オープニング
◆二つの災厄
神聖暦920年、6月。
その頃、リムランド地方では二つの街道が二匹のドラゴンの驚異に晒されていた。
一つは山間部を通る街道だ。険しい山の間を縫うように通されたそこは複数の街道の交差点であり、主に材木資源の運搬に使われる重要な場所であった。
そんな街道に面した山の中腹にドラゴンが棲み着いたのだという。
大きさは6mほどか。痩身のトカゲを連想させる総身は黒い鱗が覆い、その隙間からは溶岩を思わせるような真っ赤な皮膚が見え隠れする。
それは街道を通りかかるコモンや家畜に見境なく襲いかかった。
当然ながらこれを討伐しようと近隣から狩人や兵士が集められたが、山の木や岩が天然の盾となっており弓矢で狙うことは容易ではない。
それどころか、逆にドラゴンは魔法らしき炎の弾を撃ち下ろしてくるという。
ならばと斜面を登り接近を試みても、近付く前にその羽によって山から山へと飛び移った。どうやら飛行すること自体はあまり得手ではないようだが、地の利を活かすには十分な能力だった。
もう一つは険しい谷に掛かる吊り橋だ。こちらは渓谷部の集落から伸びる街道の一部であり、宝石類の原石運搬に用いられてきた。
だが、時を同じくして別のドラゴンがここを縄張りと定めてしまったらしい。
こちらのドラゴンの大きさは5mほど。緑の鱗に覆われた同じくトカゲを思わせる形状だが、巨大な翼と巨大な鉤爪を備えた強靭な後ろ脚をもち、渓谷部を自在に飛行しては前述のドラゴンと同様に手当たり次第に襲いかかってくる。
そして地の利という点においてはこちらのドラゴンの方が厄介だった。なにしろ周辺は険しく切り立った谷であり、ドラゴンはそこを文字通り縦横無尽に飛び回ることができるのだから。
谷という足場の悪さを逆手に取るようにその翼で暴風を巻き起こしたり、身を隠す場所の少なさを突いて魔法らしき稲妻を浴びせてくる。
この二匹のドラゴンの出現によって多大な人的被害が生じ、同時に街道を用いた経済活動は著しい停滞を余儀なくされた。
ドラゴンたちはその辺りを一向に動こうとはせず、周囲の都市や村は徐々に疲弊していった。
◆領主の決断
貿易都市『ニヨルド』。
ここはリムランドにおける最大規模の経済拠点のひとつであり、同時にドラゴンたちの被害を最も被っている都市でもあった。
件の街道はいずれもこの場所へと通じ、ここから別の地方へと各種資源を輸出しているからだ。
「……以上が現在までに確認できている損失の概算です。つ、続けてこの状況が継続した場合の損失試算を……」
「……もういい」
その貴族は、顔面蒼白で続ける臣下の言葉を断ち切った。
――レイヴォ卿。このニヨルドの統治者であり、周辺地域の領主でもある。
「狩人では歯が立たぬ、とはいえこれ以上の兵を失っては街の治安維持に支障をきたす、さりとて勝手に去ってもくれぬ……か。忌々しいものだな、ドラゴンというのは……」
齢五十を越えてもなお猛禽類の如き眼差しを保ち、その肉体は百戦練磨の戦士を彷彿とさせた。
一説には若かりし頃はヴァイキングとして周辺の海域に勇名を馳せ、あるいは暴虐の限りを尽くし、数々の武勲を打ち立てたことで領主の地位へと上り詰めたという。
彼の信条は飴と鞭――言い換えれば、金と暴力であった。
「並の狩人で歯が立たぬならば、並ではない狩人を差し向けるだけだ。オーディア島への使いはどうなっておるか?」
「す、すでに出立しておりますれば、近々に返答が……しかし、あのようなことを本気で? 話に聞いた相場の三倍以上の支払いになりますが……」
「損失を取り戻すにはそれまで以上の勢いが必要だ。それが例え一時のものであろうとも、な。すでに他の街に鞍替えする商人や労働者の流出が始まっている。いまは示す必要があるのだ、権威と娯楽を……」
レイヴォ卿は執務室からニヨルドの街並みを見下ろした。
街の中央に存在する広場では何やら大掛かりな工事が進んでいる。
「ならばハウンドギルドに払う額など安いものだ。それで首尾よく運べばよし、今後の協力体制への繋ぎにもなろう。仮に失敗してもそれは向こうの責任、こちらの腹は痛まん……だが、いまは為してもらおうではないか……『竜殺し』と『竜食らい』をな」
レイヴォ卿はその鋭い眼差しを遠くオーディア島の方角へと向けたのだった。
◆依頼の内容
「……というわけで、討伐する二匹のドラゴンに関してはいま説明した通りだ。どっちも面倒な場所に陣取ってるらしいから準備など十分にしておいてくれ」
その日、ハウンドギルドの職員にして魔物の研究者である『チャールズ・ガイ』は、集まったハウンドたちにドラゴン討伐依頼の概要を説明していた。
「依頼主からは早急に対処してくれとのお達しなので、今回は二隊に別れて同日に討伐を行う。自分にとってどっちが得意な相手とか場所だとか選んでおいてくれよ。ここまではOK? ……実は、今回の依頼はドラゴンの討伐だけじゃないんだ。よく聞いてくれ……」
チャールズはそこで言葉を切り、ハウンドたちを見回した。
「その討伐した二匹のドラゴンを『美味しくいただく』までが依頼なんだ」
盛大に浮かんだ大量の疑問符にチャールズはうんうんと同意する。
「なんだかよく理解らないって顔だな? 大丈夫、僕も同じだから。まぁ依頼主の言い分によれば『ドラゴン討伐の成果を、目と口でしっかりと確かめたい』とのことらしいが……」
依頼主から提示された計画はこうだ。
討伐に成功した二匹のドラゴンは速やかにニヨルドへと運ばれたあと、街の中央広場に特設されたキッチンステージで衆人環視のもと調理され、首長を始めとする街の要人たちに振る舞われる。
今回は、この討伐から調理までをハウンドギルドに一任したいとの達しだった。
すでにドラゴンを倒した実績のあるハウンドギルドならこの大役を任せるに足る、というのがその理由である。
「早い話が『ドラゴンの料理ショー』っところかな……そんな言葉があるのか知らないけど。聞けばそのドラゴンの所為でニヨルドは多大な経済的損失を出しているらしく、これは住民に向けた一種の権威パフォーマンスであると同時にハウンドギルドの実力を試しているのだろう……というのがギルドマスターの見解だ」
事実、この依頼に成功した場合は相場の三倍近い報酬とともに、ハウンドギルドへの継続的な資金援助が提示されている。
金に物を言わせた不遜な言い分ではあるものの、それが逆にギルドマスターの闘志に火を付けてしまったらしく、依頼を受けることになったのだという。
◆一癖あり
「さて、料理自慢のハウンドに調理を担当してもらうのはいいとして……問題はそのドラゴンの肉なんだ。知っての通り以前同種を討伐した際に二匹ともギルドで回収している。それを研究して分かったんだけど、これがどっちも曲者でね……」
黒い鱗に真っ赤な皮膚の個体、つまり『ヴォルケイドドラゴン』の肉はいっさい調味料を用いずとも凄まじく辛いらしい。
「これがもう辛いなんてもんじゃない。激辛……いや、超激辛だね。肉質自体は鶏肉っぽい感じなんだが、これを普通に料理してもはたして常人に食べられるかどうか。まして相手は貴族や富豪など舌の肥えている連中だからな。何らかの工夫が必要なのは間違いないだろう」
辛さを中和するか、あるいは逆に際立たせるか、もしくは別のアプローチか。
この辛さへの対応がカギとなるだろう。
「でも、辛いだけならまだマシかな……」
巨大な翼をもつ個体、つまり『ウイングドラゴン』の肉はさらに厄介であるらしい。
「こっちはもう、何というか……不味いの一言だな。いや超不味い……いやいや超激不味いか? あの独特の臭みが鼻に突き抜ける感じ……肉質自体はネズミみたいだけど、どう調理しても不味いんじゃないかな……ネズミを食ったことあるのかって? そりゃあるよ。種類によっては結構美味いぞ」
当然といった表情のチャールズ。魔物の研究というのは斯様に険しい道であるらしいが……それはともかく。
不味さを中和する為には他の食材との組み合わせや、美味い副菜で誤魔化すといった方向性が考えられる。
この不味さへの対応がカギとなるだろう。
「ドラゴン以外の食材に関しては、この季節にリムランドで手に入る物なら獣肉、魚介、野菜、果物に各種調味料と何でも揃えてくれるそうだ。調理器具も同じく一通り揃っているだろう。ま、愛用の道具があるなら持参してもいいかもな」
それに観客からは調理中の行動も注目されているだろう、とチャールズは結んだ。
◆徹頭徹尾に
「……ってことで、依頼主からの要求はこんなところなんだが『どうせやるならトコトンやってやろうじゃねえか』というギルドマスターからの発案があってね。お偉いさん方の試食の後でドラゴン料理を使った『大食い大会』が開かれることになった。これに参加してくれるハウンドがいると助かる」
これにはニヨルド市民から選ばれた大食漢も参加させる予定だ。ドラゴンを食い尽くす勢いで盛り上げて、依頼者の鼻を明かしてやるのがギルドマスターの狙いだという。
「とはいえ辛いと不味いのドラゴン肉だ。どんな料理が出来上がるか想像もつかないな……それにただ大食いするってのも面白くない。なにか個性的なパフォーマンスを織り交ぜてみるのもいいんじゃないか? ああ、あとは試食の時にお偉いさん方への『給仕や接待役』もいた方がいいだろう」
何しろ今回は食材が食材だ。料理への援護射撃という意味でも、審査役である要人のご機嫌をとっておいて損はない。
「それと、イベント全体を通じて『ショーアップ』のアイデアがあるなら遠慮なくやってくれ。ハウンドが単に戦うだけの集団じゃないってことも証明できるしな」
現在のニヨルドはドラゴンの災厄によって停滞ムードが漂っているという。街をあげてのイベントとはいえ、何もしないでは集客に影が落ちる可能性もあった。
これ以上ないほど盛り上がれば依頼主も文句は言えないだろう。
「……あ、そうそう。考えたくないが、もしドラゴンの討伐に失敗したらギルドで保存してある『ドラゴンの塩漬け肉』を使うことになってる。これなー、食えないものじゃないが風味は数段落ちるから間違いなく評価は下がるだろうな……。そんなことにならない為にも、まずはドラゴン討伐に集中ってことで、よろしく頼むよ」
研究者が助言できるのはここまで、とばかりにチャールズは手を振ってハウンドたちを送り出した。
目指すは竜を殺し、そして食らう者。
そんなドラゴンイーターとなるべく、ハウンドたちは一路リムランドへと出発するのだった。
選択肢
a.ヴォルケイド討伐 | b.ウイング討伐 |
c.調理を担当 | d.給仕・接待を担当 |
e.大食い大会に参加 | f.ショーアップ協力 |
z.その他・未選択 | |
マスターより
午睡丸です。
本シナリオは、世界の歴史を動かす可能性を秘めた企画『RealTimeEvent【HoundHistory03】ようこそ竜戦士』のグランドシナリオになります。
詳しくは、シナリオページの『シナリオって何?』の『グランド』の項をご参照ください。
今回はリムランド地方を舞台に『ドラゴン討伐』と『料理ショー』の二部構成でお届けします。
貿易都市ニヨルドに関する情報は図書館の『世界>地理>リムランド地方』を参照してください。
a ヴォルケイド討伐
b ウイング討伐
まずはメイン食材の調達……もとい、二種のドラゴン討伐です。どちらも自身に有利な地形を選んで縄張りとしているようなので十分な対策が必要でしょう。
c 調理を担当
料理ショーで提供するドラゴン肉の調理を担当します。
ニヨルドの中央広場に特設されたキッチンステージには一般的な調理器具が備え付けられ、周囲をぐるりと観客が取り囲むスタイルになっています。
どちらの肉も美味しく食べさせるには工夫が必要になってくるでしょう。ドラゴン肉以外の食材や調味料が必要な場合、よほど希少なものでなければニヨルド側で用意してもらえます。
街の要人に試食させる料理と大食い大会用の料理は別でも同じでも構いませんが、後者は大量に用意する必要があることに留意してください。
d 給仕・接待を担当
街の要人への給仕、および接待役を担当します。
貴族や富豪、騎士など、さまざまな身分、種族、年齢、性別の要人が試食役として招待されています。
ここで好印象を与えおけば料理の美味しさもアップする! ……かも?
