【HH08】ドラゴン、襲来

担当午睡丸
出発2022/07/03
種類グランド 冒険(他)
結果成功
MVPアルトゥール・マグナス(da2136)
MVSビア・ダール(da1972)

オープニング

◆青天の霹靂
 時に、神聖暦922年。
 6月のとある日、ローレックの街は破滅の脅威に晒されていた。

 突如として二体のラージドラゴンが襲来――攻撃を開始したのである。


登場キャラ

リプレイ

◆翼の群れ
「大変ですぅ! ドラゴンのカチコミですぅ!」
 慌てた様子でカーミレ・セリーザが叫んだ。
 いったいどこから飛来したのか、ダークウイングドラゴンの群れが一直線に大聖堂を目指してくる。その目的、あるいは理由は不明だが――もしかすると大聖堂の周辺にいる多くのコモンに気付いたのかもしれない。
「うう~……。ど、どうすればぁ……」
「カーミレ姉さ~ん。すこし落ち着いて、いまさら慌ててもしかたがないわよ~」
 妹のカモミール・セリーザがそう促した。表向きはいつもの如くのんびりした口調だが、さすがにその表情は固い。
(とはいえ、飛び回る相手は厄介よね~。弓矢でも使わないとこちらの攻撃が届かないし……)
 古来より、戦いにおいて上方に位置することには絶対的な優位性があるとされる。となれば、空を自在に舞うスモールドラゴンの群れがコモンにとってどれだけの脅威なのかは言うまでもないだろう。

 ――だが、ここにいるのは他でもないハウンドである。

「ボクたちで大聖堂を守らなきゃ……みんなでがんばろう!」
 フラールが仲間たちを鼓舞する。もし大聖堂の内部への侵入を許せば、人的被害はさらに深刻なものとなるだろう。
 ならば、やるべきことは一つ。
「その通りですわね……わたくしたちの身体を囮にしてでも、ここで防ぎましょう」
 レクリーン・シモンヌが応じ、魔法の杖を握り締める。
 住民たちは速やかに大聖堂の内部へと逃げ込んだ。いまはだた、このドラゴンの群れを撃退するのが最優先だ。
「その意気ね。ここを頼りにしている怪我人の為にも、なんとしても私たちで護るわよ」
 シルヴィ・エインセルの言葉を受けてハウンドたちが左右に散開した。

「……シャアッ!」
 いまだ逃げずにその場に留まる存在――つまりハウンドに気付いてドラゴンどもが次々と急降下してくる。
「神職にある者として、ここから先へは行かせません!」
 標的となったひとり、ナイン・ルーラの斬撃がベールのような軌跡を描いた。
 先んじてローレライによって生成しておいた水の剣による迎撃である。先の手を取ったナインの攻撃はドラゴンを捉えるが、その勢いを削ぐことはできなかった。
 竜の鱗がその威力を無効化したのである。
「ギャァオ!」
 翼が視界いっぱいに広がり、後ろ脚に備わった巨大な鉤爪がナインの二の腕を薙いだ。
「……くっ!」
「ナインさん!」
 すかさず夫であるコニー・バインが加勢に入るが、彼の曲刀が届く前にドラゴンは再び空へと舞い上がっていった。
「大丈夫ですか?」
「かすり傷です……しかし、この数は厄介ですね」
 スモールといえどもその鱗の能力はミドルやラージと同等だ。しかもダークウイングドラゴンは高い回避能力をもち、そもそもの攻撃を当てること自体が難しい。
 さらにこの数の多さである。一体を囲んでの各個撃破を狙おうにも、いまのようにすぐに飛び去ってしまう。
 事実、この場のハウンドたちはドラゴンの一撃離脱に翻弄されつつあった。
「これは消耗戦になるかもね……『ウニ』、私の代わりに怪我人の治療は任せたわよ!」
 アステ・カイザーは随伴させていたユニコーンにそう頼むと、クロスボウに矢をつがえて慎重に戦況を観る。
 竜牙製の矢頭をもつ矢は六本しかなく、無駄打ちはできない。

「……これは、少しでも引きつけた方が良さそうですわね」
 レクリーンは着火したトーチを手にそう考えていた。
 火を恐れないのか、あるいはそれ以上に凶暴だからか、二体のドラゴンが彼女めがけて迫ってくる。
「はっ!」
 事前に成就しておいたファイアワールドによってトーチの炎を操り、牽制して少しでも大聖堂から離すように誘導する。
「……ヴィンドスヴァル!」
 フラールから援護の吹雪が放たれた。効果上昇を併用したそれは運良く鱗の影響を免れ、魔法抵抗されてもなお強烈な冷気を浴びせかける。
『……ありがとう!』
『あまり無茶はしないでねー!』
 フラールのテレパシーによって念話を交わし、レクリーンは再びドラゴンを引きつけていった。
「こっちにはあまり来ないようなー? でも、その分動きやすいし、どんどんいくよー!」
 なぜか他のハウンドに比べて狙われにくいフラールだが、彼自身はその理由に気付かない。いまはそれを利用して、随伴させていたベビィサラマンダーとともに援護に注力するのだった。

「……ディレクトガガ!」
 カーミレは緑水晶製ガーゴイルの『グリド』を具現化し、自身と妹の護衛の命令を与えた。ドラゴンにはドラゴン型、つまり鱗には鱗で対抗しようというのだ。
 飛翔したグリドはウイングドラゴンを空中で迎え撃つ。大きさでは圧倒的に劣るが、その石の如き強固な身体でしぶとい立ち回りが期待できる。
「そ、そこですぅ!」
 グリドを援護すべくカーミレがアポロンボウに銀の矢をつがえ、弦を引き絞る。だが、そこに別のドラゴンが急襲し大きく羽根を羽ばたかせてホバーリングした。
 直下に暴風が巻き起こる。そして同時に周囲にいたハウンドを強烈な『気当たり』が襲った。
「あっ!」
 どうにか萎縮と転倒を堪えたカーミレだが、暴風のなかに放たれた矢はあえなく狙いを逸れてしまう。
「くっ! ……いや、焦っちゃだめですぅ」
 嘲るように飛び去ったドラゴンを見送ってカーミレは自分の頬を叩いた。ドラゴン同士が互いをカバーし合うのなら、自分たちが同じようにできないはずがない。
(……私はお姉ちゃんですぅ。妹であるカモミールが戦うという以上、私だって戦いますぅ!)
 カーミレがそんな決意を固めている間、カモミールは冷静に周囲を観察していた。

◆聖域へ行こう!
「姉さん、もう一度ドラゴンをおびき寄せてくれない?」
「……へっ? わ、わかったですぅ!」
 カモミールからの突然の言葉に一瞬戸惑うカーミレだが、即座に返答すると再びグリドを援護するべく弓を引き絞る。
 すると、そうはさせじとばかりにまた別のドラゴンが向かってきた。
「みんな、ちょっと近くに集まってね~」
 カモミールが間近にいる仲間たちにそう呼びかけると、またも翼による暴風が巻き起こった。
「……プリズマティック!」
 その接近を待っていたカモミールが魔法を成就し、範囲にいたものすべてを『聖域』へと引きずり込む。
 と、同時にグリドと二体のドラゴンが地面へと落下した。術者であるカモミールによって聖域内での飛行が禁止されたのだ。
「カモちゃんナイス! 飛べないウイングドラゴンはただのドラゴンだー!」
「ガアッ!」
 好機とばかりに距離を詰めるアステ。だがドラゴンは飛べずとも戦意を失うことはなく、巨大な鉤爪でこちらを威嚇してきた。
「……あ、攻撃の威力も倍化させてるから気をつけてね~」
「そ、そういうことは先に言ってよ……!」
 慌てて接近を止めるアステ。当然ながら、聖域内での特殊現象はハウンドにも作用する。場合によっては先に致命傷を受けることにもなりかねない。
(まてよ……これ、リムーブカースで解呪したらおとなしく住処に帰るかな?)
 思いついたアステがそう宣言すると、他のハウンドたちは速やかにもう一体へと攻撃を開始する。
 効果上昇を併用して聖域内での滞在時間を増やしてはいるが、悠長にはしていられないからだ。

「……ディレクトガガ! 『ゴレムガー』、起動!」
 コニーによって戦闘型ガーゴイルが具現化する。
 マイスターとして研鑽を積んでもう数年。その集大成とも呼べるのがこのゴレムガーなのである。
「行け! お前こそが僕の切り札だ!」
 主に応えるかのようにゴレムガーの腕が飛翔(と)んだ。月創強化を併用したことで与えられた能力により、回避を許さない一撃がドラゴンの胴を打った。
「ギャア!」
「コニー君に続きますよ」
「ええ、ナインおば……姉さん!」
 ナナミ・ルーラは睨まれる前に言葉を訂正しつつ、ナインとともに追撃をかけた。
 ルミナパワーを付与した湾刀でナインが斬りつけると、その動きをサポートするべくナナミが矢を射かける。
 竜牙製の矢頭をもつ矢を、オーバーロードの戦技によって撃ち出したのだ。さしもの竜の鱗もこれを防ぐことはできず、ゴレムガー、ナインと合わせた波状攻撃の前に次第に手傷を重ねていった。

