オープニング
◆受け継がれた祭事
――ルグナ。
それはシフールの里で毎年8月に行われる収穫祭を呼び習わす言葉である。
里の中央の広場に祭壇を組んで麗しく着飾ったネストドールを並べ立てると、シフールたちはその周囲で歌い踊り、あるいは祭りの料理を大いに楽しみ、そして得られた木の実や果実への感謝を込めて女神に祈るという。
乳母たちの語り口から察するに、形態に差異こそあれどそれは外界(がいかい)で行われているものと本質的には同じであるようだ。
里のシフールにとって、この風のシーハリオンの内側で得られる食物こそが生命を繋ぐ糧の全てである。
ならばそこに感謝や畏敬の念が生じるのは至極当然のことかもしれない。
「……そうさね。もうよくは覚えていないけれど、あたしたちもずーっと昔の乳母たちからそう教わってきたような気がするよ。そういう気持ちはどこに住んでいても変わらないのかもねえ」
ルグナの何たるかをハウンドたちに説明していた乳母のポムドーラは、外界にも似たような祭りがあると聞いてそう頷いた。
やがて彼女は意外なことを口にする。
「……あのね。ルグナをね、やってほしいんだよ……ハウンドのみんなにね」
◆善行の為に
昨年末からのことを思い返せば、ハウンドたちはシフールの里の為に大いに尽力していた。
里から失われたネストドールを取り戻そうと、ある時にはグレコニアの人形の館にて老貴婦人に誠意を尽くし、またある時にはウーディアの賢者の無理難題に見事に応えた。
あるいはグレコニアの怪しげな研究者の手から、そしてリムランドの凍てつくような雪山の遺跡から、ネストドールを本来いるべき場所へと帰したのである。
その一方でネストドールを伴っての善行にも東奔西走した。
アルピニオにて開拓を妨げる巨大な蛙や鋼のように硬い甲虫を退治し、ローレックの街では迷子を両親の元へと無事に送り届けた。
ウーディアの寒村では領主に巣食ったデュルガーを討伐し、サンドラの小さな村ではXmasの布教を成功させることによって、ネストドールを通じて善なる力を蓄えることに成功したのだった。
「……聞けば聞くほど本当にいろいろと頑張ってくれたみたいで、里のみんなで感謝してるんだよ。それに、ほら」
そこでポムドーラは外界から回収されたネストドールたちを示した。
「あなたたちが人形に想いを込めてくれたし、汚れてたものもすっかり綺麗にしてくれたからねえ」
「そう言ってもらえるならば、私も断腸の思いでコレクションを手放した甲斐があったというものだな。しかしこの造形……何度見ても素晴らしいものだ……」
などと、かぶりつく勢いでネストドールを愛でているのは自称植物学者にしてシフール研究の第一人者、ローデル・ワーズワースである。
「……しかし、その大切なルグナをなぜハウンドたちに? それも、8月ではなくこの時期に……」
理性を総動員して人形を愛でるのを中断すると、ローデルはハウンドたちを代弁するように尋ねた。
それもそのはずで、これまでのルグナは乳母とシフールの子たちだけで十分に執り行えていたはずだ。ならばわざわざ里の風習に明るくないハウンドに頼む必要性が無い。
問われたポムドーラはそこで『うーん』と考え込んだ。
「なぜって聞かれるとあたしも困っちゃうんだけどねえ……。ほら、このあいだXmasのパーティをやってくれたろ?」
彼女が言うのは昨年末にハウンドが行った里で初めてのXmasパーティである。
「あのときの、目新しいことに盛り上がってる感じ……。それと、なんていうのかねえ……ぷろでゅーす力?」
自身なさげにそう言うポムドーラ。
「……うん、それを見込んでぜひ頼みたいんだよ。ハウンドのみんなには、あたしたち里のシフールじゃ思いつかないようなことをやって欲しいのさ」
つまり今回のルグナにはハウンドによる独自の企画を盛り込んで欲しい、というのである。
「実は、これはあたしの思いつきだけじゃないんだ。なぜだか分からないけど、里の乳母の多くが同じことを思ってるんだ……『いまルグナをすれば、きっといいことがある』ってね」
◆予言を信じて
「なるほど……乳母たちの多くがそう感じたのならば、これは一種の『予言』である可能性が高いな……」
ローデルはポムドーラの言葉に研究者の顔を覗かせる。
事実、乳母たちの予言によって多くのネストドールが発見、回収された。ならば、今回も何らかの導きである可能性は高いだろう。
「ネストドールの帰還……集められた善なる力……そこにハウンドという外的要因がルグナを行うことで、この里にいったい何が……うむむ、これはやるしかない……! さっそくプランを練るとしようではないか!」
心なしか目が血走ってきたローデルにちょっと身構えるハウンドたちとポムドーラであった。
「……では、このあたりで今回のルグナの構成を一度まとめてみよう」
数時間。
ハウンドたち、乳母、ローデルの三者での協議が行われた結果、ようやく今回のルグナの基本コンセプトが固まりつつあった。
「ひとまず乳母たちには例年通りのルグナの準備を進めてもらう。これは主に『祭壇の設営』だな」
「わかったよ、いつも通りでいいんだね?」
ポムドーラが頷く。長い年月を受け継がれたきたことにはそれなりの必然性や意味があるはずで、祭りとしての基本的な形式までは変えない方が良いだろう、という判断である。
「うむ。しかし祭壇に飾る『ネストドールの扱い』に関してはハウンドに一任してみよう。綺麗になったとはいえ祭りの装いとなるとまた別だからな」
ハウンドには美的センスに優れた者や服飾の扱いに慣れた者もいる。そんな者にネストドールの装いを任せれば、里のシフールとは違った何かを呼び起こせるかもしれない。
「続いては祭りで振る舞われる料理の『調理』と、シフールの子たちが歌い踊る際の『音楽』だな」
ミドルヘイムにおける典型的な価値観でいえば、祭りにおける料理と歌舞音曲は奉(たてまつ)る存在への供物となる重要なものだ。
もっとも、相手がシフールとあってはそんな意味があったかどうか微妙なところだが……それはともかく。
「これらはハウンドたちに全て任せるということでいいだろう。季節が季節だけに例年の祭りの時のような木の実や果実は採集できないだろうしな。あとは何かしら別のアイデアのあるハウンドがいるようなら『独自の企画』を行ってもらってもいい。とりあえず、これでどうだね?」