e 大食い大会参加
料理ショーの最後を飾る大食い大会に出場します。
OPの段階ではどんな料理が完成するのか未知数ですが、ドラゴン肉の情報から予想しつつ食べた際のリアクションや観客へのパフォーマンスを考案してイベントを盛り上げてください。
f ショーアップ協力
上記以外にも様々な盛り上げ要員を募集しています。例えば調理中の実況役や調理前のドラゴン肉を体当たり実食レポート、などなど……。
ab以外の選択肢を選んでも討伐作戦に参加可能ですが、リプレイでの描写量は選択肢に準じます。逆の場合も同じ。
その場合、どこに参加するかの明記をお忘れなく。
それでは、みなさまの竜食らいプレイングをお待ちしています。
登場キャラ
◆渓谷の街道へ
その日、災厄の舞台となった渓谷の街道をハウンドたちが進んでいた。
ウイングドラゴン討伐隊である。
「不思議な鱗に暴風……魔法も厄介だよね。っていうかさ、改めて考えてみるとウイングドラゴンってものすごく面倒くさい相手だよね……!」
リザ・アレクサンデルはニヨルドの兵士から聞き及んだドラゴンの特徴を指折り数えて見せた。
「しかも場所が渓谷ですからね。そこを飛び回る相手となれば罠を仕掛けるのも難しいですし……」
リザの情報を補強するのは
ベドウィール・ブランウェンである。
地元の狩人や兵士にはウイングドラゴンと幾度も交戦して手口を覚えている者もおり、ある程度の情報は事前にハウンドたちにも伝わっていた。
だがそれが分かったからといって厄介なことにかわりはない。
「下手に飛び道具とかで狙っても暴風で防がれるんだっけ? あと空中から一方的に攻撃もしてくるらしいし……」
「家畜を囮にする手もありますが……手当たり次第に襲ってくるそうですからその必要はないでしょう。しかし、地表に降りて来ずに魔法を撃たれ続けるとお手上げですよ」
「ま、そのあたりは『これ』に期待してみようよ、ウィール」
リザは後方を付いてくる荷馬車を示した。どうやら彼が手配したものらしいが、そこには運搬できる限りの石材が積まれている。
「なんにしても、なかなかハードな『竜殺し』になりそうッスね?」
重装備に身を固めた
フェルス・ディアマントが鷹揚に言った。
小さいとはいえ相手がドラゴン、しかも地の利が向こうにあるとなればハウンドとはいえ緊張するものである。
だがフェルスの言動は平時のそれと変わらず、周囲に安心感を覚えさせる。
「ま、ここまで来たら腹を括るしかないッスからね。その鉤爪ってのはできるだけ自分が引き受けるッスよ」
「お願いするよ。代わりといってはなんだけど、傷の手当なら僕にも少しは出来るだろうから」
回復役を買って出たのは
パライソ・レヴナントだった。
彼自身は射手としての役割も担うつもりではあったが、その能力は盾役を支える貴重なものである。
「とはいえ持久戦は避けたいところだね。飛べなくすることを優先したいところだけど」
「……確かにな。向こうのペースのまま広範に暴れられては猟場が荒れるだけだ。どうにか引き付けて仕留めるのが一番だろうな」
ウル・ギーフはまだ見ぬドラゴンの姿を空に思い描き、狩りの予想を立てていた。
今回の場合、最大の問題がドラゴンの機動力であることはハウンドたちの共通の認識である。
「そうさせないよう、どうにか巧いことドラゴンを引きずり降ろしてやりたいものだな」
馬を連れた
アイオライト・クルーエルが同意する。
「シャルルがそのドラゴンを捌くところを見たいからな……首尾よく倒せるといいんだが」
「ええ。ドラゴンを捌くなどそう機会のあることではございませんし、新鮮なうちに処理したいところです」
シャルル・シュルズベリはそんな心配をしていた。リムランドとはいえ、7月の陽気では痛むのも早いだろう。
「それにしてもドラゴン肉を使った料理ショーですか……面白そうですわね」
並走する馬車の御者台から
エフィ・カールステッドの声がした。荷台には大型の石弓や矢といった剣呑な装備が積載されている。
「料理できるようになってほんとに良かったです……味見だけでもお腹一杯になりそうですし」
じゅるりと口元を拭うエフィ。味に癖のある食材という事実は二の次のようだ。
「左様ですね。その為にもできるだけ損壊させず片付けたいところです。もちろん、みなさまに被害なく倒せることが前提ではございますが……」
「そのあたりは射手や魔法狙いの方に任せるしかないッスね。あ、自分の持ってきた矢も提供するから自由に使って欲しいッスよ」
フェルスはそう言って矢筒を差し出した。そこに収められている矢は竜牙製の矢頭を備えたものである。
「じゃあ、僕は魔法で援護をがんばるよー! それならあんまり傷を付けずに倒せるんじゃないかなー?」
「そうですね。私も魔法で援護射撃します」
フラールと
アリー・アリンガムの二人も、ともに魔法での援護を約束するのだった。
◆眼下からの奇襲
やがてハウンドたちは渓谷に架かった吊り橋へと至った。ここがウイングドラゴンの縄張りのはずである。
「いないね……お留守なのかな?」
「だといいですが、もう気付いていると考えるべきでしょう。いまのうちに準備をしますよ、リザ」
「はーい」
ベドウィールの言葉通りすでに接近は察知されていると考えるべきだろう。ハウンドたちはそれぞれに狩りの準備を始める。
運搬に用いられているだけあって吊り橋は頑丈な作りだった。十数人程度のコモンはもちろん、馬車が複数同時に通行しても問題はないだろう。
ただし街道と吊り橋以外への移動の自由度はかなり狭かった。周囲は険しい山と切り立った崖に囲まれており、常に崖下への落下のリスクを背負わされているような状況である。
もっとも、それゆえにドラゴンはこの場所を選んだのかもしれないが。
「わー、すっごい谷だねー!」
飛べる身の安心からかフラールが崖近くまで近づいて下を覗き込んだ。眼下の渓流の流れは激しく、一度落ちればそうそう戻ってはこれまい。
――と、次の瞬間。何か大きな影が浮上してきた。
巨大な翼をもつ姿、ウイングドラゴンだ。
「わっ!」
「下がるッスよ!」
警告と同時にフェルスが前へ出る。すでにガードを成就していたところにアースアーマーも追加し、守りは万全だ。
「シャアッ!」
ドラゴンは眼前にいたフェルスを第一の標的とし、その頭上で激しく翼を羽ばたかせた。直下を中心に凄まじい暴風が巻き起こり、次いで刃物のような巨大な鉤爪が襲いかかる。
「うーわー!」
暴風で飛ばされるフラール。だが魔法で風への耐性を得ていたフェルスは微動だにせず、また、強化された防具は鉤爪をものともしない。
「おかえしッスよ!」
フェルスが念じるとその腕が両刃の直刀、レーヴァティンに変化した。バサラフォームと呼ばれる武器融合状態である。
さらに戦鎖に変形させて頭上のドラゴンへと放つ。
「ギャア!」
刃は幸いにも鱗に防がれず、さらにドラゴンの後ろ脚へと絡みついた。フェルスは渾身の力で引きつつ叫ぶ。
「いまッスよ!」
「もらったですわー!」
「了解!」
エフィが馬車の石弓で、パライソがドラゴンボウでドラゴンを射た。
エフィの矢は鱗を貫いたものの、パライソの矢は翼の根本という小さな的を狙ったことで命中させられず、谷底へと消える。
「シャアアッ!」
ドラゴンは怒りの声とともに戦鎖の戒めを振り解き、再び渓谷へと下降していった。
「逃げる気か?」
「……いや、いまのでこちらを警戒したのだろう」
アイオライトの言葉にウルが答えた。二人はそれぞれ騎乗したままドラゴンの動きを注視する。
奇襲に対して手痛い反撃を受けたからだろうか、ドラゴンは高度を下げたまま峡谷を飛行している。
「何か仕掛けてくるはずだ、気を抜くな」
ウルはそう警告すると馬を走らせ、草むらに身を隠した。彼の持つグリーヴァシゲトウなら対岸までも矢は届くが、吊り橋に邪魔されないベストな射撃位置が必要なのだ。
そして警告通りドラゴンが動いた。急上昇してきたと思うとその身体から稲妻が迸ったのである。
パドマ魔法、ゼウスによるものだ。
「きゃあ!」
稲妻は馬車上のエフィに命中するとその身を感電させた。石弓を警戒しての行動だろう。
「……ヴィンドスヴァル!」
「……ルナ!」
フラールがヴィンドスヴァルを成就し、アリーが目視狙いでルナを成就する。だがすでに吹雪の射程外へと移動しており、光の矢は鱗に阻まれたようだった。
「速すぎるよー」
「厄介な鱗ですね……」
次いで草むらからウルが矢を射掛ける……が、これは軽やかに躱された。こうした回避能力の高さもこのドラゴンの特徴なのだ。
渓谷を縦横無尽に飛び回りつつ、一撃離脱で稲妻を浴びせてくるドラゴン。
「こっ、これはマズいのです……」
イッヌ・アステールはアマテラスを成就してCROSSに聖なる力を付与し、結界を作り出した。
だが仲間全員を結界内に入れるのは無理だ。逃げ遅れたアリーを稲妻が撃ち、感電させる。
「みんな、こっちへ!」
リザが用意していた馬車の陰へと仲間たちを呼び込んだ。身を隠したところへ稲妻が襲いくるが、荷台の石材に吸収されて消えた。
「よっし! 成功だね!」
快哉を叫ぶリザ。ゼウスの弱点を突いた防御壁だったらしく、イッヌの結界と合わせればとりあえずは身を守ることができる。
「でも、このままでは埒が明かないかな」
パライソが感電した仲間をアンチドートで回復させつつ言った。無駄と知れたのか、すでに稲妻は止んでいる。
ドラゴンはこちらから姿が視えないように峡谷の低所を飛行しており、いわば拮抗状態となっていた。
「でも、だいぶ魔力も使っただろうし、そろそろこっちの魔法も効くんじゃないかな……どう思う、ウィール?」