 一方で、解呪を試みるアステはというと。
「……やった! 成功ね!」
 何度かの魔法抵抗による失敗のあと、ついに呪い――エクスマリスが解かれた。ロマである翼の目玉模様が消え、ドラゴンは自らの変化に戸惑うように周囲を見回した。
(さあ、争いは止めて巣にお帰り……)
 成就してあったエンパシーにより心で呼びかけるアステ。
 見つめ返すドラゴン。
 ――やがて。
「ガアッ!」
「うわっ! 聞く耳もたずー!?」
 ドラゴンは変わらず凶暴に牙を剥いてくる。
 アステは識らなかったのである。ダークサイドであるなしに関わらず、ウイングドラゴンという種が非常に凶暴であることを。
 そしてエンパシーを使えど全ての生き物が応じてくれるとは限らない。
「これは、説得失敗ね~」
「も、もう待てないですぅ! 攻撃開始ぃ!」
「うわーん! 私の真心と魔力を返せー!」
 ここまでドラゴンを牽制してくれていたセリーザ姉妹とともに、悲しみを背負って攻撃を開始するアステであった。

◆ひとまずの結果
 ハウンドたちが聖域から帰還すると同時に二体のドラゴンが屍を晒した。

 これは取り込まれなかった者の視点にすれば一瞬の出来事にすぎない。事情を察知できるハウンドならばともかく、ドラゴンどもは仲間の不可解な死に対して戸惑い、あるいは怒りを募らせた。
「やったね! よーし、ボクもやるよー!」
 フラールはアイスエイジを成就し、警戒して上空を旋回するドラゴンどもを取り込む範囲で零下空間を作り出した。
 空気さえも凍てつかせるような冷気がドラゴンを苛み、その行動能力を大きく阻害する。
「……いまね」
 この好機を見逃さず、シルヴィは愛用の弓――ケーニッヒボーゲンの形状をドラゴンボウのそれへと変形させた。
 仰向けの状態のまま両の足で弓を押さえ、ドラゴンアローをつがえる。
 そしてオーバーロードの戦技によって限界以上に弦を引き絞った。
「さあ、堕ちなさい……!」
 放たれた巨大な矢はドラゴンを貫き、失速によってその体躯が落下してくる。
「ク、クエェ……!」
 たまらず数匹のドラゴンが高度を下げて零下空間から逃れる。と、そこにレクリーンの姿を認めたドラゴンどもは怒りの矛先を彼女に向けた。
 肉薄し、まもなくその爪が柔肌にかかろうかというその時――。
「……ファイアボム!」
 レクリーンの魔法が成就され、直上に炎弾が撃ち出される。そして、ドラゴンの一体に命中したそれは空中で爆ぜた。
「ゴホッ……あまり美味しくなさそうな焼きトカゲの完成ですわね」
 瀕死の体を晒したドラゴンを横目にレクリーンが言う。火への抵抗を得たうえでの、肉を切らせて骨を断つ戦術だったのだ。
「あっ! ほら、みんな逃げてくよー!」
 フラールの言葉通り、残った僅かなダークウイングドラゴンどもは、いずこかへと飛び去っていった。

「やれやれ……ひとまずは防衛成功といったところね。でもまだ何が起きるか分からないわ。態勢を整えて気を緩めずにいましょう」
 ドラゴンを撃退し一時の安堵を得たハウンドたちだったが、シルヴィの言葉に再び心が逸るのを感じていた。

◆捜索開始
 一方、街の南東部では――。

 ラージドラゴンによる妨害のあと、ハウンドたちは周囲を警戒しつつ自警団の面々とともに速やかに女性を救出した。
 ドラゴンが再びその姿を消したことに不気味さは残るが、この隙を見逃す手はない。
「……では、私たちはこの女性を連れて一度大聖堂に戻ります」
 幸いにして女性の命に別状はないが、このまま連れ回すわけにはいかない。自警団の数人を運搬に回し、大聖堂へと運ぶこととなった。

「まさか、ローレックの街がこんな事態になるとは……」
「ええ。ここまで襲撃してくるとはドラゴンも本気ですわね」
 自警団の面々を見送りつつ、アリー・アリンガムエフィ・カールステッドは驚きを隠せなかった。
 オーディア島におけるコモンの本拠地であるこの街が、まさか直接ドラゴンに襲われることになるとは。
「トラ姉、大丈夫かなぁ……」
 ティア・ターンズは街の中心部へと向かった義姉を案じる。
 この場を見れば一目瞭然だが、敵意あるラージドラゴンが都市に出現することは、それだけで甚大な被害を発生させうる。
「心配だけど……あっちは任せて、あたしたちは助けを待つ人たちを探さないとね」
「そうですね。この修羅場の中では騎士団は他の対応で手いっぱいになっているでしょうし……」
 アルトゥール・マグナスはアースアーマーとガードを成就してそう頷いた。ドラゴンによる妨害が再び起こった時に備えてのことである。

 街に残った騎士団の戦力はローレック城にて貴族や豪商を保護し、守りを固めているだろう。諸外国からの客人に被害でもあれば、この襲来を耐え抜いても後々の都市運営に悪影響がでかねないからだ。
 一聴すると打算的で冷酷な判断とも思えるが――街の住民すべてをローレック城に収容できるはずもない以上、こうした区分が発生することは避けられない。
 これもまた、ローレック王の下した難しい決断の一つだった。

「だからこそ、街のことは私たちハウンドに託されたわけですからね。頑張りましょう、私たちの為、この街の為、みんなで幸せになる為に」
 アリーはそう結びつつも内心でほくそ笑む。
(それに。ふふふ、『あの方』に恩を売るチャンスですわね……)
「ここと同じように破壊された建物を中心に捜索しましょう。助けが必要な人がいるとすれば、同じような状況の可能性が高いはずです」
 アルトゥールが周囲の家屋を指し示す。
 理由は不明だがドラゴンは建物を破壊している。ならばそれが捜索の目印となるはずである。
「さあ出番だよ。一緒に助けを待っている人を探そう」
 ティアが連れていたアキタドッグとともに行動を開始した。

 自警団とともに要救助者を捜索するあいだ、他のハウンドたちは周囲を警戒しつつその護衛にあたる。
「それにしても、ラージドラゴンが複数とは厄介だな……」
 リディオ・アリエクトはいつでも飛び立てるように魔法の箒を準備しつつ、周囲を注意深く観察していた。
「ああ。それに……奴らはきっと知性と悪意をもっているぜ、リディ兄」
 背中合わせに周囲を警戒する義弟のソレイユ・ソルディアスがそんな感想を漏らした。
 短絡的な思考のドラゴンであればすでに襲いかかってきたはずだ。身を隠したのが数的な不利を悟ったからかどうかは分からないが、少なくとも獣並の知性ということはないだろう。
「他の場所でも同じように『狩り』を行ってきたんだろうな。だけど……ここではあいつらを倒してみせる」
「そうだな、ソラ。これ以上この街で暴れられちゃ困るし、さっさとご退場願うとするか」
「そーですのっ! こんなヒドいことをするんなんて、許せませんのよっ!」
 二人の頭上でレネットが『ぷんすか』と怒りを顕にする。
「このイヤリングがあるから情報交換はお任せですのっ! リディオさんと一緒にあのドラゴンを見つけたら、ちゃんと連絡しますわっ!」
 むん! と胸を張るレネットだがラージドラゴンが怖くて単独行動をしないというのは秘密である。
「ははっ! 頼もしい相棒だな、リディ兄? 俺もムーンカムを持ってるから何かあれば連絡を頼むよ」
「ああ……じゃあ、また後でな!」
 捜索の範囲を広げる為に一同が移動するに合わせて、三人は二手に別れたのだった。

◆捜索と妨害
 捜索の範囲は広く、救助の猶予時間はあまりないが、この区域は大きな屋敷が多く見通しがきかない。
 一同はドラゴンの奇襲を最大限に警戒しつつ、捜索範囲を広げる為に散開せざるを得なくなっていた。