「それはいいねえ。外界の美味しい料理を食べて、聴いたことのない音楽で歌い踊れたら、あの子たちがいつか巣立ちする時の助けになるかも知れないよ……」
期待と、そして一抹の寂しさを滲ませてポムドーラはそう笑ったのだった。
◆演目は『ハウンド』
「……と、ここまではいわば『既成の祭りのアレンジ』なわけだが、どうせならさらに独自色を出すべきだろうな。シフールの里の祭りに相応しい演物(だしもの)を……」
今度はローデルが『うーん』と唸り始めた。
「シフールの子はやがて巣立ち、外界で善行を積む……。外界、つまりいまのミドルヘイムにおいて、もっとも善行を積んでいるであろう存在は……ああ、そうか!」
ブツブツと呟いていたかと思えば突然クワッ! と目を見開き叫んだローデルに、ハウンドたちとポムドーラはまたも身構えた。
「巣立ったシフールが外界でどのようにして善行を積むかを具体的に観せてやればいいのだ! 他でもない、君たち『ハウンドのお芝居』でな!」
つまり、ハウンドが善行を積む姿を芝居仕立てで披露しよう、というのである。
「とはいえ観客はシフール、しかもまだ幼い子たちばかりだ。無闇に複雑な筋立てにするよりもシンプルかつ本質を描いたものがいいだろう。となれば……」
ローデルが鼻息も荒く語る構想はこうである。
最初に、とある村で無辜の民がダークサイドに脅(おびや)かされる場面から物語は始まる。
そこに登場するのは討伐に乗り出したハウンドたちだ。当然ながら、そのなかには里から巣立ったシフールの姿もあるだろう。
やがてハウンドたちは協力してダークサイドの脅威から村を救い、最後にはダークサイドをその呪いからも解き放ったのだった。
「めでたしめでたし……という大筋でどうだね!?」
大きく腕を振り広げて熱弁は終わった。
確かにシンプルすぎるほどシンプルではある。しかしそれならハウンドならずとも、例えばシフールの子たちが普段から遊んでいるお遊戯と変わらないのではないか、という反論が飛ぶ。
しかしローデルはドラゴングラスの位置を指先で直しつつ不敵に微笑った。
「いや、これでいいのだよ……なぜなら大筋と配役だけを決めて、あとは役者となった『ハウンドのアドリブで進行させる』からだ! 忘れたのかね、今回のルグナはハウンドという外的要因の存在こそが鍵なのだよ!」
予定調和ではなく、予測不能の祭り。
これこそが乳母たちの予言の意味するところだ、とローデルが力説すると、ポムドーラも同意して頷いた。
「あたしにはそのお芝居ってのがどういうものかよく分からないけど……里を巣立った子たちがどんな風に善行を積んでいるのかは見てみたい気がするねえ……」
「よし! そうと決まればこれより祭りの準備に全力で取り掛かるのだ! 金に糸目はつけない……ように、私からギルドに圧力をかけておくからな! 頼んだぞ、ハウンドたちよ!」
ローデルが気炎を上げる。全ては愛するシフールたちの為に。
こうして、予測不能のルグナを催すべくハウンドたちの準備の日々が幕を上げたのだった。
選択肢
a.祭り:人形担当 | b.祭り:料理担当 |
c.祭り:音楽担当 | d.芝居:ハウンド役 |
e.芝居:魔物役 | f.独自企画を披露 |
g.祭りを楽しむ | z.その他・未選択 |
マスターより
午睡丸です。
本シナリオは、世界の歴史を動かす可能性を秘めた企画『RealTimeEvent【HoundHistory05】来たれシフールの里』のグランドシナリオになります。
詳しくは、シナリオページの『シナリオって何?』の『グランド』の項をご参照ください。
シフールの里の収穫祭である『ルグナ』をプロデュースすることになりました。
本シナリオの要素は大きく分けて二つ。
一つは祭りの各所を『ハウンドの持ち味でアレンジする』ものです。
基本運営は乳母たちに任せ、キャラの得意な分野で盛りあげてください。
もう一つは『ハウンドによるお芝居』。
物語の大筋は決まっており、あとは各プレイングを組み合わせて構成していくスタイルとなります。
観客がシフールの子たちということで、現実世界における幼児~10歳児以下ぐらいに向けたヒーローショーのようなコンセプトであるとお考えください。
a 祭り:人形担当
祭壇の周辺に並べるネストドールの扱いを担当します。
長年の埃や汚れを払ったり、特別な衣装を用意するなどして祭りに相応しくしてあげてください。
b 祭り:料理担当
祭りで振る舞われる料理を担当します。
調理設備や器具は一般的なものが持ち込まれていますが、食材に関しては基本的にはアイテムカードの持ち込みで対応してください。
c 祭り:音楽担当
シフールの子たちが歌い踊る際の楽器の演奏や歌唱を担当します。
こちらの選択肢ではあくまでシフールの子たちのサポート役となります。
d 芝居:ハウンド役
シフールの子たちに向けたお芝居でハウンドの役を演じます。
役のうえでは種族やクラスなどを自由に変えて演じて構いません。
e 芝居:魔物役
シフールの子たちに向けたお芝居でダークサイドの役を演じます。
ダークサイドとはいうものの、こちらも種族や性質などを創作して構いません。
アドリブ劇ではありますが、物語はあくまで大筋に沿った勧善懲悪ものであり、これが覆ることはありません。
また『周囲に危険が及ばないこと』という条件さえ満たせば魔法やアイテムを使った演出も可能です。
f 独自企画を披露
上記のいずれにも該当しないアイデアがあればこちらでどうぞ。
ただし、MS判断によって適度にアレンジされることをご了承ください。
g 祭りを楽しむ
シフールの子たちと同じ立場で純粋に祭りを楽しみたい場合はこちらをどうぞ。
それでは、みなさまのルグナプレイングをお待ちしています。
登場キャラ
◆祭りに向けて
「お人形さん、たくさん戻ってきて良かったねえ……」
丁寧に並べられたネストドールたちを眺めて、
レティチェラ・サルトリオは誰に言うでもなく優しそうにそう呟いた。
シフールの里、ネストドールが収められた祠(ほこら)である。ハウンドによって各地から回収されたものはもちろん、それ以前からこの里に保管されていたものが整然と並んでいた。
その数は大雑把に見ても数百体といったところか。
「本当にねぇ、ハウンドのみんなが頑張ってくれたお陰だよ」
「この子たちも里帰りできて嬉しそうだよ!」
「ほんまやねぇ……」