「そうですね……どちらにせよこれ以上の無駄撃ちは誘えないでしょうし、仕掛けてみる価値はあるでしょう」
「では俺が陽動に出るよ。どうにかこちらの攻撃が届く距離まで引きずり込もう」
アイオライトの提案にハウンドたちが頷いた。全員の火力を集中できる距離にまでおびき寄せることが第一の目標だ。
「アイオライト様、くれぐれもご用心を」
「わかっているさ、シャルル。つまらない怪我でせっかくの料理を逃したくはないからな」
安心させるようにそう言い残すと、アイオライトは愛馬とともに吊り橋を駆けていった。
◆突風に抗え
「気付いたか……来るな?」
アイオライトは吊り橋をほぼ渡り切ったあたりで馬の速度を落とし、注意を引くべくあえてタータンマントを風になびかせた。
やがて吊り橋の下から翼をもつ影が上昇してくる。ドラゴンはそのままアイオライトの頭上に位置すると翼を激しくはためかせた。
不安定な吊り橋を暴風が煽る。馬はどうにか体勢を保ったものの、鉤爪がアイオライトの肩口を抉った。
「はっ!」
ルミナパワーを付与したグリーヴァオオダチでどうにか斬りつけると、彼は馬を返して逃げ始める。
「……そうだ、そのまま追ってこい」
怒り心頭のドラゴンを引き連れて吊り橋を引き返してくるアイオライト。
ドラゴンがハウンドたちの存在を思い起こした時には、すでにその攻撃範囲の中だった。
「いっけー!」
ベドウィールによってミタマギリを付与されたリザの水の剣が襲いかかる。
「あの鱗には……とにかく手数!」
手応えの無さは気にせず攻撃を繰り返す。
さらにアリーが嵐竜の魔法の杖の能力を使い稲妻を浴びせた。
「シャアアーーッ!」
集中攻撃に晒されたドラゴンは怒りの声を上げつつ、その口を大きく開いた。次の瞬間。
その口から猛烈な突風が吹き出された。
威力をもち、扇状に吹き出された突風の息はハウンドたちを容赦なく襲った。逃げ場のないこの状況では全員がこの息に晒されたのだ。
「むっ……!」
衝撃に耐えきれず体勢を崩し、馬上から落下するアイオライト。
「これは、なかなかッスね……!?」
フェルスは転倒こそ免れたものの、強化したはずの守りが通じないことに動揺を隠せない。
また、それはアマテラスによる結界の中にいた者にも同じことだった。
一気に形勢を崩し、ドラゴンがホバーリングしつつハウンドたちに接近を始める。鉤爪で確実に仕留めていくつもりなのだろう。
「……そうくると思っていましたよ」
不意に、ドラゴンの後方にベドウィールが現れた。
彼は背後を取る為に吊り橋の下部にぶら下がって回り込んでいたのだ。
間近に出現した伏兵に慌てたドラゴンが鉤爪を振り下ろしてくるが、マルチパーリングを成就している彼はカゲヌイブレードでそれを受け流す。
「いまですよ、リザ!」
「オッケー、ウィール!」
水の剣が突き進む。この状況なら狙いは外さない。
「ギャッ!」
確かな手応えが伝わると、短い悲鳴とともにドラゴンは翼をはためかせて急上昇した。
「今度こそ、もらった」
その時、ウルはグリーヴァシゲトウに三本の矢をつがえ、弦を限界まで引き絞っていた。戦技魔法マルチシュートとオーバーロードの付与によって可能とした技術だ。
離脱しようとするドラゴンに向け、フェルスから託された竜牙の矢を三本同時に射る。
迎撃の暴風、ストームは成就されない。ミタマギリによりすでに魔力を失ったか。
「ギャアアッ!」
三本の矢を全て躱すことはできなかった。悲鳴があがり、翼の動きは鈍くなって徐々に高度を落とし始める。
「これで最後にいたしましょう……」
そこへシャルルの成就したデスが追い打つと、空中で絶命したドラゴンは渓流へと落下していった。
その後、ニヨルドの兵士の協力のもとドラゴンの骸の捜索が速やかに行われた。重さもあってか遠くまで流されることもなく、やがてすぐ下流の沢で発見される。
渓流へ落下したことが幸いして損壊も少なく、食材としては問題なさそうだ。
「これで一安心、かな? しかし、厄介なドラゴンが厄介な場所に棲み着いたものだね……」
パライソは十数人がかりで沢から引き上げられるドラゴンを眺めて胸をなでおろした。彼の魔力はすでに尽きており、あれ以上狩りが長引いた場合どうなっていたかは分からない。
「……あれ、ウル君。その酒樽はどうしたの?」
「ああ、肉の臭みにサメ料理の技法が使えるかと思ってな」
ウルはリンゴ酒の小樽を手にしていた。多くの狩りでは腐敗を防ぐ為に獲物の内臓を早々に取り去ってしまうが、その際に肉を少し分けてもらうつもりらしい。
結論からいえばウイングドラゴンの肉の臭みはサメやエイといったアンモニア臭とは別個のものだったが……それが解るのは後日になってからである。
「何にしてもあの巨体を街まで運ぶのは大変だね……よし、ひと休みしたし手伝ってこようか」
パライソを始めハウンドたちも協力してドラゴンの引き上げが始まる。
渓谷の街道に巣食った災厄は、討伐されてなおコモンの手を煩わせたのであった。
◆山間の街道へ
「やってやる、やってやる、やぁってやるぜ~♪ 悪いドラゴン、ボコボコに~♪」
そんな呑気で勇ましい歌が山間の街道に響いていた。
歌っているのは
グドラだ。ヴォルケイドドラゴン討伐隊の先頭に立って……と言いたいところだが、キティドラゴンの歩幅ゆえか時おり小走りになって皆に付いていくのがやっとである。
「よーし、悪いドラゴンはおいらがやっつけてやるぜ!」
「はは、頼りにしてるぞ。それにしても、ドラゴンを倒して食わせろとは無理難題を簡単に言ってくれるよな……」
アイン・クロービスは心中で改めて依頼内容を反芻していた。常識で考えればドラゴン一匹の討伐だけでも大仕事だろう。
「ま、あの街の状況を考えれば依頼の趣旨も分からんではない、か……俺たちはやれるだけやるしかないな」
「任せろよ! おいらは水のキティドラだから、そのヴォルケイドってのはいわば宿敵だからな!」
慎重な面持ちのアインとは対照的に鷹揚に胸を張るグドラ。とはいえ、ルミナ属性は相対した際の有利不利に必ずしも直結するものではないだろう。
まして今回の相手はスモール級とはいえドラゴンなのだ。コモンの常識や発想の及ばない能力を有している可能性は十二分にある。
だが、彼我の差を承知しておくことは戦いにおいて常道ではあった。
「その理屈じゃ、あたしゃ火属性なんで相性はイーブンかねぇ」
そんなグドラの言を受けてか
セイ・ローガンが腕を組みつつ首をかしげた。言葉の上ではそうであっても、実戦においてそれにどれだけ意味があるかは自信がないらしい。
「だからって『ムチャしやがって……』なことにならないでくださいよ、セイさん」
そんな彼女に
アンカ・ダエジフが釘を刺した。
「そりゃあたしだってそうしたいさね。っていうか、そもそもヴォルケイドに挑むって張り切ってたのはアンカじゃないか。何か考えてるんだろうね?」
「ではでは、あとでレジストファイアをかけてあげますよ。さすがにわたしだけはこのメンタルパワーリングを使っても全員には無理ですが……」
「それなら俺も協力させてもらうよ」
ドミニク・レノーも魔法の付与役を申し出た。
はたしてヴォルケイドドラゴン相手にレジストファイアの効果がどれだけ有効なのかは未知数だが……考えられる対策はしておいて損はないということらしい。
二人がかりであれば、他の魔法を使うことを考慮してもほぼ全員へと付与が可能である。
「あとはテレパシーを使うかな? 全員で遠話可能にしておけば、ドラゴンの予想外の動きに素早く対応できるかもしれないしね」
「ああ、そいつは心強いねぇ。聞くとこによると厄介な場所に陣取ってるらしいし」
「俺は荒事は不得手だから皆に頼ってしまうことになるけど……勇者にはなれなくても、勇者を奮い立たせることならできるさ」
ドミニクはそう微笑むと連れてきたヒポグリフを撫でた。
「……そのとおりだ。機は自身だけで得るものではない」
それまで押し黙っていた
ヴァイス・ベルヴァルドが言葉を継いだ。
「それに重要なのは連携だ。焦らず、機を待つことだ」
今回の地の利はドラゴンにあると思っていい。ならば、その守りを崩す為には迅速な情報共有が必要不可欠だろう。
「……そろそろ、ですかね?」
シェール・エクレールの緊張した声にハウンドたちは歩みを止めた。
まもなく問題のヴォルケイドドラゴンが縄張りとする一帯である。ニヨルドから派遣された案内役の兵士はすでに震えながらこの場を後にしており、元より人通りの絶えた街道にはハウンドたちの姿しか見えない。
もっとも、誰かいたところで助力どころか足手まといにしかならないだろうが。
「だいたいの地形は分かっていますけど、ドラゴンが同じ場所に居るはずはないですよね……」
シェールが土や草を身体にまぶして匂いを誤魔化しつつ言った。遭遇してみるまでは相手との位置関係は見当がつかず、いざ戦闘となればその場の判断で動くしかない。
「例え相手がドラゴンでも……狩って、解体して、美味しく食べますよ」
そんな彼女同様に、他のハウンドたちも接敵に備えて魔法の成就など準備に余念がない。
「……恐らくは、飛び立った時こそが攻撃の好機ですわね」
ナイン・ルーラは仲間からレジストファイアの付与を受けつつ持論を語る。
「私は飛ぶことはできないので愚直に斜面を登るしか手が無いです。そのうえで水の剣で攻撃しますが、それでも一撃与えられたら御の字でしょう」
「僕のソルティドールの能力がヴォルケイドに通じればいいのですが……その前に僕自身が足手まといにならないようにしないと」
コニー・バインが心苦しそうな表情を浮かべる。体長1mにも満たないソルティドールでは他のハウンドと足並みを揃えて斜面を登ることは簡単ではなく、ドラゴンに十分近づいてから具現化する必要があると思われた。