『……いました、ここです!』
 アリーがテレパシーで皆に呼びかけた。愛犬『クナイ』とともに半壊した屋敷を調べた結果、内部に閉じ込められている住民を発見したのである。
 自警団が現場に集まってくると、護衛のハウンドたちは即座に周囲を警戒する。
「……ダメだ。完全に崩れちまってます」
 豪奢な屋敷は見る影もないほどに崩れてしまっていた。そこには、まるで中にいるコモンを完全に押しつぶしてやろうという意図が感じられる。
「これは人の手では難しいですかね……では、キャサリンさん?」
「オッケー、じゃあみんなちょっと離れてね!」
 アリーに呼びかけられたキャサリン・モロアッチがディレクトガガを成就する。
 具現化させたのは戦闘型ガーゴイルの『ビッグスカイ』。さらにキャサリンがその内部へと入り込む、『合身』と呼ばれる特殊な形態を成した。
「すげー……!」
「あっという間だ」
「ふふーん! 巨大ガーゴイルはだてじゃない! ってね!」
 4mにもなる巨躯を駆使し、キャサリンが瓦礫の山を撤去していく。

「こっちにもいたよー!」
 近くにあった別の屋敷でもティアが住民を発見していた。どうやらこの周囲に被害が集中しているようだ。
「よーしよし、よく見つけてくれたね!」
 アキタドッグを褒めるティア。屋根の下敷きになった男性の匂いに気付いたのか、ここまで誘導してくれたのである。
「……うう」
「気をしっかり。いま助けますぞ!」
 駆けつけたビア・ダールも加え、自警団とともに男性を救出する。
 こうして救出作業は順調に進んでいるように思えたが……。
「……危ない!」
 マリカ・ピエリーニの警告が響いた。と同時に新たな瓦礫が落下してくる。
「みんな気をつけて! 出たよ!」
 オスカル・ローズの言葉に見上げると、三階建ての屋敷の上に巌のような巨体が鎮座していた。

 ――ダークグラビティドラゴンだ。

 狂ったように巨大な尾を打ち据えると、破片が雨のように降ってきた。
「さ、させないんだからーー!!」
 ユナ・プリセツカヤが男性を守るべく立った。スライスシールドとルミナシールド、両手の二種の盾を用いて瓦礫から男性を庇う。
 落下してきたのが小さな破片ばかりだったのが幸いし、どうにか被害はなかった。
(こ、こわいけど……避難がすむまではユナたちが護らなきゃ……!)
「いったいどこから……」
 少し離れた場所で警戒していたエウロ・シェーアがムーンドラゴンの背上で首をかしげる。当然ながらハウンドたちは空を警戒しており、あの巨体が飛翔してきたのなら気付かないわけがない。
 そもそも――この周囲に被害が集中していたのは救助にくるコモンを誘き寄せる為か。
「……ファイアボム!」
 先手を打つべくオスカルが炎の弾を放った。仲間がドラゴンに取り付いてからでは巻き込む恐れがあることに加えて、あわよくば怒りを誘って地表へ誘導したい思惑である。
 屋敷の上で爆発が生じ、破片が周囲に撒き散らされる。ドラゴンはというと、一瞬オスカルに意識を向けたものの激情にかられて降りてくるような動きはない。
「抵抗された? だけならまだいいけど……」
 鱗によって無効化された可能性もあるが、その判断はつかない。
「救助の為にもそこから離れていただきます!」
 エフィもまた注意を引く目的で矢を射かける。その竜牙製の矢頭は鱗の能力に阻まれることがないが――命中したにも関わらずドラゴンは痛みを感じている様子を見せなかった。
「あの光る鉄のような鱗……かなり固いですわね」
 射手としての直感がそう告げる。要するに、特殊な能力を別にしてもそもそもの鱗の硬度が高いのだ。
 牽制攻撃を浴びてもなおドラゴンは変わらず、足元のコモンの様子を窺っている。
 慎重かつ冷静。あくまで地の利を捨てる気はないらしい。

「……どうやら、苦しい戦いになりそうね」
 ティファル・クラウディアがぽつりと呟いた。
 ラージドラゴンが相手、しかもその直下には助けを必要とする人々がまだ残っているのだ。
「ええ。強力なドラゴンですし、攻撃を集中させる必要がありますね」
「ああ、ここは突撃だね!」
 シェール・エクレールユミル・エクレールは顔を見合わせて頷いた。誘いに乗らないのならば実力行使あるのみだ。
「都市に現れたラージドラゴン……後々に備えて、今日のことは記録は残しておかないとね」
「それなら、一番大事なことがありますよ」
「そりゃなんだい?」
 いつになく真剣なシェールの言葉にティファルとユミルが尋ねると、彼女は極めて真面目な表情(かお)を見せた。
「あのドラゴンは……美味しいでしょうかね?」

「救助と避難が完了するまで時間を稼ぐわよ!」
 数種の魔法を成就し終えたマリカは、ムーンドラゴンの『クイーン』に騎乗すると屋根上を目指して飛翔する。
(ここまでの大攻勢があるなんて……誰が糸を引いているのかしらね?)
 ラージドラゴン、しかもそのダークサイドが二体同時にコモンの都市を襲うなどと不自然極まる話だ。
 さらに時を同じくして動き出したデュルガーたち。そこに関連性を見出さない方が無理というものだろう。
「こんにゃろ! 誇りあるドラゴンならこんな悪事はしないんだぜ!」
 そんなことを考えているマリカの脇を、竜の翼を成就したグドラが突撃していく。
「……いや、細かい事は後で考えよう! いまは街を護ることが最優先よ!」
 再びドラゴンに姿を隠されては救助の妨げになり、被害が拡大するばかりだ。
 ハウンドたちはどうあっても食らいついていく必要があった。

◆時間稼ぎ
『ソレイユさん、おっきいドラゴンがでましたのっ! ええーと……お日さまが沈む方向ですのよっ!』
『ああ見えた! いまそっちに向かってる!』
 レネットがムーンカムで連絡をとる間、リディオはシグナルフェザーを成就する。
「額の目……か? そこが弱点だ!」
 風の精霊の加護が宿るCROSSを用いることで、対象の位置や生命力のみならず弱点をも識ることができる。リディオはこの情報を仲間へと伝達した。
「……でも、全然開かないみたいですのよっ?」
「さて、眠いのかもな……ともかく俺たちはまず住民の避難を手伝うぞ!」
 ドラゴンの周辺に複数の救助活動を確認すると、二人はそこへ向かった。

『やい! お前らは呪われているからこんな事をしてるんだ! 早く呪いを解いてもらうんだぜ!!』
 最初に接近したグドラがドラゴン語で話しかける。無駄は承知の説得だが、同じドラゴンとして言わずにはいられなかった。
 そしてやはりドラゴンは反応を見せない。ここまで接近しても威嚇に留めているのはキティドラゴンがエクスマリスによる悪意の対象ではないからだが――あるいは竜語を解さないという可能性も考えられた。
「グドラ殿、あまり近づくのは危険でござるよ!」
『おい、聞いてんのかよっ!』
 同行していたブシラの制止も聞かず、激情にかられたグドラが攻撃を開始する。ダークサイドとはいえ攻撃を受ければコモンかどうかは関係なく、迎撃体制に入るドラゴン。
「やむを得ぬでござる!」
 ブシラも腹を括ると攻撃を開始する。ひとまずの目的は救助活動の邪魔にならないように引き離すことだ。
「うおお! ……ぐわぁ!」
「グドラ殿!」
 巨大な尾が凄まじい速度でグドラを打ち据えた。その精度は回避を許さず、また、運悪く竜の鱗の防御も機能しなかった。
 強烈な痛みを感じながら吹き飛ぶグドラ。
 と、そのときドラゴンの背後から強烈な一撃が加わった。同時にイーグルドラゴンに乗ったユミルの姿が出現する。
「さあ! お前は煮るのと焼くのとどちらが美味い!?」
 ペットの能力で透明化し、密かに背後に回っていたのだ。チャージングの戦技を用いたドラゴンランスの一撃にさしものラージドラゴンも痛みに叫ぶと、即座に尾でユミルを打ち払った。
「わっ!」
「ケァ!」
 まともに打撃を浴びたイーグルドラゴンが錐揉みしながら吹き飛んだ。たとえ鱗が威力を無効化しても、圧倒的な質量差の一撃を耐えることはできない。
「……ゼウス!」
 ティファルの稲妻が空を切り裂くようにして命中する。彼女はフライによる飛行で十分な距離を保ったままだ。
「こっちにもいますよ!」
 地面からはシェールがドラゴンアローを射掛けていく。
 そしてこの攻撃を皮切りに、準備を終えたハウンドたちが次々と集まってきた。
「空中戦ね……私たちの絆を見せてあげましょう!」
「そういうことですわ!」
 ムーンドラゴンに騎乗したマリカとエウロがそれぞれに肉薄する。ともに主武器はルミナパワーを付与したドラゴンランス。
「……待たせたな!」
 そこに魔法の箒に乗ったソレイユが転移してくると、チャージングの戦技でドラゴンアローを穿った。
 ハウンドたちは屋根上に陣取った敵の周囲を縦横無尽に飛び回りながら、一撃離脱で攻撃を加えていく。
 多くの者が鱗の無効化能力に対抗できる武器を使用しているものの、それでも高い防御力に遮られて個々の与える手傷は僅かだ。
 そして当然ながらドラゴンも翻弄されるだけではない。尾と牙で迎撃し、その度にハウンドたちは手痛い傷を負っていく。
 だがそれでも数的優位で次第にドラゴンを追い込んでいった。
「グルルァッ……!」
 ドラゴンが苛立たしそうに唸る。圧倒的に有利な位置に陣取っていたはずが、あっという間に包囲され形勢を逆転されたからだ。