乳母たちが口々に述べる感謝の言葉にレティチェラは真顔のままで頷いて応えた。一見無表情に視える彼女だが、親しい者がいれば浮足立っていることが解ったかもしれない。
これからルグナに向けての準備期間にこのネストドールたちの世話をする。それが彼女が志願した心躍る役割だったからだ。
「……さ、みんなも綺麗にしていこうねぇ」
レティチェラを含むハウンドたちによってネストドールの修復が行われたのはつい先月のことである。
それから新たに回収された分の状態を大まかに確認すると、表面の汚れや埃を丁寧に拭き清め、衣装や刺繍のほつれを繕っていく。
前回と違ってレティチェラ独りでの作業ではあるが、そもそも新たに回収されたネストドールは数が少ない。乳母たちの助けも借りつつ数時間後には他のものと遜色ない状態まで修繕できたのだった。
「さて、本題はここからやねぇ……」
数百体のネストドールを前にレティチェラはしばし黙考した。
せっかくのルグナとなれば、それに相応しい装いをさせてやりたいというのが針子の矜持というものである。
だが30cmほどのサイズとはいえ、これだけの数に対して手の込んだ衣装を用意するのは難しい。
――ならば。
「……うん。これなら間に合うはずやわ。となれば、まずは外界に戻って材料を集めてこんとね」
妙案でも浮かんだのか、レティチェラは無表情のまま軽い足取りでシフールの里を後にするのだった。
「……では、本来のルグナはそういう段取りで行われていたのですね?」
「そうだねぇ。それが一体いつからか、なんて聞かれちゃうと困っちゃうけどねぇ……」
里の一角では
セヴラン・ランベールの質問に乳母のポムドーラが答えていた。
セヴランが問うているのは昨年までの、つまりは本来の形のルグナについてである。
しかし相手は乳母とはいえシフールだ。祭りの起源や理由についての記憶や伝承があるわけもなく、結局聞き出せたのはここ最近のルグナの詳細だった。
もっともシフールのこと、それでさえ不確かな可能性はあるが……それはそもかく。
「ふむ……聞く限りでは外界の、つまりアルピニオ地方に見られるものと共通するようですね。もっとも、私も祭儀に関してはそれほど明るい方ではありませんが……」
それでも一般常識の範囲で覚えている収穫祭と同じものを感じ取ったセヴラン。
「となれば、過去に外界から祭りの様式が流入したと考えるのが自然ですか……しかしシフールの祭事が先行して、それがコモンに伝播したということも……いや、シフールの知性から鑑みてもそんな可能性は……」
「しかし、なんでそんなことを聞くんだい?」
思索に熱中するセヴランにポムドーラがそんな素朴な疑問を投げかけた。
「あぁ……いえ、ルグナについて現時点で分かっている限りの事を記録しておこうと思いましてね。新しい風を取り入れるのも大事ではありますが、受け継がれてきた儀式が失われてしまうのはあまりに惜しい。変容するにしても、元の形を記録し後世に遺したいのです」
「へえぇ。あの
ローデルとかいう人もいろいろ聞いてきたけどねぇ」
「ローデルさんも取り組んではおられるでしょうが、視点が違えばまた別の事象が見えてくるかも知れません。まずは集められるだけ情報を集めるのが私の主義です。整理はいつでもできますからね……それで、あと一つお聞きしたいのですが」
聞き取り調査を再開するセヴランだが、ポムドーラから得られたのはやはりどこかフワッとした記憶なのであった。
「……急ごしらえとはいえ、思ったよりは使いやすそうですね」
シャルル・ムーフォウはその調理設備をそう評した。
シフールの里に建てられたコモンサイズの小屋。そこはルグナ当日に振る舞われる料理の為の調理場である。
そこを、当日に調理を担当することになるハウンドが下見しているのだ。
『以前のときよりも本格的ですね。これならなんとかなりそうです』
パメラ・ミストラルもまた魔法の羊皮紙に記した所感を示す。
彼女は先月のXmasパーティでも調理を担当したのだが、その時は外界であらかじめ作った料理を持ち込み、簡易な竈で温めるといった状況だったのだ。
何しろここはシフールの里である。野生の木の実や果実で十分に食糧が確保できるこの種族にとって、焼き煮炊きといった工程はさほど重要ではない。
とはいえ調理を行う者も皆無ではなく、里の中にはそうした設備もあるが……いかんせんシフールサイズとなればシャルルやパメラに使いやすいものではないだろう。
それを補う為に、今回はハウンドギルドが本格的な調理器具の備わった小屋を急ピッチで建てたというわけである。
「さて、何を作るか打ち合わせておきましょうか。せっかくの祭りです、料理の数も種類も多いに越したことはないですからね」
小屋を出たところでシャルルがパメラに問うた。
『主なお客はシフールさんですし、甘めの料理をメインにしようと思っています』
パメラが羊皮紙に想定を書き込む。Xmasパーティで甘いお菓子に喜ぶシフールが印象深かったのだろう。
「なら料理の傾向が被る心配は無用ですね。俺はこんな風に考えているので」
シャルルが言葉少なく自身の予定を語る。食べる相手のほとんどがシフールなので量の心配は不要としても、バリエーションは重要な要素である。
『では、当日に』
「ええ」
パメラは材料を調達するべく里を後にした。一方でシャルルはというと里の周囲に、いや、里の周囲の植生に興味深い視線を向ける。
「おや、シャルルさん。もう下見は終わりましたか?」
「……ええ、セヴランさん」
声をかけてきたのはセヴランだった。どうやら一通り乳母から話を聞いたところであるらしい。
互いに今日の進捗を話し合う。
「なるほど、祭りの料理の種類ですか……いままであまり気にしたこともありませんでしたよ」
セヴランが感心したように言った。彼にすれば祭事は知的好奇心の対象であり、楽しむという感覚からは遠いのかもしれない。
「祭りでは食も大きな楽しみですからね。一手間だけでも味は変わるものですが、骨が折れそうです……まぁ、嫌ではないですが。あとはせっかくだし、この里の周辺にハーブでもあれば……」
「ああ。ではまだ日も高いし辺りを少し歩いてみませんか? ちょうど記録しておこうと思っていたところですし」
セヴランはそう言って里の外周部分を指した。少なくとも、シフールの活動範囲内であれば危険は少ないだろう。
「……ええ。では、ぜひ」
そんな意外な申し出にシャルルは少し驚いたように頷くと、セヴランとともに歩き始めた。
◆準備は万端整った?