それは危険に自ら近付くということだ。
「コニー君、ハウンドとはいえ適材適所ですよ。まずは狙撃に集中してもらっても……」
「いえ、大丈夫ですよ。こう見えても農作業で鍛えてますから」
コニーの表情から焦りを読み取ったのかナインが気遣うが、彼は首を横に振る。
(それに、恋人がドラゴンに挑むのを黙って見ていたら男じゃないですし……)
緊張感に急かされながら、ハウンドたちはドラゴンの姿を求めて街道を進んだ。
◆頭上からの迎撃
「……いたぞ!」
アインが街道脇の山肌を指差した。
見上げると黒い姿がそこに鎮座していた。一見するとトカゲのように見えるが、間近にある木と比較するとその大きさが解る。
陣取っている場所は高さにして30mといったところか。こちらの存在を察知していたのか迎撃の体勢を整えている。
ハウンドたちは、すでにドラゴンの縄張りへと足を踏み入れていたのである。
「そこを動くなよー!」
バトルハンマーを手に一番手で突進するグドラ。
「グドラ、焦ってはダメなのですよ……聞いてませんね。ではトウカ姉さん、可愛い妹とキティドラゴンをドラゴンの魔の手から庇ってください」
「よし、護衛役なら任せておけ! 私が先行するから二人は後を付いてくるんだ」
トウカ・ダエジフはアンカに応えて先行するグドラを追った。
「コニー君、私の後ろから出ないようにしてくださいね」
「はい、ナインさん」
別の場所からはメタルボーンレスの盾を手にナインが先行し、コニーがそれに続いた。これまでのドラゴンの手口から鑑みるに、全員で密集しての接近は得策ではないと判断したのだ。
「では行くか……アドラ、例のものは?」
「急かすなよおっさん、ホラ」
ヴァイスに応えて
アドラ・マデラが投げ渡してきたのはハンティングネットだった。一見何の変哲もない物だが、よく見れば先端には別の小さなネットが結わえ付けられている。
「やるだけはやってみたけど、効果は保証できないからな! あとで文句言うんじゃねえぞ!」
「構わぬさ、うまくいけば皆の助けになるだろう。それにもとより知恵で何とかするしかないのだからな……くれぐれも、無闇に姿を晒すな」
「言われなくたって隠れてるよ!」
ヴァイスはアドラに警告するとネットを携えて単身山肌を登っていく。
「アンカの奴がドラゴンに近付くまで援護するよ! いいかいビア!?」
「ええ、少しでも注意を引き付けましょう」
セイと
ビア・ダール、二人のドワーフは街道に残ったままでドラゴンへ向けて攻撃を開始した。
セイがルミナショットによって炎の魔力を放ち、ビアのブーメランアックスが射程ギリギリにいる標的へと向かって投擲された。
だが、両方とも命中したにも関わらずドラゴンに傷を受けたような様子はない。
「ええい、やっかいな鱗だね! あたしの魔力じゃそんなに撃てないってのに!」
「しかし嫌がってはいるようです。それにまずは援護することが肝要ですよ」
鱗の守りも完璧ではないのだろう。ドラゴンは木々の間を移動し、セイたちの射角から身を隠した。
「こちらの動きをよく見ているな……」
事前情報の通りとはいえ狡猾なドラゴンにアインは舌を巻いた。
(どうもドラゴン相手だと普段の俺のスタイルでは通らんようだが……いつかチャンスは来るさ)
いまは、その時を信じて動くしかない。
「迂闊に身を晒すことはしない……さすがはドラゴンですね」
「シェール、こっちに」
一方でシェールは姉の
ユミル・エクレールとともに街道脇の草むらを移動していた。ドラゴンの死角を移動し、位置を悟られないようにする為である。
こうしてドラゴンへの包囲網は少しずつ狭まっていった。
「……コニー君、後ろへ!」
こちらを睨みつけるドラゴンから何かを察したのか、ナインがメタルボーンレスの盾を構えつつ警告した。
コニーが動いたのとほぼ同じくして炎の弾が二人を襲った。盾に直撃したそれは広範囲に爆発を起こすと周囲の草木を吹き飛ばし、あるいは揺さぶった。
パドマ魔法、ファイアボムか。
「……っ、大丈夫?」
「は、はい……」
盾によってその威力は半減したものの無傷とはいかない。もしこれが密集した一般の狩人や兵士ならば、ただ一発の魔法で甚大な被害が出ていたはずだ。
いや、だからこそドラゴンはこの一帯を縄張りとしたのかもしれないが。
ファイアボムの迎撃が続いた。
「くっ、いつまでも保たないな……アンカ! グドラ!」
直撃を受けたトウカが二人に急ぐよう告げた。もう一撃受ければおそらくアンカは耐えられまい。
「いったた……仕方がありません、まだ少し遠いですが仕掛けるのですよ」
「やぁってやるぜー!」
アンカがヴィンドスヴァルを成就すると山肌に吹雪が吹き荒れ、グドラのローレライによる水の剣が木々の隙間からドラゴンに向かっていった。
「……ジャアッ!」
吹雪は抵抗され威力が半減し、続く水の剣は鱗によって阻まれたものの、ドラゴンは不快そうな唸りをあげた。
この距離からの魔法に虚を突かれたのか、さらに身を隠すべく動いた瞬間……。
地上から放たれた巨大な矢がドラゴンの鱗を貫いた。
「……よし!」
シェールの射たドラゴンアロー、しかも竜牙製の矢頭を備えたものである。彼女たちは身を潜めて射角が通るのを待っていたのだ。
同時に放ったユミルの矢は外れたものの、この機を逃すまいと妹のサポートに回る。
「シェール、次の矢だ!」
「はい! ……うわっ!」
二の矢をつがえようとする二人にファイアボムが撃ち下ろされた。傷を負うと同時に身を隠していた草むらが爆風で薙ぎ払われ、移動を余儀なくされる。
「おっと、お前さんの相手はこっちだ!」
ドラゴンの意識が下方に向いた瞬間を狙ってアインがホルスで転移した。一気に懐に潜り込みつつ、ルミナパワーを付与したグリーヴァオニキリで斬り払った。
戦技魔法チャージングとの併用で可能とした攻撃だ。さらにシュライクの付与によって得た太刀筋でかすめ斬る。
しかし手応えがない。鱗がそれを阻んだのだ。
「ジャアッ!」
攻撃後の無防備なアインにドラゴンの牙が穿たれた。牙はバトルコートをやすやすと貫き、彼の肩口の肉を抉る。
「くっ……さすがはドラゴンってところだな」
一旦距離を取る。鱗を避けて狙おうにも、ドラゴンの身体は見える範囲でくまなく鱗に覆われていた。
ならばと目や口を狙えば自然と的は小さくなり、攻撃を命中させるのはより困難だろう。
攻めあぐねるアインだが、この間に他のハウンドたちが距離を詰めてきた。
「いきますよコニー君!」
「はい!」
十分に距離を詰めたと判断したナインがローレライを成就し、コニーはソルティドールを具現化させる。
「つま先と尻尾の先をボコボコにしてやるぜー!」
背後に回ったグドラがバトルハンマーを振るい、アインはドラゴンアローを槍の如く扱う。
ここを縄張りにしてからここまでコモンに接近を許したのは初めてだったのだろう。
危険を察知したのか、ドラゴンの羽が振るい始めた。
◆炎に抗え
『みんな注意を……飛ぶ気だよ!』
ヒポグリフに跨って空から観察していたドミニクが遠話で警告した。街道を挟んだ向かいの山へと飛び移るつもりなのだ。
もしもう一度接近までのプロセスを経るとなると、ハウンドの消耗は軽視できないものとなるだろう。
「させるか!」
阻止しようと肉薄するトウカ。だがそれを後ろ脚で蹴散らし、ドラゴンはハウンドたちを残して飛び立った。
「……この!」
コニーがアンカーアローを射る。矢は鱗に阻まれたものの、ロープを後ろ脚へ引っ掛けることには成功した。
「みなさんお願いします! いまこそ根性です!!」
仲間と協力して必死にロープを引くコニーだったが、善戦むなしくロープ自体が荷重に耐えきれずに切れた。相手が重すぎたのだ。
「……むん!」
その時、斜面のやや上方からヴァイスがハンティングネットを投擲した。
空中で広がったネットがドラゴンへと覆い被さる……が、その身体の大きさに対して十分ではなく、飛行を阻害するまでの効果はない。
だが、次の瞬間。
ネットの先端が植物のような動きを始めたと思えば、ドラゴンの羽根へと絡みついていった。
「よし! 成功だな!」
街道から空を見上げていたアドラがガッツポーズを決める。
彼女がネットの先端に結わえた物の正体は、アイビーの種を素材として錬金したマジックアイテムだったのだ。
蔓の如く伸びたネットがドラゴンの羽根の動きを阻害し、その速度を著しく落とす。
だが落下するまでは至らない。よく見れば、伸びた部分が植物のように急速に枯れていくからだ。
「……これでも上出来と見るべきか。皆、攻撃を集中させろ」
状況を察知するとヴァイスは仲間に攻撃を促した。
ホバーリングを余儀なくされ無防備な姿を晒すドラゴンへと矢が、魔法が、水の剣が降り注ぐ。さすがのドラゴンといえどもこの波状攻撃を全て無効化することはできない。
「こんにゃろ! さっきの火の弾のおかえしだー!」
グドラは大きく息を吸い込むと口から水弾を吐き出した。どうにか浮遊していたドラゴンだったが直撃を受けて体勢を崩す。
そこへ再度具現化したコニーのソルティドールが睡魔の魔物法を成就する。魔力による抵抗も叶わず、ドラゴンは街道へと落下していった。
落下したドラゴンを追ってハウンドたちが山肌を滑り降りてくる。
「よし、このままみんなを待って一斉に仕掛けようかね」
「ええ、援護します」
落下してきたドラゴンに一番近かったのはセイとビアだった。二人は十分に距離を保ったままで仲間を待った。
だが。
落下時の衝撃ですでに目覚めていたのか、ドラゴンは不意に首をもたげるとその口を大きく開いた。
次の瞬間。
