がやけに暗く感じられるようになった。眩しい程だった月光も、いまは心許ない。
「……ちょっと周りの様子を見てくるよ。シャルル、ご婦人たちにこれをお貸ししてくれ。南国育ちには堪えるだろう」
アイオライトは毛布を差し出して友人に託すと、焚き火から離れていく。どうやら周囲の様子が気になっているらしい。
「承知しました……ですがアイオライト様、あまり遠くまで行かれませんよう」
「大丈夫、近くを見回ってくるだけさ。迷子になるほど子供ではないから安心してくれ」
そう言い残し、岩場を離れた途端に再び冷気が彼を包み込んだ。
ぐるりと回り込みながら周辺に目と耳を配る。しかし返ってくるのは静寂のみ――否、微かに狼の遠吠えのようなものが聞こえてきた。
「狼……確か、好んで雪山に生息する狼がいたな」
声は遠く、危険はないだろう。
しかし遠吠えにつられ、無意識のうちに岩場から離れていた自分に気付いてアイオライトは思わず苦笑した。
(これで本当に迷子になったらシャルルに叱られてしまうな……なに、そうなれば足跡を辿って戻ればいいさ)
そんなことを考えながら、アイオライトは澄んだ夜の匂いを肺に入れて、しばしの瞑想に耽るのだった。
◆夜のお茶会
「皆様、お茶が入りましたよ」
シャルルがハーブティを淹れ、仲間に配っていく。寒冷なリムランド地方へ向かうとあって、荷物に乾燥させたハーブを少量忍ばせておいたらしい。
ちなみに飲料水はベルが、沸かすための魔法の銅鍋はケイナが提供したものだ。
「あまり長居はしないから一杯ずつだな」
「うむ、誰かに茶を淹れて貰えるのは楽ちんで良いのう。こんな寒い夜となればなおさらじゃ」
受け取ったカップに口をつけてケイナがしみじみと言った。長時間歩いた後だけに、なおさら冷えた身体に染み渡る。
「これで菓子でも付けばなお……おお、そうじゃ」
何か思い出したのか彼女は自分の荷を開くと、そこから豪勢な化粧箱を取り出した。高級ストロベリーパイの詰め合わせである。
「調査の合間にでも摘もうと入れておったんじゃった。皆、食べてくれ」
淹れたてのハーブティに甘い菓子。思いがけない夜のお茶会の始まりである。
「ほら、パメラ。飲めば温まるぞ」
「ありがとう~。あー、ポカポカするねえ……」
外と内から同時に身体を温めてようやくパメラが安堵の息をついた。アイオライトに借りた毛布を頭から被って、ともすれば遭難したように見えなくもない。
「あたしはこれから一生、絶対に雪には手を触れないよ……」
手を冷やしたのがよほど堪えたのかパメラがそんな誓いを立てると、それを聞いたベルが思わず微笑う。
「それなら安全だな……しかし、いいのか? 世の中には雪を使った遊びというのも沢山あるんだぞ?」
そうして様々な雪遊びを並べ立てていくベル。実体験も交え、いかにも楽しそうなその遊びの数々にパメラは。
「うっ、なんだかすっごく楽しそう……じゃ、じゃあ、遊びの時は別っていうことで!」
そう取り決めて、熱いハーブティを喉に流し込むのだった。
その後、とりとめない話題に花を咲かせているとアイオライトが戻ってきた。
「周囲に特に問題はないな……どうした、ずいぶんと盛りあがっているな?」
「うむ、シャルル君から雪や月星に纏わる興味深い話を聞かせてもらっていたところじゃ」
ケイナが答える。シャルルは以前にリムランド地方に関する書を目にしたことがあるらしく、そこにはまさしくこんな夜を題材にした伝説が記されていたというのだ。
「それは興味深いな。俺も聞かせてもらおう」
「ほんのお耳汚しでございますよ。それよりもアイオライト様、まずはこちらを」
そう微かに笑って、シャルルは熱いハーブティを差し出したのだった。
◆夜半を過ぎて
休憩を終えたハウンドたちは再び雪原を歩き始めた。
天候は変わらず極めて穏やかだが、やはり夜が更けるにつけ寒さは増していく。
誰からということもなく、その足並みは速くなっていった。
「……見えたぞ、あれがその街だな」
先頭のベルが目的地を見つけ、そう告げた。交易路の中間点として賑わっているらしく、こんな夜更けだというのにまだ灯りが点いた建物がある。
「やれやれじゃな。贅沢は言わんから、暖かい部屋と温かい食事が欲しいところじゃ」
「ホントだよね……」
「そうだな、あれだけの街なら宿屋も期待できるだろう……さ、急ぐぞ」
疲れ果てた様子のケイナとパメラを急かして、ベルが歩みを進める。
「厄介な魔物などが出現しなくて、ようございましたね」
「まったくだな、シャルル。しかし、ここまで雲一つないと明日の朝は特に冷え込みそうだ」
「では朝食には熱いスープをご用意いたしましょう」
それは楽しみだ、そう頷き合うとシャルルとアイオライトは急ぐ仲間たちの後を追った。
空には月。
地には雪。
不揃いな足跡だけを残して、ハウンドたちの月下の雪行は幕を閉じたのだった。
5
|
|
参加者
| | b.まぁ、暖かい飲み物でも用意してやるか
| | ベル・キシニア(da1364) ♀ 28歳 人間 ヴォルセルク 風 | | |
| | a.慌てても目的地は逃げないからな。折角だから楽しむとしよう。
| | アイオライト・クルーエル(da1727) ♂ 28歳 人間 ヴォルセルク 陽 | | |
| | b.月が美しゅうございますね。温かいお茶の準備でも致しましょうか。
| | シャルル・シュルズベリ(da1825) ♂ 33歳 人間 カムイ 月 | | |
| | a.湯くらいは沸かしてやる故、美味い茶を頼むぞ。菓子があれば尚良いのう。
| | ケイナ・エクレール(da1988) ♀ 30歳 人間 カムイ 火 | | |
| | a.これが雪かぁー(←サンドラ生まれ)
| | パメラ・ミストラ(da2242) ♀ 25歳 人間 ヴォルセルク 水 | | |
一面の銀世界
| |
リムランド地方の南西部、依頼を終えたハウンドたちが目にしたのは月光に照らされた雪原だった。さあ、ひと仕事終えた解放感のまま夜の雪原を気まま行くとしよう。
|