「グオオオッ!」
 雄叫びがあがる。同時に周囲を飛行していたハウンドたちを強烈な『重力』が襲った。

「うおおっ!?」
「わっ!」
「お、落ちる!?」
 手傷を負っているグドラ、そしてマリカとユミルの騎乗するペットがこの重力に抵抗しきれず落下した。
 そのまま地面へと叩きつけられる三人。
 それは、まさしくグラビティ(重力)の名を冠するドラゴンに相応しい能力だった。

◆破壊の果てに
 こうしてハウンドたちがドラゴンと戦う間も懸命な救助は続いていた。

「しっかりしてください! いま助けますからね!」
「た、助けて……」
 アルトゥールは助けを求めるか細い声を頼りに、半壊した小屋の中に倒れていた女性を発見していた。場所や身なりから察するに大商人の令嬢といったところか。
 身を隠したところを小屋もろとも押し潰されたのだろう。幸いにして命に別状は無いが手足の骨折が酷い。
 覆い被さっていた瓦礫を除去すると応急処置を施し、肩を貸してその場を離れる。
 するとすぐ近くから激しい戦いの音が響き渡った。仲間がドラゴンとの戦闘を開始したのだ。
「ひいっ! ド、ドラゴンは……?」
「大丈夫です……この街にはハウンドがいますから」
 少しでも不安を和らげようと女性の耳を塞ぎ、視線を向けさせないようにして移動する。と、二人に気付いた自警団員たちが駆け寄ってきた。
「彼女を頼みます。僕はまだ捜索を……」
「……危ない!」
 警告の声に、アルトゥールは考えるよりも速く振り返りつつ魔法の盾を構えた。そして降り注いでくる破片から女性と自警団員を庇う。
「こ、ここは危険です! 一度退避しましょう!」
「僕は大丈夫です……さ、早く行ってください」
 彼らの移動を確認すると、アルトゥールは別の破壊された建物を目指して走る。
(あの日、お嬢様は瀕死の僕を助けてくれた……何の面識もない、異種族の僕を。だから僕も、お嬢様の心意気を実践してみせる)
 それが従者の務め。そしてお嬢様との約束だから。

 ドラゴンから少し離れた場所に一台の馬車が停まっていた。ビアが用立てたものだ。
「……さ、もう大丈夫だよ。大聖堂に行けばちゃんと手当てして貰えるから、もう少しだけ頑張ってね」
 助けられた住民たちにティアがそう語りかける。それぞれ応急処置を施してはいるものの、いつまでもこんな危険な場所に置くわけにはいかない。
『もうこの近くに生存者はいないようですね。私とキャサリンさんは引き続き捜索しますよ』
「では、私は一度大聖堂まで戻りましょうぞ。皆さま、くれぐれも気をつけて」
「私もご一緒しますのっ! 道に瓦礫とか落ちていてもマジカルショックでお掃除ですのよっ!」
 アリーを始め他のハウンドが捜索を続行するなか、ビアとレネットが怪我人を乗せて馬車を走らせていった。これでひとまずは安全だ。
 それを見送ると、護衛についていたリディオが安堵の息をつく。
「やれやれ、まずはひと段落……いや、まだそれは早いか」
 街に、ドラゴンの咆哮が轟いた。

「痛つつ……やってくれたね!」
 ユミルを始めとして落下したハウンドたちがどうにか動き出した。ダメージは小さくなかったものの、そこが屋敷の庭や植物の上だったことは不幸中の幸いだ。
「……逃げる気よ!」
 ティファルが叫び、ゼウスを撃ち続ける。咆哮をもってしても周囲を飛び回るハウンドを一掃できなかったことで、ドラゴンが屋根上の有利を捨てて動き始めたのだ。
「屋敷の後方に……あ!」
 標的の移動に合わせて射撃位置を変えたシェールはそこで、屋敷の側面に張り付きながら移動するドラゴンの姿を見た。
 ヴォルセルク魔法、アースランニングによって可能となる特殊な歩行能力である。
「そうか、ああやって見つからないように移動してたんですね……でも、もう逃しませんよ!」
「ああ。攻撃を集中させて確実に葬る!」
 ソランジュ・スピースのソルと合わせ、三方から魔法と矢で攻め立て逃亡を阻止する。
 さらにソランジュは禽遁の魔法の杖の能力を用いて周囲に隠れていた野鳥を誘導し、ドラゴンの注意を逸らそうと試みる――が、これはさほど効果を見せない。
「よし、さあ大盤振る舞いだよ!」
 いまのうちにとオスカルが魔力の続く限りファイアボムを放ち続けた。
 屋敷の裏、狭い路地で幾度も爆発が生じる。さしもの竜の鱗もすべてを無効化することはできず、慎重なこのドラゴンも身を隠すことを諦めてハウンドたちへと向かってきた。
「ド、ドラゴンさん! ここから先には行かせないよっ……!」
 二種の盾を構えてユナがその前方に立ち塞がる。身を挺してでも突破を防ぎたい覚悟だが、もし実行すれば一瞬で潰されるだけの質量差があった。
「こ、ここ、こわくないもんっ!」
 それでも勇気を振り絞り、接敵寸前まで耐えるユナだったが――そこでドラゴンは歩みを止め、そして。

 前方に向けて大きく口を開いた。

 不可視の重力波が吐き出された。直線状に放たれたそれはユナを撃ち、さらにその背後に立つ複数の建築物を破壊しつつ突き抜けていく。
 一個の生物がもたらしたとは思えない圧倒的な破壊力。それを前にしてハウンドたちの精神(こころ)は震えた。
 これがラージドラゴンの力か、と。
 ユナがその場で膝をついた。二種の盾を構えていたことが幸いして即瀕死は免れたものの、ダメージが大きすぎる。

「ですがこれはドラゴンを追い詰めている証拠……いまです!」
 エウロが肉薄し、再びドラゴンランスでのチャージングを仕掛ける。すると、突如としてドラゴンの全身が『黒い霧』のようなものを帯びた。
「……つっ!?」
 エウロが次に攻撃を仕掛けたとき、得物越しに奇妙な衝撃が伝わり騎乗で体勢を崩した。もしこれが地上なら転倒していただろう。
「あの黒い霧のようなもの、何か奇妙です……気をつけてください!」
「最後のあがきってやつですか……!」
 エフィが変形させたケーニッヒボーゲンを戦技によって限界以上に引き絞り、ドラゴンアローを射掛けた。
「ここは私たちの街です。絶対に護ってみせます!」
 魔矢の射手としての矜持をもって射る。標的に命中してもなお震動しつづけるその矢じりがドラゴンを苛んだ。
「……! 額の目だ! そこを狙え!」
 上空からリディオが叫んだ。黒い霧のようなものを帯びると額の第三の目が開かれたのだ。

 それは漆黒の狂気が渦巻く、禍々しい瞳だった。

 魔法の箒によって飛行しつつ矢を射かけるリディオ。だが激しく動く頭部の、さらに細かい部位に命中させることは非常に困難だ。
「くっ、角度的に地面からじゃ狙えませんね……動きを止めます!」
「オッケー、一気にいくよ!」
 シェールが弓に宿る能力を用いてドラゴンアローの弦を引き絞り、放った。戦技によって威力を倍化させた渾身の一矢。
 ほぼ同時にユミルがチャージングで続き、ティファルのセウスが追い撃った。
 ドラゴンが動きを止める。前進も後退もままならず、ただ威嚇するように上体を逸し翼を広げた。飛び上がろうとしているのか。
「させないわよ!」
「ここまでです!」
 マリカとエウロが直上からそれを阻止する。退路を完全に絶たれ、ドラゴンが激怒の唸りとともに『気』を纏った。
 強烈な気当たりに抵抗できなかったハウンドが萎縮する。そこでドラゴンは最後の力を振り絞るように正面のハウンドたちを見据えた。