その口から炎の息が放射状に放たれた。
「うおおおっ!?」
「ぐわあああっ!」
炎が街道を満たし、二人の叫びが響き渡る。
息が収まったとき、そこには満身創痍のセイと瀕死のビアが横たわっていた。
「……くそっ、やってくれるじゃないかい!」
辛うじて立ち上がったセイが憎々しげにドラゴンを睨めつける。彼女がビアと同じ目にあっていないのは身に付けた指輪――ブレスガードリングの能力によるものだ。
完全に目覚めたドラゴンが起き上がり、セイを目掛けて動き始めた。だがハウンドたちはまだ降りてきてはいない。
「そこまでだ!」
アインが再びホルスで転移し、両者の間に割って入った。同時にチャージングの戦技でドラゴンアローを突き立てる。
「ジャアアァァア!」
怒りとともに牙がアインの腕を穿つ。
彼を援護するべくシェールとユミルの矢が射られ、ドミニクのヴィンドスヴァルが降り注いだ。
「あの動き……また炎を吐くつもりです! 私の後ろへ!」
街道へと降りてきたナインが盾を構えてセイを庇う。だが盾で軽減したとして、もう一度炎の息を耐えられる保証はどこにもない。
「こうなりゃ、やられる前にやるだけさね!」
「その通りだ! 一気に仕留めるぞ!」
セイが吠え、応じたアインが牽制のシノビクロスを投擲する。
それがドラゴンの片目に突き立ったのは奇跡か、それとも精霊の加護か。
「ジャアア!!」
息の軌道が逸れた。噴出された炎はハウンドたちを外れて山肌を灼く。
同時に、周囲から一斉攻撃がなされる。
そして。
「アアァァア……!」
断末魔の叫びを残し、ついにヴォルケイドドラゴンは動かなくなった。
◆災厄の収束
討伐を終えたハウンドたちを待っていたのはドラゴンの息によって燃えた木々の消火活動だった。
幸いすぐに鎮火に成功し、ようやく休息の時が訪れる。
「ほら、これを飲みなよ」
ドミニクは回復薬の入ったポーションをビアへと差し出した。幸い薬の効果が発揮する時間を経過してはいない。
「助かるよドミニク。しかしドラゴンの息ってのは、なんてえ威力なのかねぇ。これがなかったらあたしもいまごろは……」
セイはブレスガードリングを見やる。もし二度目の息が逸れなければ彼女も同じ目にあっていたはずだ。
「……見ていた限り、どうやらあの炎の息はレジストファイアでは防げないようなのです。そういうタイプの能力なのでしょうか……」
アンカは状況からそんな推測を立てた。レジストファイアによって得られる『完全な耐性』は、あくまで自然現象に対するものであり、あれは自然現象とは呼べない。炎の息によって燃えた木に対してはレジストファイアの耐性は有効で、それが迅速な消火に繋がりはしたのだが。
自然現象でもなく、魔法でもなく、防げるタイプの特殊能力でもなかった。息の威力を防げなかったのは、つまり、そういうことなのだ。
「なんにしても、ドラゴン相手には過信しない方がいいみたいですね」
「さすがはドラゴン、といったところでしょうか……ところでコニー君、怪我はありませんか?」
「ええ、たいしたことはありません。ナインさんのお陰です」
心配するナインにそう答えつつも、コニーは複雑な表情を浮かべた。恋人に守られてばかりだったことへの自責からか。
「……そう気に病むこともないさ。お前さんは十分にやってたよ」
そんなやりとりから察したのか、アインは彼の肩をポンと叩いて笑った。
「しかしあれを食すのか……食道楽とはよく言ったものだな」
ヴァイスが街道に横たわるドラゴンの躯を指して言った。
討伐成功の報はすでにニヨルドまで届いているはずだ。まもなく回収の為の荷馬車が差し向けられてくるだろう。
「やっかいなのはこの鱗かー。おいらにもそのうち生えてくるかな?」
「そんなにフサフサなのに、ですか? それにしてもどんな味なんですかね……?」
「お、おいらは美味くないぞ!?」
「ヴォルケイドのことですよ?」
興味津々なのかグドラとシェールはヴォルケイドドラゴンを囲んでなにやら騒いでいる。
山間部の街道を襲った災厄は、こうして討伐されたのであった。
◆ニヨルドにて
ハウンドによる二匹のドラゴン討伐から数日後。
ニヨルドの街は災厄が払拭されたことへの安堵と、これから始まるイベントへの興味で持ちきりだった。
いよいよこの日、ハウンドによる料理ショーが執り行われるのだ。
「や、やっとできた……」
ハウンドたちに用意された宿の一室で、
レティチェラ・サルトリオは絞り出すような声を出して床に突っ伏していた。
彼女の周りには衣装や装飾品が山と並んでいる。どうやら徹夜仕事でこれらを仕上げていたらしい。
いずれも今日の料理ショーへと出演する仲間が身に着けるものだ。さすがに製作期間の都合もあって既存の料理人服を調整したものばかりだが、彼女の技術もあって十分に見栄えするものとなっていた。
調理担当用には白を、演出や給仕担当用には青を基調として清潔感と統一性を持たせる。いずれも左胸の部分に竜の刺繍があしらわれているのがポイントだ。
「シフールさんの服とか、やっぱ勉強になるし、面白いねぇ。そうだ、次はここを……こう、して……」
作品を手にしたまま眠りに誘われるレティチェラ。
だが、すんでのところでムクリと起き上がる。
「……あぶない、寝てしまうところやったよ。やっと出来たんやから届けんと……」
ここ数日の徹夜仕事が効いたのだろう。レティチェラは普段にも増して眠たげな口調で作品を纏めると、覚束ない足取りで広場へと向かったのだった。
街の中央広場の周囲には大量の住民が詰めかけていた。
大多数はこの街らしく港湾労働者や船乗りたちだ。一方、広場を囲むようにして木組みで設けられた観客席には多少身なりの良い商人や貴族らしき人々が座っている。
そこから見下ろす中央部分には竈や水桶を備えた調理台が幾つも設置され、観客席からは調理の様子を楽しむことができる趣向になっていた。
そのうちの一角、さらに豪奢な作りの座席にはこの街の統治者であるレイヴォ卿を始めとした街の要人が居並ぶ。
「こりゃまた派手っつーか、仰々しいというか……」
ソル・ラティアスはハウンドの控室としてあてがわれた建物から広場の様子を覗き見ていた。
「ま、俺はこういう発想は嫌いじゃありやせんぜ。とりあえず祭りごとにしちまえば、金も元気も回って誰しもまた笑顔ってもんでさぁ」
「そうですの! お料理をショーにするなんて面白いですのっ!」
賑やかな雰囲気に誘われたのか
レネットの声も弾む。
「私も美味しいお料理を食べたいですけど、大食いは自信無いですの……。だから音楽で盛り上げますわっ! その後でなら食べてもいいですわよねっ?」
「そりゃあ遠慮はいらねえでしょう。何しろスモールってもドラゴンだ、大きいのなんの。俺らもご相伴に預かれるぐれえはあるはずでさぁ」
「そりゃあ待ちきれねえじゃねーの! でも終わってからかあ……」
と、ひときわ興奮するのは
スローベリーだ。
よほどドラゴン料理に興味がそそられるのか落ち着きなく飛び回る。
「……まてよ? もしかしてアレをこうすれば……誰より先に食べられるんじゃねーの?」
何か思いついたらしく興奮するスローベリー。
「あら、あら、まぁ……うふふ、料理に心奪われるのは構いませんけれど、まずはショーを成功させませんと、ね」
そんな彼女に
カシスはハープを調律しつつ釘を刺す。
「なんだよ、カシスは興味ねーの? ドラゴン料理?」
「わたくしは、どちらかといえば討伐の顛末に興味がありますわね。いま纏めているところですわ。それにしてもレティチェラさまは遅いですわね……」
「み、みんな……お持たせぇ……」
と、そこへ大量の衣装を抱えたレティチェラがフラつきながらやってきたのだった。
「……皆も聞き及んでいるよるだろう。かの災厄、二匹のドラゴンは先日討ち倒された。それを為したのは、遠く伝説の聖地オーディア島よりやって来た狩人……ここにいるハウンドたちだ」
しばらく後、中央広場ではレイヴォ卿の演説が行われていた。
キッチンステージには衣装を纏ったハウンドたちが立ち並び、市民から好奇の視線が注がれている。
レイヴォ卿の演説は表向きはハウンドたちの活躍を褒め称え、賛美する内容だった。だがよく聴けば、討伐が為し得たのはこの街に精霊の加護があったればこそ、という言葉が多く含まれていることに気付く。
それはすなわち、街の統治者である自身に精霊の加護があると公言しているのと同義だった。これはレイヴォ卿のしたたかさの現れだろう。
「……つまり、我らを苦しめたドラゴンを食らうことでこそ、真の意味で災厄は打ち払われるということである。さあ、親愛なるニヨルドの市民、我らが兄弟姉妹たちよ……この宴を心から楽しもうではないか!」
レイヴォ卿が演説を終えると同時にドラゴンの肉と山盛りの食材、調味料がキッチンステージへと運び込まれ、市民からは街を揺さぶるような歓声が沸き起こった。
「えー……それでは僭越ながら私、アリー・アリンガムが司会を務めさせていただきます」
アリーは周囲に一礼しつつそう宣言した。どこか怪しげな風貌とは裏腹によく通った声が中央広場に響き渡る。
「そしてこのショーを音楽で盛り上げてくださるのはこちら……ソル・ラティアスとレネットです」
紹介を受けたソルとレネットが挨拶代わりにリュートとハープを奏でた。まずは壮大なショーの開始を思わせる荘厳な曲だ。
「ドラゴンという、普段ではまず目にかかれない食材を使ったこのショー! 未知の体験を存分にお楽しみください……!」
三人が頭を下げると、いよいよ調理が始まった。
◆調理開始
開始と同時にハウンドたちはステージ中央から必要な食材を選び、各々の調理台へと運んでいく。事前に必要なものはすでに手配済みだ。