「ルグナかぁ、僕も経験したはずなんだよねー。……正直、もうよくは覚えていないんだけど」
シルヴァーナは組み上がっていく祭壇を眺めてそう呟いた。
里の中央の広場である。ルグナは例年この場で行われるらしく、いまは乳母たちがネストドールと同じ祠に仕舞われていた祭壇を組み上げている最中だ。
しかし。
「あれ? この板ってどこに組み合わせるんだったかねぇ……」
「こっちじゃないかい? あぁ、そうするとこっちがスカスカだね……」
「困ったねぇ……」
などと乳母たちは悪戦苦闘の様子である。前回のルグナからはまだ半年も経ってないはずなのだが、やはり老成したように見えてもシフールということか。
「あー! なにか作ってる!」
「なになにー? なにやってるのー?」
やがてシフールの子たちが祭壇の近くに集まってきてしまった。広場の目に付く場所でこんなことをやっていれば無理もないだろう。
「はいはい、危ないですし、乳母さんたちの邪魔になるからあっちで遊びましょうか?」
興味津々といったシフールの子たちに
パオラ・ビュネルは優しい声でそう言い聞かせる。実際、この場にいても邪魔になりこそすれ手伝いにはならないだろう。
「乳母さんを邪魔しない良い子には、お姉さんがあっちで上手な飛び方をおしえてあげるよー!」
ここは絶好のお姉さんぶりポイントだと見たのか
チャウも子守りに参加する。
「わかったー!」
「じゃあ、なにして遊ぶのー!?」
こうして二人は祭壇設営の邪魔にならないようにシフールの子たちを連れて行った。
「あはは、なんか大変そうだなぁ……。それにしても、毎年やってるっていうルグナにも興味はあるけど、なにより今回のこのお祭りは長く語り継がれるべき物語だと思うんだよねー……語り部的に!」
シルヴァーナは新しいルグナを同族の視点から記録に残すべく、ここに取材を開始するのだった。
「なーんか、忙しそうなことになってるわねぇ☆」
カモミール・セリーザもまた、そんな祭壇が組み上がる様子を近くから興味深く見守っていた。
「シフールの祭りっていうからどんなのかと心配したけど、思ったよりちゃんとした祭壇っぽくて安心だね」
アレッタ・レヴナントも同じく悪戦苦闘する乳母たちを眺める。
ハウンドたちが設営を手伝うことは簡単だが、それでは完全に外界のコモン主導の祭りとなってしまう。
そうなればある種の相乗効果は薄れるだろう、というのがローデルの仮説だった
それを避ける意味での分業体制というわけだ。それにそもそも二人には別にやるべきことがあった。
音楽担当としての打ち合わせである。
「祭壇があそこにあって、シフールの子たちがこのへんで歌ったり踊ったりとなると……うん、私たちはこの辺りで演奏するのがいいかねぇ」
アレッタは祭りの当日を思い描きながら動線をシミュレートする。
事前に乳母たちに尋ねたところによれば例年の祭りでは演物の決まりなどは無いに等しく、シフールの子たちが自由に歌い踊るに任せているということだった。
それに加えてハウンドによる芝居もアドリブ重視。となれば、二人の演奏も自然とアドリブ特化したものになるだろう。
「いかにもシフールらしいお祭りよねぇ~。私はそういうノリ、嫌いじゃないけど☆」
「そうだねぇ。即興で祭りを盛り上げる……いいじゃあないか!」
同じ頃、広場の一角では芝居を担当するハウンドたちが顔合わせを行なっていた。
「はいはい、はーい! 私、お芝居ではぜひハウンドの役をやりたいですのっ!」
やがて配役を決めようという段になったとき、
レネットが両腕のみならず全身を使って志願した。
「だって、お外の世界で活躍してるシフールのハウンドっていえば……私そのものですものっ! ちっちゃいシフールさんたちにハウンドはすごいって知ってもらいますの!」
どやっ! といった得意げな顔で胸を張るレネット。確かに、外界に出たシフールの活躍を見せるのならばシフール自身が演じるのは効果的だ。
「あ、じゃあぼくもハウンド役!」
レネットに続いて
フラールもハウンド役を志願する。
「普段みんながやってるようなことをやればいいんだよねー? がんばって盛り上げるよー!」
「そうですのっ! がんばりますのっー!」
祭りの趣旨を鑑みればこれ以上の適役はないだろうと、他のハウンドたちは相次いで同意を示した。
「まず二人は決まりとして、じゃあ俺もハウンド役でご一緒していいかな?」
続いて志願したのは
ドミニク・レノーである。
「シフールと他の種族が仲良くっていうなら、こういうのも悪くないだろうし……せっかくなら協力して一緒に戦う姿を見せたいだろ?」
「それはいいアイデアですね……では私は魔物役をやらせていただきますね。任せてください♪」
アリー・アリンガムはそう頷くと嬉々として魔物役を買って出た。
「悪役は物語に動きを与え、そしてその倒される様は物語に華を添えます。私、悪役には自信がありますので……持てる技能をすべて生かして演じて魅せますね」
「……そういうことでしたら、私も魔物役が適任ですね」
ナイン・ルーラもまた自ら魔物役に名乗りをあげた……が、その表情は心なしか釈然としない様子である。
「なにしろ顔が怖いと言われてしまいましたからね……。そう見えてしまうのならば魔物役を務めるのもやぶさかでは無いのです。とはいえ、私はシスターなのですが……解せぬ」
どうやらナインは直前にシフールの子から素直な感想を……もとい、子たちにあらぬ誤解を与えてしまったようだ。
「ま、まあまあ……ナインさん、ちょっと勘違いされてしまっただけですよ。そういうことですので、僕も一緒に魔物役をやりますよ」
コニー・バインはそんな恋人に気休めを投げかけつつそう言った。
これで、とりあえず当日の配役は決定である。
「とはいえアドリブで進行させるならこれ以上は特に決めることもありませんか。一応僕は外の、つまりアルピニオの街で適当に衣装でも調達してくるつもりです。他には……」
コニーは自身の演技の予定を簡単に説明する。
あくまで各自アドリブというのが基本の芝居ではあるが、大まかな傾向は知らせておいたほうがいいだろうという判断だ。
彼に触発されて他のハウンドたちも現時点での予定を交換し合う。
「あ、そういえば大道具とか小道具もひつようだよねー? 自作しよー!」