 息(ブレス)の予兆。だが正面から阻止することは自殺行為だ。

 ならば。
「こんな惨劇……ここで終わらせてやる!」
「これ以上は正義のドラゴンが許さないんだぜ!!」
 ソレイユが転移からの一撃を見舞い、グドラが直上から特殊槍を射る。
 息の狙いの為に頭部を固定していたドラゴンは、これを避けることができなかった。
 二つの攻撃が、第三の目へと命中する。

 ――そして。

「ガ、ガアアアア……ッ」
 断末魔の咆哮をあげることも叶わないまま――襲来者ダークグラビティドラゴンはここに討伐されたのだった。

◆静寂の街にて
 同じ頃、街の中心部では――。

 静寂に包まれた大通りで数人の人影が身を潜めていた。
「『シーサー』、そっちにはいた!? ……そう」
 シース・エイソーアは具現化させた青銅製ガーゴイルとともに、逃げ遅れた住民を捜索していた。
 シーサーは具現化の際に与えられた命令に従って先行して捜索し、身を隠したシースの元に戻ってその有無を報告する。遠目に見ればコモンの目からでも犬と区別がつかず、ドラゴンに気付かれる危険は少ないだろう。
(うわチャー、この嫌な雰囲気……。よく考えたら初仕事でもドラゴンに襲われたけど、嫌な因縁だなー……)
 同じく身を隠したトラエ・モンは夏だというのに寒気を覚えていた。
 彼女はいましがたまで近くの広場を捜索していた。どこからドラゴンが出現するのか分からないこの状況は、強烈な緊張感を生んでいる。
 少しでも抵抗しようとトラエはレジストメンタルを付与したが、それでも恐怖心が完全に消えることはなかった。
「すっごく静かなのー……」
 同行しているチャウも、見たことのない街の様子にいつもの調子が出ないようだ。
「……この辺りには、もう逃げ遅れた人はいないみたい」
 シースはシーサーをガガへと戻した。ガーゴイルの擬似知性は万能ではなく、状況に応じて都度命令を与えなければ能力を十全に発揮できない。
「じゃあ、くれぐれも目立たないように進もう」
「わかったのー……」
 トラエとチャウも同意し、再びゆっくりと歩を進めた。そうして捜索を続けること十数分――。
「……いたの!?」
 これまでとは違うシーサーの反応にシースが思わず駆け出すと、そこには。
「ひいっ!」
「……だ、誰だ?」
 数名の住民が物陰に身を隠していたのだった。

 一方で、大通りを堂々と歩いている者たちもあった。
 パオラ・ビュネルパメラ・ミストラルである。
「なんだか……楽しそうですね?」
 同行者の様子にパオラがそう尋ねる。二人がなぜ身を隠さずに歩いているかといえば、囮役を買って出たからだった。
『やはり悪意には悪意で、陰湿には陰湿で返さないと、ですね』
 パメラは魔法の羊皮紙にそう書き込んで見せ、左手で口元を覆った。それは彼女が何かを企むときの癖だ。
「私なんて、逃げ出したいくらい怖いですよ……」
 一方のパオラの顔色は冴えない。青ざめているといってもいいだろう。
 住み慣れ、勝手知ったるローレックの街である。パオラはドラゴンが潜んでいる可能性の高いポイントをいくつかピックアップしていた。
「とはいえ、引っ掛かってくれるでしょうか……?」
『掛かりますよ。相手はこちらを下に見てますからね』
 ラージドラゴンからすればコモンなど狩りの対象でしかないだろう。そして、狩人は兎を恐れないものだ。
 だが――この街ではハウンドこそが狩人である。

「さて、うまく釣れてくれるといいが」
「左様でございますね、アイオライト様」
 アイオライト・クルーエルシャルル・シュルズベリは、身を隠しつつ周囲を警戒する。
「潜み、襲う。狡猾な奴だな。容姿の情報から察するに月属性のようだが……陽光の下では俺たちのほうが格上だ」
 知識はなく、その姿も先ほど一目見ただけだ。だがアイオライトには確信めいたものがあった。
「とはいえ相手はラージドラゴン……どんな魔法を使ってくるかわかりません。ご留意を。そして、くれぐれもご無理はなさいませんよう」
「わかっているさ。シャルル、援護は任せた」
 そう言い残すとアイオライトは立ち並ぶ建物の屋根へと転移した。さらにルミナリィによる特殊視界を用いて周囲を見張る。
「では、私も動くといたしましょうか」
 その姿がついに見えなくなると、シャルルもまた行動を開始したのだった。

◆狩りの時間
 静寂の大通りを進む囮役の二人――ふと、パメラが歩みを止める。
「……パメラさん?」
『殺気です』
 殴り書きされた文字にパオラが身を固くすると同時に――鋭利な爪の一撃が彼女を捉えた。
「……っ!」
 吹き飛び、建物の壁へと激突するパオラ。
(きましたね……!)
 振り返るパメラは、そこで交差路に潜んでいた巨大な姿をようやく視認した。

 ――ダークエクリプスドラゴンだ。

 建物の陰に身を潜ませ、獲物が通るのをひたすら待っていたのだろう。一撃で動かなくなったパオラには目もくれず、ドラゴンはパメラへとにじり寄った。すると。
 彼女は踵を返して走り出した。
 反射的にドラゴンはそれを追う。
「……いたた。『で、出ました! ドラゴンです!』」
 やがて倒れていたパオラが起き上がると、テレパシーによって仲間へとドラゴンの出現を知らせる。
『いま、パメラさんが誘導しています。場所は……』
 あらかじめ成就しておいたクリスタルアーマーの防御膜によってダメージは軽減できたが、激突の衝撃でしばらくは満足に動けそうもない。
 あとはただ、仲間の奮闘を祈るほかなかった。

「網に掛かったか……いくぞキョン!」
「はい、師匠!」
 報を受け、エクス・カイザーキョン・シーが空へと舞い上がった。
「……で、どうするんでしたっけ?」
「さっき決めた通り、住民の避難が優先だ。まずは注意を引き、避難経路から引き離す!」
 すでにパオラのテレパシーを経由して住民保護の報告を耳にしていた。
 魔法の箒を掴むエクスの手に力が入る。敗北で失うのが自分の命だけなら、どれだけ気が楽か。
「あっ! 師匠、見えました!」
 キョンが指差す方向を見ると、路地の建物がいくつか崩れていた。

(……ここまで、ですか)
 その路地の行き止まり。パメラが肩で息をする。
 彼女はドラゴンをサイズに見合わない路地へと誘導していたのである。また、シノビブレードで建物の柱に切り込みを入れ、無理やり通ろうとしたドラゴンによって倒壊するように仕向けて時間を稼いだ。
 グリーヴァの刀剣といえど短時間で家屋を倒壊させることはできない。が、ドラゴンの質量を利用すれば別だ。
 観念したように動きを止めたパメラにドラゴンが爪を振り下ろした。だが。
 その一撃は空を切り、背後の壁を抉るに留まる。
(というわけで、時間稼ぎはここまでです。魔法を成就する猶予をくれて助かりましたよ)
 フェイジング――いまのパメラの肉体はミドルヘイムから隔絶された場所に存在するのである。
 状況を理解できないドラゴン。と、その背を一筋の稲妻が撃った。
「……シャッ!?」
「まんまと追い込みましたわよ!」
 放ったのは空に浮かぶフルミーネ・ヴェンティ――そして、駆けつけたのは彼女だけではない。
 すでに周囲はハウンドによって取り囲まれていた。

◆包囲戦
「さあみんな、こっちだよ!」
 トラエは住民たちへと声をかけつつ先導する。
 発見したのは十人たらずのグループだった。足を痛めた者がおり、動けなくなっていたらしい。
 三人は速やかに大通りを戻ると、騎士が保護していたグループとも合流する。
「すみません……私のせいで……」
「大丈夫ですよ。大聖堂には最高のおいしゃさんがいますから、怪我もすぐに治療してくれます!」
 シースが騎士に背負われた女性を励ます。彼女は子供を庇って足をくじいたらしい。
「おかあさん……大丈夫なの……?」
「大丈夫、もう怖くないよ……はい☆」
 僅かでも助けとなるようにチャウは少女の手を取って祈り、メンタルキュアティブを成就した。
「あとでショコラもあげる。いっしょに食べようね」
「大聖堂まで行けば綺麗な歌も聴けますから、いっしょに頑張りましょうね!」
「……うん」
 二人の言葉に少女はようやく頷いた。
 そうこうしていると、少し離れた場所から何かが崩れるような音が聞こえてきた。見れば、家並みの向こうに土煙があがっている。
 仲間がドラゴンと接触したのだ。
 これは好機だった。これだけの大人数での移動となると、ドラゴンを完全に引き付けてくれていなければ危険すぎる。
「み、みみみ、みんな! 慌てず焦って、大聖堂へ急いで!!」
「まずはトラエちゃんが落ち着いてなのー」
 動揺したあまり、チャウにまで突っ込まれるトラエだった。