「それでは我がハウンドギルドの誇る料理人たちをご紹介していきましょう……まずは『詩歌の紡ぎ手』、
ディオン・ガヴラスです!」
アリーの紹介とともにソルとレネットの演奏が知的さを感じさせる曲調となった。ちなみに二つ名はアリーによるアドリブである。
「……まさか、こんなに注目されている状態で調理をすることになるとはな」
ディオンは周囲から注がれる視線に少し緊張しつつ、まずはウイングドラゴンの肉の下拵えに取り掛かった。
分厚く切り分けた肉をヨーグルトに浸すと、次いで湯を沸かせた大鍋にヴォルケイドドラゴンの肉を投入した。
「情報通りクセのある食材だが、出来る限りやってみるか……」
まだ視線に慣れないものの、ディオンは手際よく調理を進めていった。
「次の料理人は……『若き当主』、
ヴィルヘルム・レオンハートの登場です!」
宮廷音楽を思わせる曲のなか、ヴィルヘルムは手を振って応える。
「……さて、これは思った以上の臭みだね」
ウイングドラゴンの肉は彼の予想を超えた難物のようだった。
ひとまず用意していた大量のミルクへと漬けてはみるが、具体的にどんな料理を作るのかというのは難しいところだ。
「とはいえ、ショーっていうのはただ食べるだけじゃないよね……」
予想外なら臨機応変に動けばいい、ヴィルヘルムは何か思いついたのか準備を始めた。
「さあご注目を! 『狼の旗手』、
ソーニャ・シュヴァルツが旗の代わりに肉を掲げます」
「みんな、肉は持ったな? 焼くぞぉぉぉ!」
勇ましい曲が奏でられるなか、紹介と同時に観客に肉の塊を掲げてみせるソーニャ。
「……よし、それじゃ作るか」
アピールに満足したのかウイングドラゴンの肉の下拵えにかかる。まずは塊肉を軽く煮て丁寧にアクを取ると、次に牛乳で茹で始めた。
「これでよし……次はこっちだ」
続けてヴォルケイドドラゴンの肉を細かく切り分けていく。ソーニャは事前に決めておいた手順を丁寧にこなしていった。
「ではここで『端麗なる執事』、シャルル・シュルズベリの手際に注目してみましょう」
流美な曲調とともにシャルルは観客に恭しく一礼して応えた。
「煮ても焼いても食べられるかどうかわからないドラゴンですが……ひとつ試してみるといたしましょう」
シャルルはおもむろに二匹の肉を別々に細かく刻みはじめた。
そしてウイングドラゴンの肉は希少な調味料や酒と組み合わせ、臭みを中和させる。一方のヴォルケイドドラゴンの肉はマッシュポテトと混ぜ合わせた。
「これだけの観客が集まった折角のショーですし、できるだけ美しい形でご提供したいものでございますね」
衆人環視の状況にも動じず、いつも通り流美な手際を披露するシャルルだった。
「おっと、ここで『高貴なる末裔』、エフィ・カールステッドに動きがありました!」
貴族を連想させる曲をバックに、エフィは大鍋いっぱいに沸いた湯にカットしたヴォルケイドドラゴンの肉を放り込んでいく。
「こうして大量の湯で煮込めば多少は辛みも抑えられるでしょう。あとは野菜で付け合せを……」
どうやら副菜を大量に作る作戦らしい。エフィはリムランドの旬の野菜を使って調理を始めた。
「最後の紹介は『家事の守護者』、ベドウィール・ブランウェンとその助手のイッヌ・アステールです!」
静かな曲に合わせるようにベドウィールが無駄のない動きを見せる。
「……で、ここからどうするのです?」
「そうですね……どちらの肉も個性が強すぎますから、風味を落としたうえで別の味付けをする方向でいきましょう」
二人は二種の肉に手際よく隠し包丁を入れていくと、生姜とすり下ろしたタマネギと酒を合わせたタレに漬け込んでいく。
「こうやってしばらく馴染ませておいてから、茹でこぼして下処理しましょう」
「ではどんどん進めていくのです」
分担し、手際よく進めていく二人だった。
◆物語と味見と
一通り料理人の紹介が終わって調理も中ほどになると、ショーとしては動きのない時間帯が生まれる。
とはいえ、そこをどうフォローするのかは腕の見せ所だ。
「みなさま、本日はお集まりいただきまして誠にありがとうございます。この様な盛大な催しとなったのも領主様のお知恵があってこそ……」
カシスは要人席の正面へと近づいていくと一礼する。
「これはこれは……可愛らしいシフールですこと……」
「左様ですな。シフールまでいるとは驚きだ」
狩人の一種という認識のハウンドにシフールがいるのが奇妙なのか、要人たちは好奇の視線を向けてくる。
なかには知性の面からか若干軽んじるような態度も見受けられるが、カシスは気に留める様子もなく続けた。
「さて、あちらにありますドラゴンの肉……世にも恐ろしい存在を、あのような姿に変えた偉大な英雄たちの物語をしばしお聞かせ致したいと思います。お召し上がりになる前の余興としてお楽しみくださいませ」
カシスはハープを奏でつつ、各討伐隊の顛末を謳い上げ始めた。
渓谷に舞う翼をもつ竜との駆け引きを。
山間に巣食った炎を吐く竜との死闘を。
彼女は仲間から聞いた顛末を芝居がかった大仰さで語り、要人たちを物語に引き込んでいった。
「……いかがでございましたでしょうか? 公証人を志すあたくしの言葉に嘘偽りが無いことは、後ほど饗される料理が証明してくれるでしょう」
カシスが恭しく一礼してその場を後にすると、要人たちはこれまで以上の興味をもってショーの様子を見守るのだった。
「……さて、ここからはしばしのお耳汚しを失礼致しやすぜ」
司会をアリーから交代したソルが観客に呼びかける。
「このまま腕によりをかけた調理の様子を眺めてるのも悪ぁねえが、ちょいと退屈してるお客人もチラホラおいでのようだ……なら、ここらで一つ余興と洒落込みましょうや。どんなもんが出来上がりつつあるのかとか、調理する前のドラゴンの肉がどんな味かとか……興味はねえですかい?」
思わぬ計らいに歓声が沸き起こった。
「では、お願いしやすぜ?」
「味見じゃねーの! このスローベリーさんが直々に味見してやんじゃねーの!」
ここで食レポ要員、スローベリー投入である。
彼女は適当に目星をつけるとお供の大トカゲといっしょに調理台へと向かう。
「おっ、こりゃあ何やってんだ?」
「ああ、これはヴォルケイドラゴンの肉で出汁を取ったところだ」
ディオンが手を止めて応えた。スローベリーが覗き込むと大鍋には一口大に切り揃えられた赤身肉が踊っていた。
「もう少ししたらこれらの具材を追加して、しばらく煮込めば完成だな」
「ふーん、美味そうじゃねーの、ちょっとくれよニーチャン! ……こりゃあ生じゃねーの!」
「まだ煮込んでないと言っているだろう……」
「その通りじゃねのーの。でもコイツはこういう活きのいいのがお気に入りだゼ!」
齧りかけた生エビをリザードに食べさせると、彼女は次にソーニャの調理台へ目をつけた。
「よう、ネーチャン! モフモフかー!?」
「無論だな。モフモフだ」
尻尾に抱きついたスローベリーをブンブンと振り回すソーニャ。
「目が回ったじゃねーの……んで、こりゃ何やってんだ?」
「ウイングドラゴンの肉を赤ワインに漬け込んでいるところだ。臭み取りの最後の工程だな」
大鍋には胡椒やバジル、タイムといった調味料をブレンドした赤ワインが満たされ、下茹でされた肉が投入されていく。
「なるほどじゃねーの。でも、元々のウイングドラゴンがどんな味なのか気になるじゃねーの」
「それじゃ、こっちのを食べてみる?」
声をかけてきたのはヴィルヘルムだった。調理する前のウイングドラゴンの肉を見せる。
「生肉か! ふんふん、なまぐせー……っていうかスゲーくせーじゃねーの! やっぱ肉は焼かねーとじゃねーの!」
「ははは、そうだね。それじゃもう少し焼いてから……」
「……おっと、何か披露してくれるみたいですぜ?」
ヴィルヘルムから視線の合図を受けてソルが観客に呼びかける。十分に注目が集まったところでヴィルヘルムがフライパンを手に調理台を離れると……。
竈の炎が彼に襲いかかってきた。
さらにヴィルヘルムはその炎の中に腕ごとフライパンを突っ込み、肉の調理を続けた。
事前にファイアワールドを成就したうえでのパフォーマンスだったが、魔法に明るくない観客からはどよめきが起こる。
「名付けて『ブレス焼き』……ってのは単純かな?」
「なるほど、まるでヴォルケイドドラゴンの炎の息みてえじゃねえですかい。おっと? 焼き上がった肉をカットして……さぁここで一足早く味見といきやしょうか! ご希望の方は手を挙げておくんなさい。ただし、素材そのままの味ってことは覚悟してくだせぇよ?」
以心伝心のやり取りで即席の味見イベントに持ち込むソル。街の要人を差し置いてドラゴン肉が味わえるとあって希望者は多く、身分の差に関係なく無作為に選ばれていった。
そして。
「なんだこれ……不味すぎるじゃねーの……!」
「本当ですの……これは食べられないですの……」
ちゃっかり味見したスローベリーとレネットはその不味さに悶絶する。当然、観客も同じような反応だ。
「どうです? これで出来上がった料理がちゃんと食えるもんになってたら、それがどれだけ凄いってか分かるでしょう。さ、口直しの水やら果物をどうぞ……って、俺もですかい?」
首尾よく終わろうとしたところで、レネットとスローベリーがソルの口元に肉を運んでくる。
「ソルさん、あーんですの!」
「食って味を伝えろじゃねーの!」
「いや、俺ぁ遠慮させて……ちょっ……むぐっ。……!」
二人からねじ込まれた肉を咀嚼したソルが大げさな仕草で倒れ込んだところで、味見の時間は終了したのだった。
◆要人試食
やがて順当に料理が出来上がり、要人のもとへと運ばれていく。