フラールがポン! と手を打った。工作好きの血が騒ぐといったところか。
「楽しそうですのっ! 私もお手伝いしますのっ!」
「ありがとうねレネットちゃん! あとは倒される魔物も、強そうで多い方がいいよねー。ほかにみんなが使う物があれば言ってね!」
フラールの指揮のもと、芝居に必要な用意も着々と進められていく。
こうして、予測不能のルグナまでの準備期間は瞬く間に過ぎていくのだった。
◆ネストドールの晴れ姿
「ふぅ……、なんとか間に合ったねぇ……」
ルグナ当日の朝、数百体のネストドールを前にしてレティチェラは安堵の息をついた。
祠から運び出された一体一体には丁寧に白いマントが羽織らされている。これこそ、レティチェラがこの数日のあいだ寝食を惜しんで作り上げた祭装束であった。
その素材は羊毛を用いて作られた『タータン』と呼ばれる最先端の生地だ。ネストドール用とはいえこれだけの数となると相当な量が必要だったが、ハウンドギルドの大盤振る舞いによって可能となったのだった。
ローデルが予算獲得に掛け合った効果もあったのだろう。
ともあれ、これならば限られた準備期間で全てのネストドールの外見を統一でき、なおかつ元の衣装を活かすこともできるという妙案であった。
「……うん。思ったとおり、これだけ揃うと壮観やわぁ」
レティチェラは満足そうに呟いた。あえて染められていない無柄の生地を選んだのは、シフールという種族の未来を願う彼女の思いゆえか。
「まぁまぁ……! 驚いたね、見違えたようだよ……!」
「乳母さんたちが手伝ってくれたお陰やわ」
ポムドーラを始めとする乳母たちも総出でネストドールを着飾っていく。
タータンの材質を活かした至極シンプルな祭衣装ではあるが、それでもマントを留めるボタンに簡易な刺繍が施されているのは職人の面目躍如といったところだろう。
「じゃあ、最後の子にはこれやねえ」
やがて最後の一体を着飾るとレティチェラは小さな石を取り出した。
ほんのりと様々な色彩に発光するそれは、彼女が黄水晶(シトリン)の欠片と虹の染料を素材とし、サンアルケミーの魔法によって錬金生成したかりそめのマジックアイテムである。
「みんなに付けてあげたいところやけど、代表してお願いするねぇ……」
レティチェラはその飾り石を最後のネストドールに縫い付けると満足そうに頷いたのだった。
ある意味で主役ともいえるネストドールの準備が整ったことで、いよいよルグナが始まった。
「それでは、みなさんでネストドールさんを祭壇へと連れて行ってあげましょう!」
「「「はーい!!!」」」
晴天のもと、パオラの掛け声でシフールの子たちがいっせいに動き始めた。どうせならばネストドールを飾ることも祭りに組み込んでしまおうというのだ。
小さな手がネストドールたちを大事そうに持ち、あるいはおぼつかない飛び方でゆっくりと運んでいく。
「転んだり落としたりしないように、ゆっくりとね!」
「わかったー!」
「うーん……うまく飛べないよ……」
元気な返事とは裏腹な危なっかしい姿に苦笑しつつも、シルヴァーナはシフールの子たちをつぶさに観察した。
シフールとネストドールは表と裏、いわば一心同体の存在だ。シルヴァーナに似せたものもこの中に、あるいは別のどこかにあるのかもしれない。
そしてこの子たちが里を巣立つ時、また新たなネストドールが加えられるのだろう。
(それがシフールの運命、か。僕が記憶することで、このルグナは物語として語り継がれる。いつかこの子たちが大きくなった遠い未来で、この物語を知って懐かしく思ってくれたら最高だよねー)
シルヴァーナはこの光景に忘却の彼方となった自身の過去を、そしてシフールの子たちの未来を幻視する。
やがて全てのネストドールが祭壇へと並べられた。一つ一つは小さな人形とはいえ、数百体が並ぶ光景は壮観である。
「すごーい!」
「あれ、僕が並べたんだよー」
「あの白いの、きれーだねー!」
「あたしたちの羽みたい!」
白いマントがいっせいに風に踊る姿にシフールの子たちが歓声をあげる。普段のルグナとは明らかに様子が違うと分かるのだろう。
「みなさんお疲れさまでした。あ、ほら……あちらから楽しい音楽が聞こえますよ?」
パオラが耳を澄ますポーズをして見せると、広場の片隅からハープの音色が響いてきた。
「はいはい~、お姉さんたちが楽しい音楽を演奏するわよー☆」
「さあさあ、みんな寄っといで!」
シフールの子たちを誘うのはカモミールとアレッタだ。祭壇の前に集まっていた子たちは思い思いの場所へと散らばっていく。
広場の左右に陣取った二人の演奏者は、そこを包み込むようにハープを奏でた。
最初はゆっくりとしたメロディで、やがて次第にテンポを速くしていく。
ときにはカモミールが主導してアレッタが曲調を合わせ、あるいはアレッタの変調にカモミールが応える。
「あはは! 楽しいね!」
「こんなの初めて!」
あるいは、音楽というものに初めて触れたのかも知れない。
シフールの子たちは耳をくすぐる調べに乗って、心の赴くまま歌い踊るのだった。
◆祭り、堪能
やがてハウンド主導の演物が広場を賑わせていた。
「はーい、猫戦車乗車会はこっちー☆ 並んで並んでー。順番だからねー」
チャウが自慢の猫戦車へとシフールの子たちを乗せていく。どうやらこれが彼女の『独自の企画』ということらしい。
「わー、なにこれなにこれー!?」
「準備はいいー? はいよー、しゅっぱーつ☆」
チャウが指示すると相棒のリムランドフォレストキャットが動き始めた。ゆっくりとした走り出しから、やがて速度が増すにつれて車体が揺れる。
「はやーい! すごーい!」
「ちゃんと掴まっててねー」
並行して飛びつつチャウは猫戦車を誘導する。まだ自在に飛ぶことができないシフールの子にすれば結構なスピード感なのだろう、なかなか好評のようだ。
「外の世界にはねー、こういう乗り物がいっぱいあって、みんな『ばびゅーん』て走らせてるんだよー」
「ばびゅーん?」
「それってどんなのー?」
チャウの独特な言い回しに、子たちの顔には疑問符が浮かんだ。彼女はしばし『うーん』と考えたあと……。
「実際に見せた方が早いかなー。あ、シルヴァーナ、ちょっと乗ってみてー」
「僕? えーと……これに乗ればいいの?」
チャウは他の子たちと祭りを楽しんでいたシルヴァーナを呼び寄せると猫戦車へと座らせる。