「今度はこちらが狩る番ですわ!」
 フルミーネは飛行しつつゼウスを撃ち続ける。もちろん竜の鱗で無効化されることもあるし、免れたとしてもラージドラゴンの高い魔力によって抵抗されるだろう。
 それを補うのは手数だ。そう考えた彼女はジェイドの指輪とプシュケの霊薬で魔力の枯渇に備えていた。
「……いま、住民の避難を開始したとのことである!」
 同行していたエルマー・メスロンがテレパシーで得た情報を告げる。
「では、そちらには近づけないよう引き付けて……うっ!」
 唐突にフルミーネの身体を何かが撃った。一瞬だが、見たことのある光の矢。
 パドマ魔法、ルナによるものだ。
 目をやれば、ドラゴンが憎々しげにこちらを睨んでいる。
「くっ、お返しというわけですの?」
 凄まじい痛みに、やむを得ずフルミーネは建物の陰に身を隠した。ゼウスの最大射程距離ほどを保っていた彼女に届いた以上、正面から撃ち合うのは自殺行為である。

 ドラゴンは狭い路地から抜け出そうと体勢を変え、翼を広げた。身を潜めることを止め、飛翔するつもりだろう。
「そこまでだ! お前の相手は我々だ!」
 させじとエクスが強襲する。ルミナパワーを付与し、戦鎖状態となったレーヴァティンで鞭のごとく打ち据えた。
「キョン、いきまーす!」
 師を援護すべくゼウスが撃ち込まれる。彼女もまた無効化と抵抗を念頭に置き、手数を重視していた。
 加勢を得てフルミーネも攻撃を再開し、エルマーはドラゴンアローを射掛ける。こうして確実に手傷を与えるものの、それでもドラゴンは建物に身を乗り上げた。その時。
「……ようやく捕まえたぞ!」
 ドラゴンの背にアイオライトが転移した。虹色の鱗に手をかけ、背上の不安定さを魔法によって会得した戦闘技術で克服する。
「援護いたします」
 足元ではシャルルが奮闘していた。直刀で斬撃を与えて注意を引き、自身への攻撃は守護発動によってフェイジングを得ることで回避する。
「はっ!」
 援護を受け、アイオライトは渾身の力でグリーヴァの刀剣を何度も振り下ろした。
「シャァ!」
 切っ先が鱗を貫いて肉を抉り、ドラゴンが怒りに満ちた声をあげた。その間にも、包囲したハウンドたちからの波状攻撃は続いている。
「……あの額? アイオライト様、ご注意を!」
 不意に下方からシャルルが警告を発する。
 ドラゴンの額にあった目が見開かれ、全身が漆黒の靄(もや)に覆われつつあった。

◆真昼の闇
 やがて巨大な靄の塊と化したドラゴンは、そのまま翼を羽ばたかせた。
「飛び立たせるな!」
 包囲状態を維持しようとエクスが肉薄する。だが、間近に迫ったところでその視界が『完全な漆黒』に覆われた。
「なっ! 何も見えない……うおっ!」
 攻撃目標を見失い、箒の軌道を変えたエクスを強烈な斬撃が襲った。視認できないが、おそらくはドラゴンの爪によるもの。そして、その一撃の前には防具など機能しなかった。
「師匠! ぐあっ!」
 さらにキョンへとルナを浴びせると、ドラゴンが空へと舞い上がる。
「……いったい何が起こっている!?」
 その背上でアイオライトは困惑していた。足元のドラゴンの身体が靄に包まれたことは理解できるが、彼自身の視界には何の影響も起きてはいなかったのだ。
 いずれにせよ魔法の効果時間が終わる。振り落とされて地面に激突する前に、彼はホルスによって背上を離れた。
「アイオライト様、ご無事ですか!?」
「ああ。だが何が起こったんだ?」
 あの靄は何らかの防御行動なのか、あるいは闇の中で身を隠す為のものか。
 答えをもたないハウンドたちが次の一手を取りあぐねていると、ドラゴンは不意に『少し遠くを観る』ような仕草を見せた。
 一瞬の空白。やがて。

 漆黒の靄の塊が、漆黒の息(ブレス)を吐き出した。

 ハウンドたちの視界が完全な闇に包まれる。降り注いでいたはずの陽光は消え去り、闇夜よりもなお暗い世界が訪れた。
「今度はいったい何だ!」
 突如として天地さえも分からなくなったなか、エクスはどうにか箒を制御して飛行していた。
 やがて唐突に視界が晴れる。
 振り返ると、そこには巨大な闇の塊があった。おそらくはドラゴンの息によって発生したもの。
「皆は無事か? ドラゴンは……まさか逃げたのか!?」
 あの闇の中では仲間は戦いようがないはず。だが、周囲にドラゴンの姿はない。
「師匠ー!」
 ――と、そこへキョンとフルミーネが飛行してくる。十分に距離を保っていた為、息の範囲から逃れたらしい。
「師匠、大変です! ドラゴンが!」
「避難する住民を追って、大聖堂の方角に向いましたわ!」

 災厄は、まだ終わってはいなかった。

◆もうひとつの戦い
 大聖堂の内部は、もはや足の踏み場もないほどだった。

 運び込まれた怪我人が所狭しと横になり――否、もはや横になる場所もないほどに詰め込まれている。
 その数は数百人にもなるだろうか。それでも、住民たちに悲壮感が少ないのがせめてもの救いだった。
 それは危険なオーディア島に自ら望んで移住してきた者の気概なのかもしれない。もしくは、ローレック王やシンさんといった信頼すべき者たちの存在がそうさせるのか。
 あるいは、ハウンドの存在も。

「いまから治療します。大丈夫ですから、安心して下さいね!」
 セース・エイソーアが新たに運び込まれた女性にそう話しかける。
 街の南東部から自警団によって連れてこられたのだ。いまもまだ捜索活動は続いているらしく、まだまだ怪我人が増えるのは間違いないだろう。
 傷口を洗い清め、適切な薬品を塗布し、清潔な包帯で保護する。
「サース、少しそっちを支えてあげてくれる?」
「……うん、わかったよ……」
 妹のサース・エイソーアはセースに協力し、助手として治療を施していく。
「……大丈夫ですよ……全員、きちんと治しますから……」
 不安そうな者がいれば優しく声をかけた。
 サース自身には医療の心得はないが、双子ならではの息のあった動きで次々と怪我人への処置を済ませていった。
「……なにか、聞こえない……?」
「……え?」
 不意にサースの耳が異変を捉える。と、にわかに外が騒がしくなってきた。
「ド、ドラゴンだ!」
 叫びながら住民たちが逃げ込んでくる。外からは不気味な羽根の音が聞こえ、やがて戦いの音が響いてきた。
 聞けば、襲ってきたスモールドラゴンの群れと仲間たちが戦っているという。
 大聖堂が静まり返る。万が一内部に侵入されては、この人数を護りきることは難しいだろう。
「ス、スモールドラゴンまで……」
「いったい、どうなってるんじゃ……」
「大丈夫……みなさんのことは私が護りますから!」
 そんなセースの励ましに住民たちは顔を見合わせ、やがて頷いた。
「そうじゃな……こうなればもうハウンドさんたちを信じるだけじゃ」
「それにお嬢ちゃん、一生懸命に手当してくれたしねぇ」
 そうしている間にも戦いの音は激しさを増していく。表向きは気丈に振る舞っていても実際は誰しもが不安で、なかには泣きだす子供もあった。
 不意に、サースが歌を口ずさみ始めた。
(……私は私の戦い……手当てを頑張るから、みんなはみんなの戦いを頑張ってきてね……)
 静かで、優しい歌声が聖堂内に染み渡る。激しい戦いの音を覆い隠すように。
(みんなならきっと大丈夫だって、信じているから……)
 姉妹の献身に支えられて、大聖堂に集った人々は身を寄せ合うようにして嵐が通り過ぎるのを待った。

 やがて戦いの音が止む。
「……おい、ハウンドたちがドラゴンを追っ払ったらしいぞ!」
「おお、さすがだな!」
「でも、まだ例の馬鹿デカいのは残ってるんだろ……?」
 スモールドラゴン撃退に胸を撫でおろす住民たちだが、災厄の根本――つまりラージドラゴンはいまだ健在だという。
 それを裏付けるように、馬車で新たな怪我人が運び込まれてきた。