試食の開始である。
「お飲み物はいかがなさいますか? ……かしこまりました、ではワインをお持ちします」
給仕を担当するのは
ドール・ジョーカーだ。レティチェラの仕上げたスマートな衣装が、纏められた髪と相まって男装のような印象を受ける。
自身も普段のにこやかな表情を抑え、要人相手らしく落ち着いた雰囲気を演出する。
「ちょっと……なにこの衣装! まるで女中さんの服じゃない!」
一方、もう一人の給仕役であるリザだが……まさかというかまたかというか、女中の仕事着のような服を着せられていた。
「ウィール……またなの!?」
抗議の視線をキッチンステージに向けるが逆に慈しむような眼差しが返ってくる。衣装担当のレティチェラに頼み込み、この衣装を着ざるを得ない状況にした策士の目だった。
「あら、とっても可愛いじゃない?」
「うう……よりによってこんな人の多い場所で……」
羞恥に身をよじるリザだが、それはさておき試食である。
まずはウイングドラゴンの品から饗されることとなった。刺激の強い辛味は後にした方が印象が良いという判断である。
「……む。これは……思いのほか、臭みは感じないな」
壮年の人間の貴族がおそるおそる口を付けたのは二種のステーキ。それぞれソーニャとディオンによるものだ。
特にソーニャのそれは三行程に及ぶ臭み抜きと、調理に用いた愛のフライパンの効果もあって味の面ではプラスマイナスゼロぐらいにもっていけたらしい。
「それにこう、どこか身体の芯が熱くなるような……これがドラゴンの肉の効果か?」
これは隠し味で入れたレッドコブラの精力剤の効果である。だいぶ薄まったこともあり、ちょうどいい塩梅に効いているようだった。
「ただ、比べてしまうともう一つは惜しいところだな。食感はこちらの方が良いが」
ディオンのものはヨーグルトによる臭み抜きのうえ、胡椒を中心とした強めの香辛料を効かせていた。元の肉に比べると遥かに改善されているが、同じ料理では相手が悪かったというところか。
「あら、これは変わった料理ですわね」
ライトエルフの婦人が気に留めたのはシャルルによる一皿。細かく挽いた肉を小麦粉やタマネギなどと一緒に丸めて焼いたものと、揚げたもの。。
「発想は素晴らしいですわ。ただ、まだ少々癖がございますのね……」
細かく挽いたことでネズミのようだと評された肉質は感じにくいが、希少な調味料や酒をもってしても肉の臭みを完全に封じ込めることはできなかったようだ。
他には香辛料を多めにまぶしたヴィルヘルム、濃いめの調味料を馴染ませたベドウィール、ヴォルケイドドラゴンの出し汁に漬けてから焼いたエフィの料理なども出たが、どれもがウイングドラゴンの超激な不味さを克服するまでは至らなかった。
続いてヴォルケイドドラゴンの料理が饗された。
「これが、あの憎っくきヴォルケイドドラゴンの肉ですか……」
この災厄で大損でもさせられたのか、その人間の商人はしばらく皿を睨みつけていた。
やがて意を決したのか、料理を口に運ぶ。
「……ふむ、思ったより辛さは感じませんね。上手く中和されているというか」
食したのはベドウィールによる煮込み料理だ。徹底的に風味を落としたうえでミルクとチーズで煮込んだ為、まろやかな甘さが辛味を抑え込んでいる。
他の要人たちにも好評のようだ。
「……ただ、私には少々物足りないところもありますな。噂では凄まじい辛さだと聞いておったので……」
「確か辛いものがお好きだとか……では、こちらはいかがですか?」
ドールが手品を使って目の前に出現させたのはシャルル作の揚げ物だ。細かく挽いた肉をマッシュポテトと混ぜ合わせ、パン生地で包んで揚げるという手の込んだものである。
「おお、私が辛いものに目がないのをよくご存知で」
「給仕としては当然ですわ。さあ、ご賞味ください」
「では早速……む、これは確かに、味わうほどに強烈な辛さが……辛さ……ハヒー! み、水……!」
素材をそのまま活かしただけのことはあり、辛党の商人でも耐えきれない辛さのようだ。
「さ、さすがはドラゴン……しかし少しばかり強烈すぎるので、何か他の品を……」
「ではスープなどいかがでしょうか?」
ドールが二種のスープを差し出した。それぞれエフィとディオンによるものである。
「……ふむ。少し落ち着きました。特にこちらは複雑な味をしている」
商人はディオンのスープをいたく気に入ったらしい。できるだけ辛味を和らげた肉とエビを、ワインビネガーと多様な香辛料で味付けたものだ。
隠し味の牛乳と、刻んだマンドラゴラの干物が食感のアクセントである。
「これならヴォルケイドドラゴンの肉を買うような貴族もいるかもしれませんな……いや、きっと売れる! レイヴォ卿にお願いして引き取らせてもらいましょうかな!」
「……ねえドール? あれって辛いものを食べすぎて舌がおかしくなってるよね……?」
「シーッ……。おいしく楽しく過ごしてさえもらえばショーは成功だから、あれでいいのよ……」
愛想笑いを続けるリザとドールであった。
◆大食い大会
要人による試食も無事に終わり、残すはハウンドギルド発案の大食い大会のみとなった。
胃袋自慢のハウンドのみならず、ニヨルド市民の中から選ばれた多数の大食漢たちもキッチンステージ中央に用意された座席に着いた。
と、その中にシフールたちの集まったテーブルが。
「よーし、みんなでおおぐいにチャレンジしよう! いっぱいたべるよー!」
「「「おー!!!」」」
ふんすっと胸を張った
アンリルーラに合わせてシフールたちが声をあげる。
「みんながおりょうりしてくれたおにく! きっとおいしくなってるよねー! おいしく……おい……しく……」
自分に言い聞かせようとするアンリルーラだが語尾が徐々に小さくなる。味見した仲間の様子や要員席から聞こえてきた謎の叫びが脳裏をかすめたのだ。
「だいじょーぶだよアンリルーラちゃん! 美味しいものをたくさん食べられるよ!」
「うん! そうだよねジンジャー!」
ジンジャーのそんな励ましに、とりあえずさっきのことは忘れておくことにしたアンリルーラ。
「ご馳走……」
一方、口内から大量の液体をとめどなく分泌しているのは
チャウだ。
空腹は最高の調味料である、というモットーでもないようだが彼女はいつも空腹だ。その空腹パワーをもってこの大会を制しようというのである。
「大ぐい大会をもりあげようね! ……でも、みんなとくらべるとたくさんたべるのできないからねー」
フラールも狩りに協力したドラゴンの肉には興味津々の様子。
ちなみに、他のコモンとは圧倒的体格差があるということで、シフールたちは四人で一組として扱われることがこの場のノリで決定していた。
「よーし! 食べるぞー!」
大一番を前にして気合が入る
エルネスト・アステール。一通りの準備運動をしていたかと思えばおもむろに水を飲み始める。
「ははははは! 弟よ、気合十分だな! しかし水など飲んで大丈夫なのか?」
そこに謎のポーズをキメたまま接近してきたのは
ツヅル・アステールだった。見慣れない光景に観客が少しどよめく。
「あ、兄ちゃんも出るの? あのね、僕っていっぱい食べるときはお水をちょっと飲んどいた方が調子いいんだ!」
「事前準備というわけか……さすがだな! しかし、なんだか嫌な予感しかしなかった評価の肉だが、ハウンドギルドの料理自慢によってどんな風に生まれ変わっているかな? 楽しみなことだ」
「どんなお味に仕上がってるかワクワクするよね! 僕はお肉なら生肉からベリーウェルダンまでなんでもいけるよ!」
「ははははは! 頼もしい限りだが、生肉はよしておけよ! いろいろ怖いからな!」
こういうところは意外と常識派な兄であった。
「さあみなさま! それではいよいよ大食い大会を開始します!」
「準備はいいですかい?」
「はじめますのー!」
「みんな、がんばってね!」
アリーが宣言すると同時にソルとレネットが荘厳な曲を奏で、ドールが魔法の羽根ペンで空中にドラゴンの絵を描いた。
ここに、もう一つのドラゴンとの死闘が幕を開けたのである。
◆食べつくせ!
各参加者に一皿目が配られた。料理を平らげるごとに皿が手元にストックされていき、制限時間終了時点でもっとも多い者が優勝というシンプルなルールである。
「ほう、これがヴォルケイドドラゴンの料理か……」
「見た事のない料理だね! いただきまーす……あむっ!」
アステール兄弟がさっそく一皿目にかかる。ツヅルはゆっくりと味わうように、エルネストはもちろんスピード重視だ。
一皿目の料理は平らなパンのような形状をしていた。試食の時点では見られなかったものだが、小麦粉と卵を混ぜ合わせた生地の中に細かく刻んだ肉と野菜が入っている。
「うわ、かっらーい! なにこれすっごい辛いよ兄ちゃん! ……あ、でもお肉がこれぐらいの量ならなんとか……」
「……ふむ。シェフを呼んでくれたまえ!」
強烈な辛さと格闘するエルネストと、なぜかパンパンと手を打ち鳴らすツヅル。
「呼んだか?」
律儀にやって来たのはソーニャである。どうやら彼女の料理らしく、いまも大量に作っているのか全身が小麦粉まみれだ。
「さすがハウンドが誇る料理自慢! その力をもってドラゴンの肉すらも生まれ変わらせるとは、さすがだな!」
謎のポーズをビシーッ! とキメたままで惜しみない賞賛を送るツヅルに、観客からは『おお』と謎のどよめきが起こる。
「私は皆ほど料理が得意なわけではないからな、素材の良さを有効利用したまでだ」
「なるほどな、発想の勝利というわけか! 我らハウンドはドラゴンとの死闘を制し、さらにはその肉を食らった……つまりはドラゴンたちに完全勝利したと言えよう!」
ビシーッ!