「そう、掴まっててねー……はいよー☆」
「……わああああ!」
いきなりの全速力で猫戦車が発進した。そのまま高速での蛇行走行や急旋回を駆使して爆走する。
「あれが『ばびゅーん』だよー。猫戦車の凄さがわかったー?」
「わかったー!」
「すごいねー!」
「ちょっ……チャウ、止めてよー!」
広場の外周を爆走する猫戦車からシルヴァーナの悲鳴が聞こえてきたのだった。
一方、パオラはシフールの子たちと宝探しの最中だ。
「あっ! あったー!」
「ほんとだ!」
きっかけは一人の子が大事な木の実を落としたという話からだった。それを皆で探すうちに、パオラはこの宝探しのゲームを思いついたのである。
あらかじめ定めた範囲のどこかに木の実を隠し、それを探すというシンプルなルールだ。
「やりましたね。一緒に探してくれたみんなには、おいしいクッキーをあげますよ」
「やったー!」
遊び終えた子たちにクッキーを振る舞うパオラ。
このようにして時間を忘れてルグナを楽しむうちに、そろそろ昼近い時間となっていた。
「みなさん、そろそろお腹が空いたのではないですか? お食事の用意ができたみたいですよ」
テレパシーで料理の準備ができたことを知ったパオラがそう告げる。確かに、調理小屋の方向からは美味しそうな匂いが漂ってくる。
「じゃあ、みんなでご飯にレッツゴー☆」
「「「はーい!!!」」」
チャウの言葉にシフールの子たちは元気に答えたのだった。
『さあ、どんどん召し上がってくださいね』
パメラが羊皮紙を掲げる。
大きなテーブル(シフールにとっては、だが)いっぱいに並べられたのはルグナ用のご馳走の数々だ。
「おいしー!」
「こんなのはじめてー!」
「……たくさんありますから、慌てないで大丈夫ですよ」
モリモリ食べるシフールの子たちにそう言い聞かせるシャルル。いつもどおり無愛想なのは変わらないが、テーブルのうえの料理の増減にはいち早く反応して補充していた。
シャルルの用意した料理はというと、まずはチーズを混ぜて焼き上げた卵で軽やかに食欲を誘う。
次にタイム、セージ、オレガノといった香草とともに焼き上げた牛肉や豚肉がテーブルに踊る。香草が肉の臭みを緩和すると同時に複雑な味わいを与えるのだ。
他にも食べやすく薄切りにした堅焼きパンや、各人の好みに合わせられるようにした様々な調味料にシャルルの気配りが見て取れる。
……のだが、外界の料理に夢中なシフールの子たちにとってはそれどころではないらしく、競うようにその小さい口に詰め込んでいた。
一方、パメラが用意したものはというと、宣言したとおり甘味を押し出したものだった。
メインとなるのは蜂蜜に漬けた牛肉を用いたローストビーフに、オレンジを使ったソースをかけたもの。蜂蜜に漬けたことで柔らかくなった牛肉の旨味を、甘さと酸味のバランスをもったソースがさらに引き出していた。
他にはワインビネガーをきかせたチーズ、蜂蜜とバター、細切れ牛肉を使った各種のソースで味わう焼きたてパンなど。
「おにく、やわらかいねー」
「本当だよ。外界ではこんな食べ物があるんだねえ」
乳母たちも興味深く舌鼓を打つ。外界に旅立つことがなかった乳母にすれば、本来は知り得なかったはずの味である。
『喜んでもらえて良かったです』
パメラは満足そうな表情を浮かべて羊皮紙でそう答えた。
「たくさん飛んだからお腹ペコペコなのー☆」
「シフールの初めての料理か……これもルグナの一幕だよね」
チャウがむさぼる傍らではシルヴァーナが興味深くこの様子を眺めている。
(これで一安心ですね。昼からはノナちゃんと一緒にお祭りを見て回るとしましょうか)
パメラが目をやると、広場の片隅ではリムランドブルーの『ノナ』が陽光を浴びて昼寝をしていたのだった。
「シャルルにーちゃん! これもっと食べたい!」
「あたしもー!」
「……では、少し待っていてください」
そうこうしている間にも並べた料理は無くなろうとしていた。小屋にはまだ残っているが、この様子では全て持ってきた方が良さそうだ。
(どうも給仕というより親鳥にでもなったような気分ですね……まあ、美味しく食べてくれるなら細かいことはどうでもいいですが)
祭りということでもう少しのんびりとした食事風景を想定していたシャルルだったが、これも予測不能のルグナゆえかも知れない。
「さすがシャルルさんですね。この料理などとても美味しいですよ」
ハウンドたちのテーブルを通りかかるとセヴランが感想を伝えた。彼が食べているのは鶏肉をトマトケチャップとバジルで焼いたものだ。
「ありがとうございます。もう少ししたら手が空くと思うので、そうしたらハーブティでも出しましょう」
「先日一緒に採ってきたものですか、楽しみですね」
では、と一礼してシフールの子の世話へと戻るシャルル。
セヴランは、無愛想なままのその背中にどこか楽しそうな様子を見て取ったのだった。
◆開幕
「さぁみなさん! いまから楽しいお芝居が始まりますよ!」
食事も終えた午後、パオラが誘いの声をあげた。
「え? なになにー?」
「ほらほらみんな、ハウンドさんたちが何か見せてくれるようだよ!」
シフールの子と乳母が集まってくると、祭壇の真向かいに簡易な舞台装置が用意されていた。皆が料理に夢中になっている間に設営されたのだ。
といってもここはシフールの里、演劇に利用できるような物などあるはずもなく、これはハウンドたちによる手作りである。
木枠を組んで布を張り簡易な背景としたのだ。舞台袖の役割も持たせられ、役者の出入りが丸見えになることによる観客の興ざめ防止にも繋がる。
そこにフラールの指揮のもとに作られた民家のパネルを設置すれば、思いのほか劇場のような雰囲気が出る。
「いまから始まるのは、私たちハウンドが外界でどのようなことをしているのかをお芝居仕立てにしたものです」
パオラが簡単に説明すると、いよいよハウンド芝居の幕が上がった。
そこに広がるのはたび重なる戦いで荒廃した村。
そして佇むのはローデル扮する『村人』だ。貴族然とした普段の服装ではなく農民の姿である。
「……ああ、なんでこんなことに!」
村人が天に両手を掲げて嘆きの声をあげると、そこにアレッタのハープが悲しげな曲を合わせる。