「さて……まずは診てみましょうか」
 シャーロット・ショルメが運び込まれた怪我人たちを診察する。怪我の程度に合わせて処置の優先度などを区分する必要があるからだ。
(命を選別するみたいでいい気分はしないけど……しかたがないわね)
 重傷者と軽傷者を同時に扱っていては助かる命も助けられない。切迫した状況では、時に強気で事務的な対応が求められる。
「……さぁ、決断の時よ」
 口中で口癖を呟き、速やかに処置の優先度を決定していくシャーロット。
「……この人たちは処置を急いだ方がいいわね。魔法での治癒をお願いするわ」
「ん……そうか。ではわしの出番じゃな」
 それを聞いて歩み寄ってきたのはケイナ・エクレール
「おお……こりゃまた皆ハデにやられたのぅ。まあ、わしに任せておくのじゃ」
 新しい重傷者はいずれも圧死寸前のような状況だったらしい。南東部を襲ったというラージドラゴンによるものだ。
 瀕死者を優先し、キュアティブによる回復を施していくケイナ。だが、すぐにその魔力は尽きてしまう。
「ううむ、燃料切れじゃ……」
「はい、ケイ姉さん。おかわりですよ」
 すかさずセリス・エクレールが差し出したのは真っ青な水薬だった。飲んだ者の魔力を回復する効果がある。
「まだ残っておったのか……いったい何本持ってきたんじゃ?」
「でももう残り少ないですよ。ご利用は計画的に」
 ケイナは『もう飲み飽きた』といった表情でそれを受け取る。
 緊急を要する重傷者のみを選んで魔法を使ってきた彼女だったが、自前の魔力はあっという間に枯渇した。その補充にと、持参した分も含めて数本の水薬を服用してきたわけだが……それでも最終的には足りなくなりそうだ。
 それほどまでに今回の被害者が多いのである。
「ラージドラゴンめ、このわしにマジ回復をさせるとは大したものじゃ……誇るがいいさ。しかし、水薬の飲み過ぎで『ぽっこり』なお腹にでもなったらどうする」
「まぁまぁ……ケイ姉さん、今日が本気を出すところですよ。頑張って!」
 仕方ない、とケイナはもう何本目かになる水薬をガブガブと飲み干していった。
「……ぷはっ! よし、お前らは全員確実に助けてやる。くれぐれも、一生涯感謝し続けるが良いのじゃ!」
「あ、じゃあ追加で治療をお願いするわね」
 シャーロットがそう言ってサイコキネシスで新しい怪我人を運んでくると。
(スッ……)
 セリスは無言のまま新しい水薬を差し出したのだった。

 こうして聖堂内の時間は目まぐるしく過ぎていった。
 人々は不安に耐え、焦燥と戦いながら災厄が収まるのを待つ。
 ――そして。

 突如、ローレックの街に角笛の音色が響き渡った。

◆最終防衛線
『みんなー! ドラゴンがくるよー!』
 角笛の音色が――いや、フラールの思念の叫びがハウンドたちの脳裏に届く。
 テーム河に架かる橋のひとつ。そこを走り来る人々の背後の空から。
 巨大な、漆黒の靄の塊が迫っていたのだ。

「追いつかれるのー!」
「……みんな、逃げて!」
 トラエは足を止めてルナを成就する。だが、光の矢が命中してもドラゴンは一寸たりとも動きを止めない。
「させませんわよ!」
「……刺し違えてでもヤツを止める! 大聖堂に行かせるな!」
「はい、師匠!」
 そこにフルミーネ、エクス、キョンが飛来し、空中の包囲網を形成した。
「……お前はここで必ず仕留める。住民たちを、街を……いや、世界を護る為に!」
 アイオライトが再びその背に転移した。
 ハウンドの執拗な追撃にドラゴンの移動速度が鈍る。そして、大聖堂側からは援護攻撃が開始された。
 魔法が、矢が。
 漆黒の靄を押し留めようと攻撃を集中させた。

 そして、この事態に立ち向かうのはハウンドだけではなかった。

「うおおおーっ!」
「ハウンドたちを援護しろ!」
「俺たちの街は、俺たちで護るんだ!」
 自警団が、兵士が、騎士が。
 テーム河の両岸から一斉に矢を射掛ける。
「さあお前ら! ここが正念場だぜ!」

 そしてこれらを煽動する者――遊び人のシンさん。

「ハウンドだけにすべてを引っ被せるなんざァ、オーディアっ子の風上にもおけねえや! そうだろ!?」
 おお! と地鳴りのような声があがる。
 実際には彼らの援護のほぼすべてはラージドラゴンに傷を与えることすらできなかった。
 だが。
 まるで気圧されたようにドラゴンが動きを止める。
 あるいは、それは街が一丸となった熱狂がそう思わせただけかもしれない。

 ――そうであったとしても。

 靄が消える。
 降り注ぐ陽光に虹色の鱗を煌めかせながら、巨大なドラゴンが落下していく。
 やがて、テーム河から水しぶきがあがった。

 ローレックの街に大きな虹を残して――襲来者ダークエクリプスドラゴンはここに討伐されたのだった。

◆王はかく語りき
 数時間後、ハウンドギルド。
 すべてのドラゴンを退け、要救助者の捜索を終えたハウンドたちにようやく休息の時が訪れていた。
 北方からのデュルガー軍が騎士団によって撃退されたとの報もある。破壊の爪痕は残ったが、おそらくは驚くべき速度で復興していくはずだ。
 ひとまず、街への脅威は払拭されたのだった。

「よっ、お疲れさん! 一時はどうなるかと思ったが、さすがはハウンドだね!」
 談話室に集まったハウンドたちの前にシンさんが姿を見せた。いや、正確にいえば……。
「……で? 俺に話ってなァなんだい? 呼び出しを食らうような悪さをした覚えはないんだがね?」
 いつもの如く軽薄な笑みを浮かべておどける彼に、アイオライトがその口を開いた。
「来てもらったのは他でもない。俺たちとしても、そろそろ『シンさん』の正体を、そしてその意図を識っておきたかったのでね……如何でしょう? ローレック王」
 そう呼びかけられた瞬間、シンさんは大笑いした。
「あっはっは! よりによって俺がローレック王とは面白いぜ! ハウンドってのは冗談も上手いんだな! ……だが」
 バレちゃったなら仕方ないか――と、彼が呟いた次の瞬間。
 そこに『シンさん』はいなかった。
 纏っていた軽薄さは霧散し、威厳と誇りがその内面から溢れ出してくる。同じ姿、同じ顔だというのに、まるで幻影を脱ぎ捨てたかのように刹那のうちにその姿が変わる――いや、『変わったよう』に思えた。

 勇者王、シンガルド・ローレックその人へと。

「私の正体を疑うだけでなく、その記憶を留め続けられるとは、さすがは精霊の加護の厚い者たちだけはある……ああ、気にせず楽に。言葉も普段どおりで構わない」
 ローレック王は手を掲げ、居住まいを正そうとするハウンドを制した。
「なにしろ、ここにいるのは『シンさん』だからな。それにしても……いつ私だと?」
「先日、広場でお話しさせていただいた時から……もっとも、確信はありませんでしたが」
 アリーの言葉にローレック王はそうか、と頷いた。
「私くらいになれば、身分を隠すのはそう難しくない。だが、ハウンドにそれほど効かなかったのは優れた精霊力があるからか……はたまた、私自身が気づいてほしかったから、か」
 王はそう独りごちる。言葉ぶりから察するに、彼は忘却オーラのようなものを発せられるのかもしれない。
「では不躾ながら……よろしければ、お忍びで街に出向かれた理由をお聞かせ願えませんか?」
 シャルルの質問はハウンド全員を代弁していた。
「理由の半分は、この街をこの目で隅々まで見ておきたかったからだよ。王の視点では観えないことが、住民の目線でならば視えることもある。もちろんその逆も然りだがね」
 そしてもう半分の理由は単なる趣味だ、と王は笑った。どこまで本気なのかは判らない。
「冗談はさておき……私はその両方の目からこの街を開発したかったのだ。いまだ発展途上のこの街を、ね」
 それが『シンさん』の存在理由だと、ローレック王は結んだ。

 王の言葉は続く。
「今回、住民の世話をいろいろと頼んだのは、君たちの人となりをこの目で再確認したかったからだ。結果、やはりハウンドには英雄の素質ありと判断した」
 思わぬお褒めの言葉にハウンドたちは顔を見合わせた。まさか、あの依頼の数々にそんな意図が隠されていたとは。
 次に話はドラゴン絡みへと移る。
 なぜハウンドたちにドラゴンの品々を集めさせたのか。そして、なぜラージドラゴンが活発化しているのか。
「ドラゴン……とりわけ高位のものは、このミドルヘイムを体現したような存在だ。精霊とは違い実体があるが、精霊とはまた違った意味でこの世界の守護神だと言えるだろう」
 ハウンドたちは頷いた。他でもなく、つい先ほどラージドラゴンの力を目の当たりにしたからだ。
「だが、そこに歪みが生じている。おそらくは邪神の呪いの影響……すなわち、ダークサイド化したドラゴンが『世界の安定性』までをも脅かしていると考えられる。結果的に、それが種々のドラゴンの安定性までも揺らがせているのだろう」