「それはさておき、だ……水をくれ」
どうやら少量の肉でも相当に辛かったらしく、差し出された水を一気飲みするツヅルであった。
「あんなに手こずらせて……さあ、食べましょう!」
「そうだな、シェール」
シェールとユミルの姉妹も強敵ヴォルケイドドラゴンの料理を堪能していた。
とはいえ、各参加者に出される料理は完全に同一ではない。一度に大量に作るのに向かない料理もあるので、とりあえず出来たものからランダムに受け取ることになる。
一皿ごとの分量にしても多少の誤差は気にしない、ハウンドギルドらしくアバウトなイベントであった。
「……むん! またも『竜食らい』を成し遂げてしまったッスよ!」
そんな中、フェルスは一皿平らげるごとに客席に向けてマッスルなポージングを顕示した。これはドラゴンを己の血肉に変えたというアピールに他ならないのだ。
触発されたのか数名の参加者が真似を始ると、ステージの一部では肉を食って肉を魅せるという奇妙な光景が広がっていた。
「うーん……これ! これはおいしいよ! でも、こっちは……だけど、たべられなくはないかな!」
大会が中盤に差し掛かる頃、シフールズのテーブルでは四人が料理の残った皿を囲んでいた。ここでもウイングドラゴンは若干ハードルが高いらしい。
「じゃあ、そのおいしそうなやつを、もっといっぱいもらってくるよー!」
「ありがとうジンジャー! でもみんなすごいねー! こんなにおいしいおりょうりをつくっちゃうの!」
あの食材をここまで仕上げた料理人たちの苦労と工夫は理解できるのか、アンリルーラが調理台に手を振った。
「わーい、ドラゴンステーキだー☆ いただきまーす☆」
傍らではウイングドラゴンのステーキに対してがっぷり四つに組み付くチャウ。その空腹の前では多少の臭みはスパイスに過ぎないのかもしれない。
「こっちのお肉は辛さが食欲をそそるねー。こっちの揚げたのも☆」
「あっ、ほんとだ、おいしー!」
「おいしいの、もらってきたよー!」
食べ終わる前から追加される皿。このテーブルのみ、すでに大食い大会の枠組みを超えてシフールの宴会場と化していた。
「でも、ちゃんと食べきっておいたほうが良いんだよね? うーん……あっ、よーし!」
フラールは一考するとローンの変身術を成就してゴマフアザラシに変身した。そのままテーブルに残った料理を平らげていく。
「フラール、すごーい!」
「じゃあ、こっちももっと食べるよー☆」
そんな可愛らしいシフールたちの様子に、観客からも声援が飛び交うのだった。
◆これも、偉業
大会も終盤になると参加者全体の消費ペースは目に見えて落ちていた。量もさることながら、やはり大きな原因は臭みと辛みだろう。
というのも、調理の速度が追いつかないので単純に焼いただけの肉が出されていたのだ。
「味でさえも人々を手こずらせるか! さすがにこの街の脅威だっただけはある! もっとも過去形だけどな!」
ツヅルが皿の肉へビシーッ! と指を向ける。意訳すると、これはさすがに食えないということだ。
「むむむ……よし!」
エルネストは何やら悩んでいたが、おもむろに二種類の肉を同時に食べ始めた。
「おい、無理しなくてもいいぞ?」
「大丈夫だよ兄ちゃん! 一つで食べにくければ二つ合わせて食べればいいんだ! 食べ合わせが大事なんだよ!」
「さすがだな弟よ! よし、この兄が横で応援してやろう!」
肉を食い続けるエルネストの横で謎のポーズを連発するツヅル。
気が付けば、大会はすでにエルネストとフェルスによる一騎打ちの様相を呈していた。
「なかなかやるッスね……? だけど自分も負けるつもりはないッスよ!」
謎のポーズにマッスルポーズで対抗するフェルス。
飛び交う観客の声援。
諦めて見物する他の参加者。
一応まだ調理を続けるハウンドたち。
膨らんだ腹を抱えテーブルで動けないシフールズ。
この中央広場に集まった全てのコモンが固唾を飲んで見守る中、ついに終了の時が訪れた。
そして、厳正な皿数チェックの結果。
「優勝は――エルネスト・アステール!」
「やったー!」
アリーがエルネストの勝利を読み上げると、広場のみならず街を揺るがすような歓声が沸き起こった。
「いやいや、すごい勝負でしたですぜ……勝因は何だとお思いで?」
「うんとね……スピードかな!?」
ソルの質問にそう答える。
そう、命運を分けたのは序盤のスピード差だったのだ。手の込んだ料理の出てくる間に皿数を稼いだことが後々響いたのである。
「でも二人の差はほとんどなかったですの! フェルスさんも凄かったですの!」
「ありがとうッス。自分、やるだけやったので悔いはないッスよ!」
レネットを肩に乗せてマッスルポーズをキメるフェルスだった。
こうして、ハウンドたちによる『竜殺し』と『竜食らい』の偉業は為された。
その後、ニヨルドの経済は回復を始めたという。レイヴォ卿は約束通り巨額の依頼料を支払い、ハウンドギルドとの継続的な協力体制と資金援助が約束されることとなった。
これはリムランドにおける今後のハウンドの冒険に多大な恩恵をもたらすことだろう。
まだ見ぬ世界がハウンドを――いや、ドラゴンイーターを待っているのだから。
17
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参加者
| | a.……
| | ヴァイス・ベルヴァルド(da0016) ♂ 43歳 人間 カムイ 月 | | |
サポート | |
| | f.盛り上げればいいんで?はっはあ、いいねぇ!弾くも率くもお任せでさぁ。
| | ソル・ラティアス(da0018) ♂ 28歳 人間 パドマ 月 | | |
| | |
サポート | |
| | a.ふむ、火竜へ向かう予定だが…風竜の人手が少ないようなら移動しよう。
| | アイン・クロービス(da0025) ♂ 33歳 人間 ヴォルセルク 陽 | | |
| | f.音楽で盛り上げますのっ! その後で食べてもいいですわよねっ?
| | |
| | c.調理なら任せてよ
| | ヴィルヘルム・レオンハート(da0050) ♂ 25歳 ライトエルフ パドマ 火 | | |
| | c.肉は持ったな?焼くぞぉぉぉ!
| | ソーニャ・シュヴァルツ(da0210) ♀ 24歳 カーシー(中型) ヴォルセルク 火 | | |
| | e.食べるぞー!
| | エルネスト・アステール(da0381) ♂ 21歳 カーシー(大型) カムイ 火 | | |
| | e.ははははは!楽しみにしているぞ!
| | ツヅル・アステール(da0395) ♂ 23歳 カーシー(大型) ヴォルセルク 陽 | | |
| | f.では、お食事の前にお聞かせ致しましょう。英雄達の竜討伐のお話を。
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| | c.それではとっておきのドラゴン料理(内容未定)をつくりますわ♪
| | エフィ・カールステッド(da0439) ♀ 23歳 人間 カムイ 月 | | |
| | b.壁役やるのとアロー[竜牙]を持ち込むので射手の方に提供できるッス
| | フェルス・ディアマント(da0629) ♂ 22歳 カーシー(大型) ヴォルセルク 地 | | |
| | c.クセのある食材だが出来る限りやってみよう。
| | ディオン・ガヴラス(da0724) ♂ 25歳 ダークエルフ マイスター 風 | | |
| | a.ソルティドールの睡魔がヴォルケイドに通じればいいですが…
| | コニー・バイン(da0737) ♂ 23歳 人間 マイスター 月 | | |
| | b.すごくめんどくさい相手だよね…!
| | リザ・アレクサンデル(da0911) ♂ 23歳 人間 ヴォルセルク 水 | | |
| | f.それでは僭越ながら場が盛り上がるよう司会役をやらせていただきますね。
| | アリー・アリンガム(da1016) ♀ 29歳 人間 パドマ 月 | | |
| | d.おいしく楽しく過ごしてもらうために、たっぷりサービスしなくちゃね。
| | ドール・ジョーカー(da1041) ♀ 25歳 人間 パドマ 陽 | | |
| | b.翼竜の急所を狙い射ちさせてもらう。肉の臭みにサメ料理の技法が使えそうだ
| | ウル・ギーフ(da1051) ♂ 27歳 ライトエルフ カムイ 火 | | |
| | c.戦闘の方はリザと共にウイング討伐です。
| | ベドウィール・ブランウェン(da1124) ♂ 27歳 人間 ヴォルセルク 月 | | |
サポート | |
| | a.荒事は不得手でね。皆へのレジストファイアと、テレパシーで連携支援かな。
| | ドミニク・レノー(da1716) ♀ 25歳 ライトエルフ パドマ 水 | | |
| | b.騎馬で出るよ。巧いこと、ドラゴンを引きずり降ろしてやりたいものだな。
| | アイオライト・クルーエル(da1727) ♂ 28歳 人間 ヴォルセルク 陽 | | |
| | a.ではでは、私もレジストファイアをかけますので、希望者は名乗り出て下さい
| | アンカ・ダエジフ(da1743) ♀ 26歳 ダークエルフ パドマ 水 | | |
サポート | |
| | f.味見じゃねーの!スローベリーさんが直々に味見してやんじゃねーの!
| | |
| | b.僕はこっちかなぁ…感電してもアンチドートで治療は出来るだろうから。
| | パライソ・レヴナント(da1777) ♂ 53歳 カーシー(小型) カムイ 火 | | |
| | c.ドラゴンを捌くことになるかもしれないとは…なかなかございませんね。
| | シャルル・シュルズベリ(da1825) ♂ 33歳 人間 カムイ 月 | | |
| | a.あたしゃ火属性なんで、ヴォルケイドとの相性はイーブンかねぇ
| | セイ・ローガン(da1834) ♀ 41歳 ドワーフ ヴォルセルク 火 | | |
サポート | |
| | a.恐らくは飛び立った時こそが、攻撃の好機ですわね
| | ナイン・ルーラ(da1856) ♀ 29歳 人間 ヴォルセルク 水 | | |
| | a.狩って、解体して、美味しく食べましょう。
| | シェール・エクレール(da1900) ♀ 19歳 人間 カムイ 風 | | |
サポート | |
| | a.やってやる やってやる やぁってやるぜ 悪いドラゴン ボコボコに~♪
| | グドラ(da1923) ♂ ?歳 キティドラゴン ヴォルセルク 水 | | |
| | f.舞台の準備とか、給仕とかショーに出る人の服やったら作れると思うんよ。
| | レティチェラ・サルトリオ(da1954) ♀ 19歳 ライトエルフ マイスター 陽 | | |
二つの災厄、二つの食材
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リムランド地方のとある街道に棲み着いた二匹のドラゴン。貿易都市ニヨルドの首長はこの事態の収束をハウンドギルドに依頼するが……その裏では別の計画と思惑が進行していた。
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