「ダークサイド、それは太古にかけられた邪神の呪い……私たちはいつまでこの呪いに怯えなければならないのか……!」
愛するシフールの為に身体を張った名演技――とまではいかないものの、なかなかの熱演である。
劇伴と相まって、芝居が初体験のシフールたちが引き込まれているのが分かった。
「ああ、あの恐ろしいダークサイドたち……」
「ここからコモンの匂いがするぞ……!」
ドスの利いた声とともにカモミールが不穏な調子でハープを奏で、舞台袖から複数のダークサイドが登場した。
声の主は赤い顔と長い鼻をもった異形の姿、すなわち『ダークテング』に扮したナインだった。
「確かに、愚かなコモンがいるようですね♪」
村人を見つけて楽しそうに嘲笑うのはセクシー魔女ローブに身を包んだアリー演じる『ダーク魔女』である。
ちなみにこれは自前の仕事着らしい。
「では僕の自慢の魔物でビックリドッキリさせてあげましょう」
ローブを纏ったコニーがそう言うとグリズリーやガーゴイルを描いたパネルが起き上がった。彼は『ダーク魔物使い』なのである。
村人に迫るダークサイドの魔の手。これを見守るシフールの子たちは水を打ったように静まり返る。
この里ではこのような緊迫した状況とは無縁なのだろう。
「だれか~、たあすけてくれ~!」
絶体絶命のなか、シフールの子たちが固唾を飲んで見守っていると……。
「そこまでだよー!」
「それ以上の悪いことはこの私たちが許しませんのよっ!」
ダークサイドを押し止める凛とした声があがった。
「俺たちハウンドがいるかぎりは、ね」
勇ましい言葉とともに登場するのは三つの人影。
すなわち、ハウンドである。
フラール、レネット、ドミニク演じるハウンドは素早く村人とダークサイドの間に割って入り、彼を守る。
睨み合うハウンドとダークサイド。
「あっ!」
「あれって、フラールおにいちゃんとレネットおねえちゃんだよね……?」
「やったー!」
シフール演じるハウンドの姿に子たちから歓声が飛ぶ。
「ハウンドだと……? 邪魔をするならただではおかんぞ……!」
ダークテングがハルパーを構えて凄む。その迫力に、思わず顔が引き攣っている子もあった。
「そうはいかないよ!」
「みんなの笑顔を守るのがハウンドですのよっ!」
「いくよ二人とも……コモンの未来の為に!」
ハウンドとダークサイドは互いに一歩も譲らない。
「こしゃくですね……やーっておしまい♪」
「アラホラサッサー!」
そして、ついに戦いが始まった。
◆激闘
「えーい、ですのっ!」
勇ましいハープの音色をバックにレネットの魔法が炸裂し、まずはグリズリーが吹き飛んだ。
「いくよー!」
それに続いてフラールもシフールウィップでガーゴイルを打つ。
「わーっ、やったー!」
「二人とも、かっこいい!」
自分たちと同じシフールの活躍に客席は大興奮だ。
「やるな、さすがはハウンド……しかしここまでだ!」
「させないよ!」
ハルパーと杖で打ち合うダークテングとドミニク。しばらく互角の戦いを演じる。
「コモンのくせになかなかやりますが……ここまでですよ♪」
ダーク魔女が手にした杖を構えて念じると、光のようなものが放たれ民家を撃った。
「わあっ!」
「きゃー、ですのっ!」
近くにいたフラールとレネットがその衝撃で倒れる。
「奥の手をいきますよー! いでよ……巨大ドラゴン!」
続けてダーク魔物使いが舞台奥を指差すと、そこには確かにドラゴンの姿があった。
「……あれ、なんかちいさくない?」
「うん、小さいよねー」
シフールの子たちから素直な感想が漏れてくる。実際にはガーゴイル『ヴォルド』なのでそれも無理はない。
「はっはっは! あれは、あまりに大きすぎて危険なので遠くの方にいるのです。見よ、あれがドラゴンの恐ろしさだ!」
ダーク魔物使いが遠近法で強引に押し切ると、ドラゴンが真上へ向かって炎を吐いた。
「「「うわーっ!」」」
同時に吹き飛ぶハウンドたち。
絶体絶命のピンチに観ているシフールの子たちは騒然となった。
しばしの静寂――しかし。
「まだだ……」
まずドミニクが立ち上がった。次いでフラール、レネットも。
「まだだよ……」
「私たちは負けてはいませんのよっ!」
「俺たちにはシフールのみんながいる! みんなの応援があれば、まだ戦える!」
ハウンドたちが客席に向けてそう呼びかけると、シフールの子たちからは自然と応援の声が。
「がんばれー!」
「まけるなー!」
応援の力を受けてか、レネットとフラールが宙へと舞い上がる。
「ありがとう、ですのっ!」
「これでまた戦えるよー!」
「……さあ、やるぞみんな!」
ドミニクはそう叫びながら立ち上がると、氷獅子の魔法の杖を掲げた。
次の瞬間、ハウンドたちの姿がふっと消える。
「なにっ!?」
「きゅっきゅー!」
入れ替わるようにして現れたのはゴマフアザラシだった。ピンチとなったハウンドを助けるべく、動物までもが力を貸してくれているのだ。
ゴマフアザラシはダークサイドたちを牽制するように舞台の上を動き回る。
「ええい、ハウンドの援軍か! ヤツらはどこへいった!?」
「……こちらだ!」
上空からの声にダークテングが見上げると――そこには半鷲半馬の獣、ヒポグリフに跨ったハウンドたちが浮かんでいる。
「これで終わりだ、ダークサイド!」
「ハウンドと、そしてシフールの信じる心で……」
「おしおきですのよっ!」
三人が手を合わせて魔法の杖を振りかざすと、それは様々な色に点滅した。同時に魔法を放ったような音が鳴り響く。
「「「うわああああぁぁー!!!」」」
壮絶な悲鳴をあげてダークサイドたちが倒れ込む。
ハウンドたちの逆転勝利に、シフールの子たちからは大きな歓声があがった。
◆託された願い
芝居はいよいよラストシーンに差し掛かっていた。
「くっ、我らの負けだ……」
「も、もう悪さはしませんから……どうか山に帰してください……」
ダークテングとダーク魔物使い、いや、ナインとコニーがハウンド役の三人にひれ伏している。
このあとダークサイドの呪いを解き、大団円を迎える筋書きだったのだが……。
(……やはり、気のせいではないのか?)
舞台の上のローデルは先ほどから祭壇の異変に気付いていた。
芝居が盛り上がり、シフールの子たちが歓声をあげるごとにネストドールたちが光を放っているように見えたのだ。
(もしかすると……!)