 エクスマリス――かつて邪神が施した悪意は、この世界そのものを呪う為であったのか。

「……もし最上位のドラゴンまでもがダークサイド化しているとすれば、我々はその解呪を検討せねばならない。しかし、そのようなドラゴンには出会うことさえ困難だ。彼らはおそらくシーハリオンの奥にいる……しかし、我々はそのすべてを見つけてもいないし、そこへ入ることさえ難しいのだから」
 王はそこで言葉を切り、窓から街並みを眺めた。
「そこで、このローレックの街が関係してくるのだ。知っての通りオーディア島は月精霊の力が強く、ムーンポータルのような転移魔法を扱いやすい。……実は、ローレック城はその転移魔法の研究や、強力な装置を設置する為の場でもある」
 ハウンドたちが驚きの声をあげた。いったいこの人物は、どこまでの未来を見据えていたのだろうか、と。
「上位のドラゴンの一部を集める理由はそこにあるんだ。それらを媒体にして、最上位のドラゴンへと直接繋がるような方法を模索する為に。そして、手応えは感じている。私の最終目標は、最上位のドラゴンの元へと一瞬で転移することなのだよ」
 それは、人の手で神の御業を真似るに近しいことである。
「私としては、当初はハウンドという人員や組織をゆっくりと育て、ダークサイドを徐々に減らしていければいいと考えていたのだが……どうやら、時間はそれほど残されていないようだ。我らコモンの天敵であるデュルガーもまた、ドラゴンを我が力にしようとしているようだからな」

 ドローレム、そして今回の襲来。
 いずれもドラゴンという存在を支配下に収めようとした形跡が見て取れる、と王は語った。
 思えば、今回のドラゴンたちが時折見せた不自然な行動の数々は、その支配がまだ完全ではなかったことに起因するのかもしれない。

「我々がすべてのドラゴンをディスミゼルするのが先か、あるいは世界の安定が崩れ混沌がはびこり、邪神が地上に姿を現すのが先か……予定外の仕事を次々押し付けて、すまないと思っている」
 そう言ってローレック王は深々と頭を下げる――だが。
 向き直った時、そこには軽薄な笑みが浮かんでいた。
「ってもよ、お前らには間違いなく真の英雄の資格がある……心配なんざしてないさ。世界の命運を、ミドルヘイムのすべての生命の行く末を、お前たちに任せるぜ。よろしくな、ハウンド!」

 ローレックの街はドラゴンの襲来を生き延びることができた。
 だが、次にもたらされたのは世界そのものの崩壊の危機。
 真の英雄。ハウンドたちはその言葉の重みを理解することなく――いまはただ、疲れた身体と心を癒やすのだった。



 13

参加者

e.んー、ダークドラゴンの呪いを解いて、エンパシーで説得はありかな?
アステ・カイザー(da0211)
♀ 27歳 人間 カムイ 水
a.ドラゴン複数とは厄介だな……シグナルフェザー使った後、弓矢で援護。
リディオ・アリエクト(da0310)
♂ 26歳 人間 カムイ 風
サポート
a.ドラゴンアローをありったけ撃ちまくりデスわ!
エフィ・カールステッド(da0439)
♀ 23歳 人間 カムイ 月
e.がんばるよー!
フラール(da0547)
♂ ?歳 シフール パドマ 水
a.こ、ここから先は通さないんだからーーー!!
ユナ・プリセツカヤ(da0671)
♀ 20歳 人間 ヴォルセルク 陽
e.プリズマティック! 威力2倍、飛行禁止!! 飛べなくしてボコれー☆
カモミール・セリーザ(da0676)
♀ 31歳 ライトエルフ パドマ 陽
e.ゴレムガー起動、大聖堂を守れ!!
コニー・バイン(da0737)
♂ 23歳 人間 マイスター 月
a.連携用にムーンカム装備しとく。
ソレイユ・ソルディアス(da0740)
♂ 21歳 人間 ヴォルセルク 陽
f.…こちらのお手伝い…。
サース・エイソーア(da0923)
♀ 20歳 ライトエルフ カムイ 月
f.治療活動は任せて!
セース・エイソーア(da0925)
♀ 20歳 ライトエルフ カムイ 陽
d.よろしくお願いします。
シース・エイソーア(da0926)
♀ 20歳 ダークエルフ マイスター 月
b.ふふふ、あの方に恩を売るチャンスですわね。その為にも救助頑張りますよ。
アリー・アリンガム(da1016)
♀ 29歳 人間 パドマ 月
サポート
a.空中戦になるわね。私たちの絆見せて上げましょう。
マリカ・ピエリーニ(da1228)
♀ 29歳 人間 ヴォルセルク 火
a.よろしくお願いします。
エウロ・シェーア(da1568)
♀ 38歳 カーシー(大型) ヴォルセルク 火
c.魔法の箒で飛んで注意を引き、市街から引き離す!
エクス・カイザー(da1679)
♂ 30歳 人間 ヴォルセルク 火
c.狡猾な奴だな…必ず仕留めて、住民たちを…街を、世界を守り切る。
アイオライト・クルーエル(da1727)
♂ 28歳 人間 ヴォルセルク 陽
c.なるほど…月のドラゴン。後方支援はお任せくださいませ。
シャルル・シュルズベリ(da1825)
♂ 33歳 人間 カムイ 月
e.神職にある者として、ここから先へは行かせません。
ナイン・ルーラ(da1856)
♀ 29歳 人間 ヴォルセルク 水
サポート
e.妹を援護しつつ攻撃ですぅ!
カーミレ・セリーザ(da1860)
♀ 41歳 ライトエルフ マイスター 水
c.よろしくお願いします。
フルミーネ・ヴェンティ(da1894)
♀ 28歳 ライトエルフ パドマ 風
サポート
a.強力なドラゴンです。火力を集中させる必要がありますね。
シェール・エクレール(da1900)
♀ 19歳 人間 カムイ 風
a.空中から騎乗突撃だね。
ユミル・エクレール(da1912)
♀ 24歳 人間 ヴォルセルク 陽
a.空中から狙い撃ちね。
ティファル・クラウディア(da1913)
♀ 26歳 ライトエルフ パドマ 風
サポート
a.悪事は正義のドラゴンが許さないんだぜ!!
グドラ(da1923)
♂ ?歳 キティドラゴン ヴォルセルク 水
サポート
f.よし、わしに任せておくのじゃ。必ず助けてやるのじゃ。
ケイナ・エクレール(da1988)
♀ 30歳 人間 カムイ 火
サポート
c.(左手を口元を覆いつつカキカキ)『悪意には悪意で返さないと‥ですね。』
パメラ・ミストラル(da2002)
♀ 19歳 人間 カムイ 月
a.ファイアボムを撃ち込んで、被害の少なそうな場所まで誘導できるかな?
オスカル・ローズ(da2033)
♀ 53歳 パラ パドマ 火
c.クリスタルアーマーとテレパシーで……囮、やってみます
パオラ・ビュネル(da2035)
♀ 23歳 ライトエルフ パドマ 地
c.空中戦、行きまーす!!
キョン・シー(da2057)
♀ 22歳 人間 パドマ 風
b.守る事だって戦いですから。
アルトゥール・マグナス(da2136)
♂ 20歳 人間 ヴォルセルク 地
e.空中の蜥蜴にファイアワールドからのファイアボムですわね
レクリーン・シモンヌ(da2140)
♀ ?歳 ヴァンパネーロ パドマ 火
f.私はこっちの方が戦力になりそうね
シャーロット・ショルメ(da2142)
♀ ?歳 ヴァンパネーロ パドマ 地
b.救助活動を引き受けるよ。
ティア・ターンズ(da2187)
♀ 27歳 フィルボルグス ヴォルセルク 火
サポート
d.みんな、慌てず焦って、こっちへ避難!!(自分がテンパってる)
トラエ・モン(da2209)
♀ 28歳 ケットシー パドマ 月
サポート
 大聖堂への侵入を許せば被害が拡大するばかり……なんとしても護るわよ。
シルヴィ・エインセル(dz0003)
♀ 23歳 ライトエルフ カムイ 地


招かれざる『客』

突如としてローレックの街へと襲来した二体のダークサイド・ラージドラゴン。かつてない街の危機を前にして、ハウンドたちが縦横無尽に疾走する!