ローデルはアリーに目配せしてテレパシーによる念話を繋ぐ。
『どうしました? 何かアドリブですか♪』
『……ああ。私の考えが正しければ、おそらくこれが最後のひと押しになるだろう』
即座に、ハウンド全員に一つの仮説が伝えられた。
「……ダークサイドたちよ、そしてシフールの子たちよ! 戦いは終わった!」
「ぼくたちはきみたちを倒すためだけに戦っていたわけじゃないよー。だって、呪いを解くのがハウンドの役目だからねー」
「だから、女神さまへの感謝を込めて一緒に歌って踊りましょうですのっ!」
ハウンド役の三人がダークサイドたちへ、いや、シフールの子たちへと語りかけ、祭壇へと誘った。
「え? なになにー?」
「よくわかんないけど……みんなで一緒に行けばいいのかな?」
「うん……なんだか楽しそう!」
芝居の熱気覚めやらぬまま、シフールの子たちもまた祭壇の周囲へと向かう。
「これは今日一番のアドリブになりそうだね……こうなったら楽しんだもの勝ちでしょ!」
「さあ、お姉さんについて来るのよー☆」
アレッタとカモミールが先導して歌い、演奏する。
「あはは!」
「なんだかウキウキするね!」
「こんな感じ、はじめてー!」
高まりきった祭りの高揚をもって歌い、踊り、そして祈る。
ハウンドとシフールの子たちの奔流が広場に溢れ――そして。
祭壇から、光が溢れた。
その根源はネストドールたちだった。
その多くが身体に光を帯び、祭り装束のマントがまるでシフールの羽のように見える。
「やはりネストドールが光っている……! これは……?」
「間違いない……精霊への転生だよ」
ローデルの疑問に答えたのはポムドーラだった。
彼女は涙を溜めた瞳でネストドールたちを見つめる。
「精霊へ……では、これが本来のルグナの姿だと?」
「そうだよ。長いこと……本当に長いこと絶えていたけれど、ようやくこの里から旅立った子たちが報われるときが来たんだよ……」
半身たるシフールの善行をもって、ネストドールは精霊へと転じるという。
であれば、この光の一つ一つが、この里から旅立ったシフールたちの努力の結実ということになる。
やがて完全に光となったネストドールたちはシフールの子たちの周囲へとやって来た。
まるで別れを惜しむかのように。
「……きれい」
「お人形さんたち、どこにいくの……?」
「うん……じゃあ、またね」
光はシフールの子たちを慈しむようにしばらく浮遊していたが、やがて空のどこかへと飛び去っていったのだった。
「なんとも、素晴らしい光景だったな……」
ローデルは名残惜しそうに先ほどの光景を心のなかで反芻していた。
「あれが本来のルグナ……やはり乳母たちの予言は当たっていたということだな」
なぜ今回は転生が上手くいったのか、そしてなぜいままでは上手くいかなかったのか、その本当の理由を知る者はここにはいないだろう。
ただ、今回のルグナを通してハウンドたちとシフールの子たちが心を通わせたことが原動力の一つだったのは間違いない。
といっても里の全てのネストドールが精霊に転生したわけではなかった。だが、これから先は同じような心配は無用だろうとローデルは笑う。
「乳母たちが『これからのルグナはまたうまく回る気がする』と言っていたからな。これが予言かどうかはともかく……私もそう信じるよ」
何らかの理由で滞っていた転生のサイクルは、こうして他ならぬハウンドによって正されたのである。
「もしかしたら、祭りとは本来そういう役目をもったものかもしれないなぁ……。ま、私は植物学者なので門外漢だがね!」
なぜか胸を張るローデル。
「なので専門分野、つまりシフールに話を戻させてもらうがな。シフールの想いが転じた精霊がミドルヘイムに満ちていくことにより、何かしら魔法的な変化が生じることは考えられるだろう。例えばそう……シフールを始めとしていくつかの種族が使う悪戯魔法の幅が増える……とかな!?」
結論からいえばこのローデルの仮説は的を射ていた。
これよりすぐ後、新魔法である『ピクシーの麦打ち』が生まれることとなるのだから(※近日実装予定)。
「……さて。考えれば考えるほど解らないことだらけだが、いまはこの祭りを最後まで楽しむことにしよう。シフールの……そしてミドルヘイムの全てのコモンの未来を、このルグナに託してね」
そう言ってローデルは広場を指し示した。
ネストドールの消えた祭壇で、いまはシフールの子たちが歌い踊っている。
その姿はまるで、この嵐の揺り籠を旅立つその日を待ち焦がれているように見えたのだった。
11
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参加者
| | d.シフールのハウンドって私そのものですものっ!(どやっ)
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| | c.祭りを盛り上げる、いいじゃあないか!
| | アレッタ・レヴナント(da0637) ♀ 25歳 人間 パドマ 月 | | |
| | c.お姉さんはとりあえずこっち。
| | カモミール・セリーザ(da0676) ♀ 31歳 ライトエルフ パドマ 陽 | | |
| | e.ナインさんと一緒に魔物役をやりましょう
| | コニー・バイン(da0737) ♂ 22歳 人間 マイスター 月 | | |
| | e.魔物役をやらせていただきますね。任せてください♪
| | アリー・アリンガム(da1016) ♀ 29歳 人間 パドマ 月 | | |
| | z.ルグナについて記録します。
| | セヴラン・ランベール(da1424) ♂ 26歳 ライトエルフ マイスター 風 | | |
| | b.祭りなら、数も種類も必要ですね。骨が折れそうです……嫌ではないですが。
| | シャルル・ムーフォウ(da1600) ♂ 30歳 ダークエルフ マイスター 地 | | |
| | d.折角なら、シフールと他種族でご一緒したいかな。 俺もお芝居頑張るね。
| | ドミニク・レノー(da1716) ♀ 25歳 ライトエルフ パドマ 水 | | |
| | e.なんかこちらになりました。魔物役を務めますが、解せぬ。
| | ナイン・ルーラ(da1856) ♀ 29歳 人間 ヴォルセルク 水 | | |
| | a.お人形さんのお洋服いっぱい用意するんよ。
| | レティチェラ・サルトリオ(da1954) ♀ 19歳 ライトエルフ マイスター 陽 | | |
| | b.(かきかき)『私は料理作成に回りますね』
| | パメラ・ミストラル(da2002) ♀ 19歳 人間 カムイ 月 | | |
| | g.折角ですし、お祭りを楽しみますね
| | パオラ・ビュネル(da2035) ♀ 23歳 ライトエルフ パドマ 地 | | |
| シフールの祭りに参加できるとは……研究者としてこれ以上の喜びはないッ! | | ローデル・ワーズワース(dz0050) ♂ 46歳 人間 マイスター 水 | | |
ひと足早い、収穫祭
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乳母たちの予言をもとに、シフールの里の収穫祭をプロデュースすることになったハウンドたち。シフールの子たち、そしてネストドールとともに、このひと足早い収穫祭を成功させよう!
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